第二話『始動』
【プロフィール】
・亜麻咲漆
”漆黒”の因子を持つ、本編主人公。
妹の唯香が継承する純潔の因子によって殺されることを最終目標とする。
・亜麻咲唯香
純潔の因子の正当後継者。
兄の持つ”漆黒”の因子を消滅させるため、純潔を継承しようとする。姉のことが大好き。
そして全てが動き出す。
終りへと。
「お前たち、その意味が本当に分かってるのか」
僕は問う。
ただでさえ白神一族は異常の中の異常が集まる一族で有名だ。しかも、あの一族は内部の情報を一切外部には出さない。もし、白神一族の中に、序列上位の因子が存在したら、どうするつもりなのだろうか。
それに、あの鬼神一族が白神一族の当主を殺害しようとしているなんてことが知れ渡れば、冗談では済まされない。
「もちろん。私達の当主様も、そんなことは百も承知でこの依頼を受けたんだと思うし。それに、白神一族現当主である白神白霧は、御三家が定めた協定に違反した方法で因子を製造しているらしい」
御三家因子協定。
日本において因子を統括する三つの一族が定めた、因子を扱う上で絶対遵守の掟。
その協定に違反したとすれば、殺害依頼が来たとしてもおかしくない。
けれど。
「でも、秘密主義であるはずの白神一族の、その当主ともあろう人間が、協定違反の証拠なんかを外部に漏らすはずがない」
空気が一変する。
「漆は、私達が罠にはめられていると言いたいのかい」
冷酷な瞳が、僕を射抜く。
見慣れているとは言え、その瞳は僕に植え付けられた鬼神への恐怖心を呼び起こすには十分だ。
「まずは疑うだろ、普通」
「罠ではないよ」
殺は断言する。
発したその言葉には、一片の疑いもなかった。
「なぜそこまで断言できる」
「私達の当主である殺鬼さんが依頼を受理したからさ。その依頼を私が疑うなんてことをしたら、殺されてしまうよ」
殺が発した言葉には当主への信頼と、少しの恐怖が混じっていた。
鬼神一族がその当主に対する全幅の信頼と圧倒的な畏怖は、噂には聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
これではまるで、洗脳だ。
「ところで、これは純粋な疑問なんだけれど、因子って人工的に製造できるの?」
さっきまでの剣呑な雰囲気から一転、友人と話しているような口調で訊いてきた。
そんな基本的なことを知らないなんて、今までどうやって生きてきたんだろ、こいつ。
「現在確認されている因子の数は二百七十三。まぁオリジナルと言われているこれらの因子は複製不可能だ。だが、オリジナルの因子を解析して、そこから人工的に”因子”のようなものを製造はできる。しかしあくまで”因子”のようなものだ。オリジナルの能力には足元にも及ばないよ」
「ふーん」
殺は興味無さそうに返事をする。
「でも、どうしてそんな紛い物を製造するんだい?」
「たとえ紛い物であったとしても、それの持つ能力、技術は計り知れない。オリジナルほどではないが需要はあるんだよ」
納得していないような顔を浮かべる殺だったが、その後は追及してこなかった。
きっと、なんとなくだが分かってはいるんだろう。
僕が言わなかった因子製造に関するリスクとリターンの話。それが何を意味するのかを。
「さてと、そんな閑話は置いておいて、なんで僕なんだ?」
ずっと疑問だった。
こんな、全面戦争になりかねないことに僕が関わると知られれば、きっとあの人が黙っていない。
それに、鬼神一族に来た依頼だ。僕が手伝う理由なんてないはず。
「それが依頼を達成するために必要だから」
「え?」
意味が分からなかった。
僕が依頼を達成するために必要?
何を言ってるんだこいつは。
「君に定着した因子もそうですが、私は純粋に漆の戦闘力が必要と判断しました。それに、当主も漆を同行させろと言ってました。漆も、殺鬼さんには逆らえないですもんね」
鬼神殺鬼とは過去に二度会っている。
そのとき植え付けられた恐怖心は、簡単には消えないらしい。
鬼神殺鬼を敵に回すのと、白神一族を敵に回すのと、どっちが僕にとって不利益かなんて明白だった。
「分かったよ。僕も行けばいいんだろ」
僕は反抗を諦める。
平穏だったこの二年間も、まぁ良かったと思う。
姉妹に囲まれ、学校に通い、友人を作って、それなりに幸せだった。
いつかは終わる平穏だと、分かっていてもやはりもう少しこのままでいたかった。
「おいおい、なんて顔をしてるんだ、漆」
にやにやと、殺は嫌味な笑顔で僕を見る。
そのとき、気付く。
僕も、笑っていた。
この依頼に参加するということは、人間を、因子を殺すことになるかも知れないのに。
それを、楽しみにしているのだろうか。僕は。
「そんなに楽しみか」
殺は、心底楽しそうに言う。
だから僕は、この一族が嫌いなんだ。
この一族の人間は、僕と同じだから。
唯一違うのは、僕は理性を持ってそれを制御できた。
ただ、それだけ。
「そんなわけないだろ」
なおも嫌な笑みで見つめてくる殺。
『おい人間』
脳に直接響く声。誰かなんて決まっている。
「なんだ、因子か。ずっと黙っていたから死んだかと思ったよ」
『顕現時に使用する能力を、貴様の生命維持に使用しているんだ。今はだいぶ落ち着いてきたから声は出せるが、顕現はまだ出来ない』
そうですか。
まぁ、僕が死んで困るのは”漆黒”の因子のほうらしいから、僕の命を優先するのは当然といえば当然か。
つまり、僕の腕をここまで回復させたのは”漆黒”なのだろうか。
『それよりも、これは鬼神一族と白神一族の問題だろう。貴様が関知しなくていいことだ。それに、貴様には一切利得がない。こんな話、普通なら断るだろう。何故受けるのだ』
「いや、これは僕達の問題でもある。もし本当に白神一族当主が協定に違反しているのなら、僕達が関知しなければいけない案件だ」
因子を管理する亜麻神一族の分家として。
協定で定められた製造法以外の方法で因子を製造している人間は、排除しなければならない。
たとえそれが、何者であろうとも。
「じゃあ漆。ここじゃ装備も整えられないし、移動しようか」
そう言うと殺は僕を縛っていた縄を切り、自由にする。
「で、どこに行くんだ?」
答えは、大体予想できたが、訊かずにはいられなかった。
”そこ”に行く前にはちゃんと覚悟を固めなければ、精神が狂ってしまうから。
「決まっているじゃない」
殺はつまらなそうに、返答する。
「私達の拠点。鬼神総本家の屋敷さ」
自分が口元だけで笑っているのが分かった。
これから僕達は、地獄へ向かうらしい。