第二十九話「乱入」
この状況で先手を打ったのはやはり”双璧”だった。
既に力を使いすぎていて簡単な能力しか発現させることしか出来ないようだけれど、しかしどれも無視することができないほどに的確に急所を狙った攻撃を仕掛けている。
”黒炎”と”黒衣”は長期戦は不利と思ったのか、出せうる限り最大の攻撃を繰り返している。しかしその威力も私たちから見ても衰えていて、このままでは五分も持たぬうちに力が枯渇してしまいそうだった。
”純潔”も、先ほどはああ言ったものの、特に攻勢に出ることはなく、むしろ防御に重きを置いているようだった。単純に全員の消耗を狙って、弱ったところで攻めに転じるというわけではなさそうだ。
一体何を狙っているのだろうか。
一方、私を含む人間三人はいまだに動くことは出来ないでいた。
しかし、ここで私たちが動けば確実に殺されてしまう。
それくらい因子たちの攻撃には密度があった。
私たちが攻撃を加える隙がない。のではなく、私たちが攻撃の間合いに入ると、因子たちの攻撃の邪魔になってしまうのだ。
ついさっきまで殺しあっていた私たちや因子たちだが、今は何よりも”純潔”を斃すことを目的としている。利害が一致していて、出来ることが何一つとしてないのであれば、せめて邪魔だけはしないようにしなくては。
私は、そう思っていた。
けれど、他の二人は違っていた。
なんと、連続攻撃を繰り出し終り、次の攻撃に備えて能力を発現している最中の”双璧”の一体に対して、二人同時に攻撃を加えたのである。
しかも的確に急所を狙って。
「……なっ」
驚いたのは私や攻撃された”双璧”の片割れだけでなく、”黒炎”も動揺を隠せなかった。
「あんたたち、一体何を!?」
「済まんな。お前にだけは話そうと思っていたが、時間がなくてよ」
正体不明の男が、”黒炎”にそう言うと、ダメ押しとばかりにもう一度”双璧”へと刃を突き立てる。
「どういうことかしら」
相当に消耗しているが、その怒気はそれを感じないほどに強かった。
まさか横槍が入ると思わなかったのだろう。
しかも、会話を聞く限り仲間だったものからの裏切りとも思える行為。
そこで一瞬ではあったが、”黒炎”は”純潔”から意識をそらしてしまった。
それを好機とばかりに”純潔”は一転、攻勢に出る。
まずは攻撃中とあって接近していたもう一体の”双璧”の首根っこを掴むと、目一杯力を込めて首をへし折る。その程度では因子は死ぬことはないが、その後地面に思い切り叩きつけると、容赦なく頭部を踏み潰す。
さらに上半身を執拗なまでに踏み続け、下半身以外を粉々にする。
因子にはそれぞれ弱点となる部位があり、そこを破壊しない限りは再生をする。そしてその弱点はほとんどの因子は上半身にあり、理論的には上半身を一撃で消滅させれば即殺が可能とされている。
けれど、因子は私たちにとっては上位種であり、それだけ大きなダメージを与えること自体難しいので、それはほぼ不可能とされていた。
そんなことを知ってか知らずか、”純潔”は実行したのである。
恐らくは無意識的にだろうが、攻撃され続けたという苛立ちもあったのかもしれない。
「上半身分の力が摂取できなくなったけれど、まぁこのビジュアルのほうが食べるのにも抵抗がなくなるしいいか」
そう言って”純潔”は残った下半身を手に取ると、つま先から飲み込むように食べ始めた。
因子どうしで戦い、勝ったものがその因子の力を取り込むということは知っていたが、実際にその場面を見たのは今回が初めてだ。
もっと抽象的なものなのかと思っていたが、まさかこんなにも猟奇的なものだとは。
「さて、あなたたちが片付けたその片割れは後でいただくとして、今はこちらを先に片付けたほうがいいかな」
”双璧”を残さず食べ終えた”純潔”は、攻撃をやめて何やら思案している”黒炎”と”黒衣”に向き直る。
力の差は歴然であった。
もし双方力の消耗なく全快状態であっても、どれだけ”純潔”が不完全な状態での顕現であっても、この差は埋まることはないだろう。
そう思えるくらいに、圧倒的だった。
なにせ、あの”双璧”を、相手が衰弱しきった状態とは言っても最上位クラスであったあの”双璧”を、なんの能力を使うことなくその腕力、脚力のみで斃してしまうのだから。
「……そうだな、それがいい」
「じゃ、早速」
どうやら何かを話し終えた”黒炎”と”黒衣”は、手の平を重ね、私たちには理解できない言語で詠唱を始めた。
「そうきたか」
二体が何をしようとしているか理解した”純潔”が、それをさせまいと二体に詰め寄る。
が、動くのが一瞬だけ遅れたせいで、”純潔”が二対を捕らえる前に詠唱が終わる。
二体は光に包まれ、数秒視界が奪われる。
「くそっ」
真っ白な世界の中”純潔”が悪態をついた声が聞こえてきた。
次第に光が晴れ、元の世界が戻ってくる。
そう思っていた。
しかし、そこは元の世界とはかけ離れた光景だった。
ついさっきまでの半壊した”浮城”ではなく、全てが漆黒に染まった闘技場のような空間が広がっていた。
「ここは私と”黒衣”が生み出した複合領域だ」
短く説明する”黒炎”に目を向けると、先ほどまでの簡易なドレスではなく、厳かで気品溢れ、しかしどこか狩人を思わせるような装飾が施してある服装になっていた。
「二体とも能力の消耗で言えば半分程度だった。そのまま戦っていても私を斃せる可能性は限りなく低い。ならば、一方が他方を取り込み、十全以上の力を手に入れれば、私に対抗できると考えたのね」
”純潔”は自らで今の状況を冷静に語ることで平静を取り戻そうとしているようだった。
その理由は”純潔”を見れば明らかだろう。
「いやしかし、正直言って驚いたよ。まさか私の両腕を奪うだなんて」
”純潔”の両腕の肩から先がなくなっているのだ。
これはさすがの”純潔”も、冷静ではいられなかったらしい。少しだけ息が切れている。
「あなたはここで殺しておかないと大変なことになるからね」
厳密に言えば、私たち人類の存続が危ぶまれる。
”純潔”は因子の中で唯一因子を完全消滅させることが出来る存在である。故にその能力は黒の七因子に引けをとらないものになっている。
そんな”純潔”の因子が他の因子を取り込んだらと思うと、これほど恐ろしいことはない。
もっとも、今の私たちの技術であれば相当上位の因子でなければ消滅させることが出来るのだが、問題は赤や青、黒といった特に凶悪な因子たちに対抗する術がほとんどないということだ。
その辺を考慮して”純潔”が因子を取り込むなんて思えないし、さらに言えば今の”純潔”が私たちに素直に処分されるなんて、考えられるわけがない。
しかし幸いにも上位クラスの因子は現在この場にいる三体を合わせても、世界にあと六体しかいない。だったらこの場で”純潔”には消滅してもらい、私たちで地道に因子を狩り続けるほうがいいというものだ。
「私は、あなたに殺されるわけにはいかないのよ」
”純潔”のその言い方には違和感を覚えた。
あなたには。
それはつまり、逆を返せばある特定の人物、あるいは因子にならば殺されてもいい。いや、その人物か因子に殺されなければいけないと言っている様だった。
「そうだ。今こちらに向かっているある因子が、”純潔”を取り込むことによって、俺たちの、というか漆の計画は完遂される」
私の後ろには何時の間に移動したのか、白神白霧と正体不明の男が立っていた。
男は続けて言う。
「その計画では”純潔”の存在理由も同時に完遂されるから、あいつもああして素直に従っているんだ」
”純潔”の存在理由。
それはつまり、全因子の消滅。
「楽しそうなことしてるじゃないですかー!!」
「わたくし達も混ぜてもらってもよろしいかしら?」
突然、空から声が聞こえたかと思うと、”黒炎”と”黒衣”が創り上げた領域の天井部分がひび割れ、空間全体が振動する。そして次の瞬間、天井にぽっかりと穴が開き、二つの小さな影が飛び込んでくる。
あの二人には、見覚えがある。
この作戦が始まってから随分経っていてので、乱入の心配はないだろうと思っていたのに。
その二人組みは”黒炎”と”純潔”との丁度間、互いに背を向けてどちらにも攻撃できるような態勢を取った。
「自己紹介しますね! 僕はオーストラリア大陸守護第二部隊隊長の”隻翼”ことサルンドラです! よろしくです!」
元気がありすぎるのが問題なんだよな、この子は。相手を前にしてもこの笑顔だし。私が知っている因子の中で相手の頭が弾けてはしゃいでたのはこの子を含めて二体くらいである。
「はじめまして。わたくしオーストラリア大陸守護第五部隊隊長”瑠璃姫”ことキュートです」
恭しく挨拶をする女性のほうは、私としては戦闘を見たくない。この子は自分の敵には一切の容赦をせずに、酷く残忍で戦慄するほど凶悪に殺すことしか考えないから、今の笑顔すら私は怖い。
二体とも、無邪気なのだ。
それ故に、最も狂気を孕んだ因子であると、私は思う。
「……早く来ないと、けっこうまずいですよ」
”純潔”は腕を高速再生させると、いよいよ本気で戦う態勢に入る。
そんな様子を見てか、二体は心底嬉しそうに話している。
「さてさて、一体どちらを殺せばいいのかな!」
「わたくし達以外は全員殺す。いつもどおりシンプルに行きましょう」
そうして二体の悪魔は、この場の総てを混沌へと誘う。




