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フリージア  作者: 和菓子屋枯葉
『空城カムラ』
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第二十八話「ふたりの願い」



 壊すために生まれてきた。

 残さないために生かされ続けてきた。

 それだけのために。

 たったそれだけのために。

 ずっと。

 ずっと。

 気が狂うほどの長い時間を。

 精神が磨耗しきるほどの時間を。

 時の流れを忘れてしまうくらいの永遠を。

 たった一つの、私の生まれてきた意味も曖昧になりそうなほどの恒久を。

 ずっと、生きてきた。


 でも、それが終わった後はどうなるのだろう。


 たった一つの意味のために生まれてきた私は。

 それが終わった後の私は、いったいどうすればいいのだろうか。

 考えたこともなかった。

 私にはそれしかなかったから。

 壊すために。

 残さないために。

 生まれて。

 生き続けて。

 今、それを果たそうとしている。

 しかし私は今、迷っている。

 否。ずっと、迷い続けている。


 この内に秘めたものが、果たして本物かどうか。


 それが本当に、私の生きている理由なのだろうか。と。



 ――――



 私が出口へと一直線に駆けていこうとしたその瞬間、その出口から何かが降りてきた。

 四つの影の内、二つは人間だと判別できたが、残りの二つはどちらも異形だった。

 一つは布のような形の影で、どうやら何かを防いでいるようだ。

 もう一つの影からは無数の触手が伸びているような形。

「って、あれは白神白霧?」

 人型の影の一つはどうやら現在国際指名手配中の白神白霧らしい。

 というか、下のこの状況がわかっているのだろうか。

 正真正銘の因子同士の全力の戦闘だ。

 どんなものもそこに介入することは出来ない。

 ならどうして降りてきた。

 いや、違う。

 降りたくて降りてきたわけではない。

 何かに追われてここに降りてくるしかなかったと考えられる。

 何かなんて遠まわしな言い方ではなくてもっと直接的な言い方をすれば、あの後ろの化物に追われて落ちてきてしまったのだと考えれば納得がいく。

 この距離でもわかる。

 あれは、関わることも危険な生物だ。

「……余計なものが来ましたね」

「……余計なものが来てしまいましたね」

「あれはまずいな」

 その四つの影が近づいてきて、人型である二つがまずこちらに落ちてきた瞬間に、争っていた三体は動きを止める。

 そして残りの二つが着地すると三体の因子は触手のような影の方へほぼ同時に攻撃を仕掛ける。

「威勢がいいのは結構だけれど」

 三体の幾重にも重ねられた一撃一撃が必殺の攻撃を、しかしその影は全て受け止めて動きを封じる。

「今は大人しく食われて下さいな!」

 動きを止められた三体はなす術なく体を貫かれていく。

 それだけにとどまらず、その影から放たれた触手はこの場を破壊せんと縦横無尽に暴れつくす。

 逃げ場などなかった。

 ただその場で立ち尽くし、死を待つだけ。

 さきほどの戦闘よりもずっとずっと希望がない。

 そう思っていた私の目の前に、小さな一つの影が現れる。

「『断絶シャットダウン』」

 突如として視界が闇に覆われ、五感全てが奪われたような感覚に陥る。

 誰だか分からなかったが、このレベルの防壁ならば何とかあの出鱈目な攻撃も防げそうだ。

 そんな風に安堵してしまったから、私は今体を貫かれたことにも気付くことが遅れてしまったのだろう。

 視界が闇に覆われていたのは時間にすれば一秒にも満たなかった。

 光の世界へと戻ると、そこに映っていたのは正に絶望。

 この世に現れた地獄。

 世界の終り。

 『死』そのもの。

 どんな言葉を尽くしても、その光景を語ることは酷く難しい。

 三方を囲んでいた壁が無くなり、水平線が見渡せる。

「うーん。力加減が難しいな。もうちょっと手加減しないと一瞬で終わってしまう」

 つまらなそうにそう言った影は、今は小さな女の子にしか見えなかった。

「あら、でもこの場にいる三人と四体、みんな生きていますね」

 正直私が生きていることが奇跡だ。

 破られたとはいえ、あの防壁が無ければ粉々の肉片に変わっていただろう。

 しかし、腹に一撃強烈なものをもらってしまった私はその場から動くことも出来ずにいた。

「派手な登場しちゃって、この子は本当に問題児なんだから」

 誰しもが満身創痍の中ただ一体、”黒炎”のみが影と相対していた。

「あの子達はここにはいないんですね」

「一つはこの期に及んでまだ寝てるわ。もう一つは怠けているだけだと思う」

「そう。まぁこの私が目覚めてしまったのだから、今までのように呆けてはいられないよね」

「あの子達のことだから、どうせあなたが目の前に来るまで呆けているわよ」

 他愛ない会話のようにも聞こえるが、しかしその水面下では相手の出方を窺ったり、相手の行動を予測し尽くしているのだろう。

 ここで私が理解できるのは、先に動いたほうが確実に負けるということだ。

 しかし動きが一切ない以上、どちらかが動かなければこの状況が変わることは無い。

 あるいはこの場にいる誰かが、決死の覚悟で動くのをひたすら待つのみである。

 いや、ひたすら待つまでも無いかもしれない。

 だってこの場には、そういったリスクリターンを度外視した二体がいるんだから。

「……いつまでそうして」

「……話しているのですか」

 案の定影の左右から出てきたのは”双璧”の超攻撃型形態だった。

 ありったけの投擲武器を発現させ、自らも黒白の双剣を両手に持ち影へと特攻を仕掛ける。

 防ぐこともさけることも許さない四方からの攻撃。音速を超える投擲武器と、さらにそこから続く二体の合計十二連撃。そしてその後にはダメ押しとばかりに第一波の倍量はある投擲攻撃。それを相手によけられても対面上にいる味方には決して当たらない位置取りをしている。

 双子だからこそ出来る業であり、相手を理解しているからこそ為せる技なのだろう。

 しかし、それすらも影は事も無く全て防ぎきる。

 人間の反応速度はもちろん、因子の反応速度ですらこれをかわしきるのは至難の業であり、ましてやことごとくを防ぐなど不可能に近い。

 だが影はその場から一歩すら動くこともせずに、投擲も斬撃も何もかもを叩き落としていく。

「……で、これで終りですか?」

 そんなわけが無い。

 ただの投擲武器を発現させたのであれば、先制攻撃を仕掛けた意味がまるでない。

 私はその次を読むことが出来たのでとっさに対ショック体制を取ることが出来た。

 「んよ?」

 影が叩き落とした武器が順々に大爆発を起こしていく。

 その大爆発はただ相手にダメージを与えることだけでなく、煙幕を張って隙を作ることも目的としていた。

「”純・黒炎”」

 一筋の黒い炎が一閃、空間をも捻じ曲げる勢いで世界を両断する。

 捻じ曲がった空間が元に戻ると同時に、空気が弾けて先ほどとは比べ物にもならない規模の炎が影を焼き尽くす。目の前にあった”天城”も、もうその姿は跡形も無くなり、私たちが今戦っているこの”浮城”も半壊状態である。この状態で墜落していないのが不思議である。

 それでもなお、影は倒れることなくそこに悠然と立っていた。相手に笑顔を向ける余裕さえもあるらしいい。

「だめですよ。私を殺したいのならば、もっと全力で、それこそ自らの消滅も辞さないくらいの全力でこないと」

「そうね。どんなものさえ通さない、何もかもを受け入れない。全てを消し去るためだけに生まれた因子。”純潔”」

 あの”純潔”が復活したって言うの!?

 でも”純潔”は確か、漆の命と引き換えでなければ復活は出来ないはずなのだけれど。

 しかし現こうして”純潔”が復活しているということは、つまり……


「私はね、叶えてあげないといけないの。順番通りに、手順通りに生きることしか出来なかったあの子のために、私はその子のたった一つの願いを叶え続けないといけないの」


 表情は見て取れないが、その声色はなんだかとても哀愁が漂っていた。

「私はね、こうしてたたき起こされる前まで、ずっとずっとみんな壊れてしまえばいいと思っていたの。何もかも尽くね。けれど、今こうしてあの子の記憶が流れ込んできて、その思いがすこしだけやわらいでいるの。だって、何一つとして自分の意思で選び取ることができなかったあの子が、私と同じようにたった一つだけ強く願っているのだもの。だから、私は私の願いを実現させる前に、あの子の願った結末を与えてあげてもいいと思った」

 ”純潔”は悲しみのこもった口調から、段々と力強くなにかに言い聞かせているような話し方になる。

 その次の瞬間、すべての力を解放したかのような波動が、”純潔”を中心に渦を作り上げる。


「だからさ、みんなみんな、ここで死んでちょうだい」


 その笑顔は、凍えるように冷たかった。



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