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フリージア  作者: 和菓子屋枯葉
『空城カムラ』
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第二十七話「空腹」


 ”双璧”と”黒炎”が対峙したまま静止している中、私はどうにかその三体の死角へと逃げ込む。

 私は気付かれないようにそっと出口を見る。

 最短距離で移動すればおよそ十秒足らず。けれど、最短距離で行くとなると必ず”双璧”の視界内に入ることになる。

 思考を切り替える。

 ならばそこかしこに散らばった隠れられそうな瓦礫を経由して行けば安全かつ目視はされない。だが時間をかければそれだけ流れ弾に当たる確率も高くなる。それに相手は因子だ。いつ私の存在が感知されてもおかしくはない。こうしている瞬間にも攻撃が来ないとは限らないのだ。

 思考をフル回転させる。

 現在使える武具はひとつ。

 神威纏う三叉の矛、クラウズ・ヘブンズ。三叉の矛が三つ出現し、九方向同時攻撃が可能な投擲武器だ。しかし今最も欲しいのは全ての攻撃を無効化できる、世界を隔てる断罪の壁なのだが、ないものを求めたところでどうにかなるわけではないので、諦めて別の作戦を立てなければ。とは言ってもあの三体がどう動くかで私の進路も変更するので、今はこの停滞した状況で息を潜め続けなければいけない。

 さて、どうなるやら。




 ――――


「いやまさか本当に自分の命をも犠牲にして理想を成し遂げようとするやつがいるとは思わなかったよ。ま、そのおかげで私はこうしてほぼ完全な状態で顕現することができたのだからありがたいけれどね」

 白い少女はそう俺たちに語りかける。

 正確には俺たちの中に残された漆の残骸に語りかけているのだろう。

 あれは俺たちなど眼中になかった。むしろそのわずかな残骸こそ俺たちの本質だと言わんばかりにそれ以外のものを無視していた。

 こんな場面も全て想定していたとしたら、一体漆は何がしたかったのだろうか。こんな最悪な因子を不完全とはいえ顕現させても成し遂げたかった理想とは何なのだろうか。俺には全くもって理解ができない。

 むしろこれは最悪の一手だ。

「そうとは限りません」

 俺のそんな思いを否定したのは、隣の白神白霧だった。

 あの時、”天城”を浮上させたこの白神一族の長は、今最も漆の思想に近いだろう。

 ならば、次の一手とはなんだろうか。

「私が想定していた可能性の内の大半が”純潔”の顕現を必要としました。それ以外は限りなく可能性が低いか、少なくともあと十年の猶予が必要でした。今この瞬間に全てを、自らの理想を遂げるのであれば、この”純潔”の顕現はむしろ不可欠であります」

「しかし、あれをどう利用しようってんだ。”黒炎”と違って言うことなんて絶対聞かないぞ」

「それでいいんです」

 どういうことだ。

 言うことを聞かせなくていいなんて、そんなことあるのか。

「”純潔”が今必要としているのは、因子です。顕現したとは言え、未だ本調子ではありません。その隙間を埋めるように、どれでもいいから因子を取り込みに行くはずです。そしてこの場にいる因子といえば」

「”双璧”と”黒炎”と”黒衣”か」

「まぁ、細々としたものを含めれば二十強はいますが、それでも強力かつ迅速に隙間を埋めるならばその四体の内のどこかに行くでしょう」

 そして、そのどこかに漆が打った一手が潜んでいるということか。

 本当に、どこまで手を回しているのか。どこまで想定して手を打っているのか。漆という男は、どこまで用意周到に、周りに一切気付かれることなく事を運んでいるのか。

 恐ろしい。と同時に羨ましいとも思う。

 俺は、抱えきれず理想を切り捨てた。

 救うことを、諦めた。

 けれど漆は、いつか終わる平穏を見越して、そこから起こりうる全てを想定して物事を動かしてきた。

 そう生きることができたら、きっと今頃俺も……

 いや、今は余計なことを考えないようにしよう。

「今はとにかく、”純潔”に殺されないようにこの場を切り抜けることだけを考えてください」

「……分かってるよ」

 尋常じゃない殺気。流石は全ての因子を無に帰すことができる因子だ。

「ともかくとして、あなたたち、すごく美味しそうですね」

 ”純潔”の因子は、そう言って朗らかに笑う。




 ―――――


「人の領海で好き勝手やって、ホント許せませんな!」

「そうね。準備も整ったし、わたくし達も遊びに行きましょうか」

 インド洋の遥か東。オーストラリアの最西端に、その男女は立っていた。

 目には見えないはずのその戦いを、しかして男女らはまるで目の前で起こっているかのように話している。

「じゃあ、一発派手にかましますか!」

「はい、第一印象は大切ですからね」

 男は元気よく。

 女は冷静に。

 その戦場を、その戦闘を、言葉通り一撃で終わらせようとしていた。




 ――――


 しばらくして、その戦闘は始まった。

 常軌を逸した三体の因子の、目にも追いつかないほどの攻防。

 本調子ではないとは言え、”黒葉”の目の保持者である私も残像すら見えない、人外の戦闘。

 まったくの想定外だった。

 まさかこの目で見えないものが、見通すことができないものがあるとは、思わなかった。

 打つ手なし。

 これではどんな手を打っても、どんな進路を選択しても、どれだけ準備を整えても、無駄だった。

 これが頂点に立つ因子達の本当の力。

 今までずっと手加減されていたと思うと、何とも滑稽な話だった。

 手加減され、慢心され、騙され続けて、そんな相手を斃して私は強くなったと、自らが強者だと思い上がっていた。

 人間という足元にも及ばない相手を前に、力を解放したときの衝撃波程度で戦闘不能になるほどの弱者に、本気を出せというほうが野暮だろう。

 退屈だったのだ。

 瞬きの間に片鱗すら残さない人間相手の戦闘など、退屈で仕方なかったのだ。だから因子たちは無意識に力を制御した。十分の一、いや百分の一程度の力を、私達はずっと本気だと思い続けて生きてきた。

「そっか。そうかそうかそうか」

 漆の言う通りだった。

『この世界は行き着くところまで行き着いてしまった。君の願いを叶えるとき、世界そのものを造り変えるそのときまで、あなたはずっとずっと一人で世界を相手にしなければいけない』

 因子とは、世界の完成系だった。行き着いた果ての、完全な人の姿だった。

 漆はずっと分かっていたのだ。

 自分は世界そのものを相手しているということを。

 文字通り、世界を敵に回していたのだ。

 こんな出鱈目な連中を、しかして漆はものともせず戦っていたのだ。

「はぁ、私もここが年貢の納め時ですかね」

 脱力する。

 もう何もできない。

 身体も、心も傷つき疲れ果て、いつこの場所に流れ弾が飛んでくるか分からないような状況で、進むことも許されず、留まることも不可能。

 戦闘が始まる前の能天気な私を叱ってやりたい気分だった。

 それももう遅いけれど。

 何もかもが、手遅れだけれど。

「それなら、最後の悪あがきをしましょうかね」

 なにもなさずに座して死を待つのは性に合わない。

 私は今残っている力を全て左目に集中させ、三叉の矛を発現させる。

 気合をいれ、呼吸を整え、私は全速力で、人外の戦闘へと飛び出していく。




 ―――――


 走る。

 とにかく走る。

 なりふり構わず、ただただ全力で走る。

 そうしなければ自分の身体が欠片も残らず蒸発してしまうから。

 一歩先を行く白神白霧を見る。

 彼も俺と同じように走り続けている。

 ただ俺と違い、彼は何かを考えながら逃げているようで、逃走経路を選んでいるような雰囲気がある。

 しばらくもせずうちに、見覚えがある場所に出てきた。

「……あんたまさか!」

 そこにはひとり城外を見ながら佇む”黒衣”がいた。

「向こうに飛び移りますよ!」

 そう言われ、俺は”黒衣”の横を通り抜け、この”天城”が衝突した”浮城”に向かって思いっきり跳躍する。

「そっちは……」

 ”黒衣”が何か言いかけていたが、それどころではなかった。

 しかし、そこでよく話を聞いておけば、俺達は地獄へと飛び込まなかっただろうが、ゆっくりと話を聞くという状況でもなかったので、これはもう仕様がない。運命と思っておく。

「あはは、案内ありがとうね!」

 後ろから追いかけてきた”純潔”が、”黒衣”を、そしてその先にいる三体を見て、俺達に感謝の言葉を投げかける。

「おかげで、お腹いっぱいになりそうだよ」

 その言葉の意味を、俺は一瞬で理解する。

 この先には、”純潔”と接触してはいけない三体がいる。

「さて、はじめようか漆君! 君が思い描いていた理想とは程遠いかもしれないけれど、許して頂戴ね!」

 俺はその悪魔を連想させる笑顔を見ながら、地獄へと自由落下をしていく。



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