第二十五話「願う世界」
ただただ広く無機質な空間に、その二つはいた。
何が楽しいのかさきほどから顔を合わせてはクスクスと笑っている。二つの対極な色が舞うような、踊るようなその姿は、まさに女神のようだった。天井から降り注ぐ太陽の光がより一層その光景を美しくしている。
「あら、誰か来たみたいね」
「うん、一人で来たみたいだね」
透き通る白の旋律と濁った黒の蠢動という、相反する二つの声が響き渡る。どこまでも両極端でありながらも、瞳に映る鮮やかな背景と輝く二つは反発せず複雑に絡み合って調和がとれていた。
辺りを見回す。二つが言っていたようにどうやら他の部隊は到着していないようだ。私の部隊も道中見当たらなかったので、どこかで足止めを食らっているのかもしれない。
「クスクス」
「くすくす」
二つは囁くように、けれど私に聞こえるように笑いあう。
「……なにが可笑しい?」
「だって、ここにはもう誰も来ないわ」
「待っていても、誰も来ることはない」
確信した口ぶりで二つは語る。いつの間にか二つは空間の中心で互いを見つめながら静止している。
「それはあなたたちが何かしたということ?」
素直に話すわけがないとは思っていたが、訊かずにはいられなかった。上から降っていた光が少しだけ弱くなり、隅のほうから影が伸びてくる。まるで光を食いつぶさんとばかりに。
「いいえ、私たちはただ待っていただけです」
「そう、待っていただけ」
二つの表情が、醜く歪む。
「あなた以外の人間は条件を満たせなかったのですよ、単純に」
「ここまでの道のりは単純。だからあなたより先に入ってきた人間が今この場に辿り着いていなければ」
そこですべてを理解する。他の部隊は、その条件を誰一人満たせなかったから、今もこの場に辿り着けず、城の中を彷徨い続けている。そして誰も満たせなかった条件こそ、作戦上私だけが持っているものだった。
「それ、それが私たちは欲しかった」
「それだけが、私たちは欲しかった」
二つが指差す先は、私の左目。
「これはあげられませんよ」
私は笑顔で答える。この作戦に参加した部隊の中には私と同じように”マテリアル・パーツ”を持つ者はいたが、このインド洋で使用するには危険を伴うものばかりだったので、結局私以外の”マテリアル・パーツ”は今回持ち出されていない。
「あなたの許可はいらない」
「あなたから奪い取るから」
気付けば明るかった空間も数メートル先が見えないほどの闇に包まれていた。しかし私の左目にははっきりと二つの影が見て取れた。両側からの挟撃を受け止めると、間髪入れずに反撃に出る。とりあえず見えにくい右の相手から斃そうと、私は力強く左足で地面をける。たった一歩で相手の懐に飛び込むことは出来なかったが、反応速度でいえば同等程度なので不意はつけたようだ。とりあえず機動力を削っておきたいので足を狙って地面すれすれに刃を滑らせる。と同時に後方から追撃を与えるため左手の武器で胴体目掛けての攻撃を用意する。後ろからはもう片方の相手が追いかけてくるが、私はそれを一瞥もせずに対応する。
「!?」
私は腰辺りから翼のような形状の刃を発現させる。こればかりは相手も予想していなかっただろう。
私は”黒葉”の目を体に留めすぎたのだろう。もう左半身は因子体に近い状態になってしまっていた。リターンも多いが、リスクの方が圧倒的に多い。その最たるものが寿命である。元々因子を体に宿した人間の寿命は精々が十年、長いと二十年はいくが、それでも平均寿命の半分も生きることは出来ないだろう。私もその例に漏れることなくこの五年ひたすらに寿命を奪われ続けてきた。私的な感覚だと私の寿命もあともって一年程度だろう。だからこそできる芸当だ。惜しみなくその能力を使い、省みることなく寿命を使い果たすため、私はいざというときに”黒葉”の能力を使用することをためらうことはなかった。
「まずは一体」
私の攻撃が相手の右足を切断したことを確認すると、左手の武器に重心を傾ける。薙ぎ払いに似た一閃が胴体を捉える直前、下から突き上げられるような地鳴りに襲われた。おかげで攻撃がそれてしまう。
「余計なのが来た」
「邪魔なのが来た」
再び距離を取られてしまう。折角相手からの反撃を許すことなく斃せそうだったのに、タイミングが悪すぎる。
「この感じは、黒衣と」
「……黒炎だ」
私は闇から漏れ聞こえてくるその名前を聞いた瞬間、思わず笑ってしまった。
それはそれは、最悪の組み合わせではないかと。
――
何かに衝突したのか、激しい破壊音が鼓膜を震わせる。
満身創痍の体を無理矢理起こし、私は現在の状況を確かめようと辺りを見回す。瓦礫の山の向こうには青い空には似つかわしくない鉄の要塞が浮かんでいた。私たちが落とそうとしているこの”天城”よりもいくらか小さいその要塞の上には片翼の女神が手を合わせて向き合っている。このシンボルは恐らく”双璧”のものだろう。ということはこの要塞は”空城”カムラか。随分と遠くまで来てしまったものだ。
「まぁ、いづれはあの双子も斃さないといけなかったからな。いい機会だ」
「お姉……ちゃん」
背後から苦痛を伴った声が聞こえてきた。確実に斃したと思ったのだが、我が妹は意外としぶといらしい。
「どうして……私のほうが……強い……はず」
「どうしてもこうしても、あなたは最も強力な”投影”と”傀儡”の能力を奪われたままじゃない。確かに構築なんかは破壊だけしか出来ない私たちにとって苦手なものだが、理解してしまえば怖くはない」
実際戦ってみた感想としては、構築自体は単純であり、複雑に組み合わせなければそれほど脅威ではなかった。故に最前線で構築の能力を使用するのは下策と言えるだろう。それは後方で前線を支援するのであれば最も効果的な能力のひとつのはずだ。
最初こそ押されていたが、破壊に特化した私たちが慣れない色の能力を使うということは、いつも以上に体力消費が激しいということ。持久戦に持ち込んでしまえばこっちのものだ。
「使い慣れないものを使うからこうなるのです」
私はぼろぼろになった自分の服を破り捨てる。やはり服があると動きづらくて仕様がない。
「あなたの処遇はまた後で決めますので、ここでゆっくりしてなさい。まぁどうせ一週間は満足に動けないだろうけれど」
一回伸びをしてから、私は浮かぶ白と黒の要塞へと飛び移るために翼を発現させる。
「待って……お姉ちゃん」
「…………」
私はその声を無視して”空城”へと乗り込む。
――
「見つけた!!」
俺は”天城”の最上階近くの階段でその姿を見つける。あれはさっき”黒衣”と一緒にいた男だ。
「鬼ごっこは、嫌いなんだよ!!」
俺は自身の最高速度で相手へと詰め寄ると、その背中に槍を突き放つ。が相手の体が霧散してしまう。
「くそっ! また偽者かよ!」
これで十体目だ。あと何体やれば本体に辿り着けるのか。
しかしあと行っていない場所はこの階段の上だけである。”天城”の構造上この上が最上階で間違いないだろう。もしそこにも本体がいなければ、この城には”黒衣”と漆が相手している化物以外誰もいないことになる。俺のこの疾走も無駄になるということだ。それだけは是非とも避けたい。この後に控える戦闘に支障をきたしてしまうから。
ようやく着いた最上階には、大きな扉がひとつだけ。大層な装飾が施されているが、一体誰の趣味だろうか。”黒衣”とは考えられない。あれはもっと簡素なものを好みそうだ。
「さてと、ここにいてくれよ」
俺は柄にもなく祈るようにその扉を開ける。破壊しても良かったが、中から発せられる雰囲気のようなものが破壊を躊躇わせた。
中に入るとまず最初に目についたのが、巨大な玉座だった。”天城”すべてにこの玉座があるが、何か意味があるのだろうか。
「それは、因子の忠義の証だ」
気付けば玉座には一人の男が座っていた。白髪が印象的なその風貌は、どこかで見た覚えがある。
「忠義? あれにそんなものないだろ」
「なんだ、知らないのか」
まるで感情がないような声色だが、はたしてこの男は人間なのだろうか。はたまた因子なのだろうか。俺には今のところ判断が出来なかった。
「因子は、生まれた瞬間に忠義を誓う。それは因子によって違うが、どれもみな因子にとって大切なもの。失いたくないと願ったものだ」
誰かのために願い、誰かのためにそれを叶える。それが因子だ。と男は語る。ならば今のこの時代、この状況は誰かが願い、誰かが叶えた結果ということなのだろうか。いや、俺はもうその人物を知っている。
この世界を願い、この世界を作った人間と因子を、俺はもう知っている。
「世界規模の大災厄を引き起こすことの出来る因子など、数えるほどしかいないだろう。そして、平穏な日常を誰よりも忌み嫌った人間など、この世に二人もいない」
分かっている。それはきっとずっと前から分かっていたことだ。だからこそ分からなくなってしまった。どうしてあいつは、こんな世界を望んでしまったのだろう。
「願わずにはいられなかったのだろう。それはあの男の悲願なのだから」
「お前は、一体誰だ?」
認めたくはなかった。
この惨状は、この非情は全部俺が付き従ってきた男の願望だったなんて。
そして、恐らくそれに唯一対抗できる手段を持っていたのが、この男だとは。
男は静かに名乗る。
「私は白神白霧。亜麻咲漆という虚無の化物に唯一対抗できる人間だよ」




