第二十四話「欠片」
―――――
ルチルチェアという一族について、私は養子に出されるまで一切知らなかった。
クロー家、アインストゥール家、オリンドラ家と並ぶ有名な一族だと言うが、実際のところはどこにでもいそうな家族そのものだった。幸福に包まれ、退屈だと思えるほど何事もない凪のような日常を過ごしていた。私自身も、それまでの生活に比べれば随分と裕福で満ち足りた世界を謳歌していた。
そんな平穏が終わるのは、何時だって唐突だ。
”それ”はなんの前触れも、どんな予兆もなく私たちの前に現れた。
思えばあれが原因で”ルチルチェア”という一族の深層に眠っていた、狂ったような闘争が目を覚ましたのだろう。私の目の前で一番上の義兄と一つ下の義妹が切り刻まれ、焼かれ爛れた姿にされた。なのに私は一切の感情を忘れたかのように無感情だった。驚く暇もなかった、というわけではない。ただ単純に本当になにも思わなかったのだ。あれだけ愛してもらっていて、あれほど愛していたのに、私はその義兄弟たちが殺されてもなお、何一つ思うことがなかったのだ。
異常だとは思う。けれど、どうしてもそれが悪いことだとは思えないのだ。
だって人はいつか死んでしまうから。それが義兄弟にとってたまたまその日であっただけで、なにも特別なことではなかったから。
けれど、次の行動には少しだけ驚いたことを記憶している。
私は”それ”の両腕を捻り切っていたのだ。感情を挟む暇もなく、より効率よく無駄な動きが一切なく、相手の腕を奪っていた。
”ルチルチェア”という名前が持つ異常性の、最初の体現者が、私だった。
そして”ルチルチェア”という名前で初めて殺戮を行ったのが、二番目の義兄であるハールランドだった。
ハールランドはいとも容易く”それ”の首を捥ぎ取り、感情の失せた表情で言ったのだ。
「なんだ、こんなものか」
普段からあけすけなものの言い方をしていてあまり好きではなかったが、今回ばかりは同意できた。
この程度のものに私が愛していた人たちはやられてしまったのかと。この程度のものに殺されるほど、私が愛した人たちは弱かったのかと。
この事件がきっかけで私たち一族、正確には私とハールランドは英国軍に入隊することになった。今ではこの”ルチルチェア”という名前は、主に欧州中心で『マテリアル・パーツ』を所持する者の総称となっている。
その”ルチルチェア”の頂点に立つのが、今この場で唯香を相手に余裕の戦闘を行っているハールランドという男である
「うーん、ちょっと物足りないな」
細くしなやかな印象を受ける細剣のみであの唯香の激しい攻撃をいなしている。追尾してくる炎もすべて払いのけていた。相変わらずの化物加減である。
「うん、まぁそろそろだろうな」
ハールランドは一旦距離を取ると、両腕を広げる。すると肩甲骨付近から指先にかけて帯状の黒が包み込む。肩甲骨からはなおも黒が出続け、それは身体全体をも覆い隠す。
「久しぶりに見るけれど、やっぱり恐ろしいわね。”暗黒”は」
ハールランドが所持する『マテリアル・パーツ』は”暗黒”の因子の両腕だ。直接的な攻撃力は低いが、身体の強化や能力の底上げなどができる。そして一番私が恐ろしいと思う能力が、その能力で斃した相手の能力を模倣し、幻影として使役できるということだ。ただそのものの能力すべてを十全に扱えるわけではなく、あくまでもその戦闘中に発現した能力を模倣できるだけであり、使役する幻影の戦闘力はそれほど高くはない。しかしいくら戦闘力が高くなくともそれが二桁三桁ではなく、四桁や五桁でも済まないのだ。
全盛期に使役した数は、おおよそ七百万前後らしい。もし、その数の敵が一斉に攻めてきて、たった一人でそれを相手にするとなったら、きっと私にはできないだろう。せいぜい五千か、良くて一万斃せるかどうかだろう。
そして、ハールランドという人間は相手に容赦することがない。
「さて、君はいつまで耐えられるかな?」
清々しいほど晴れやかな笑顔で相手を見やる。これが戦闘狂と言わしめる要因なのだろう。けれどハールランドは別に戦闘を楽しんでいるわけではない。自身の行動に対する相手の行動自体を楽しんでいるのだ。言ってみてなんだが、それの方が性質悪い気がする。
「くそが!!!」
唯香は暴走する炎を抑えることなく辺りに撒き散らす。その様はもう地獄絵図という言葉がよく似合う。
「うんうん、よく頑張っているね。ほらまだ沢山いるから慌てずゆっくり楽しむといい」
暢気すぎるだろ。
「お兄様、ここは任せてもいいですか。というかどうせ私いてもいなくても変わらないでしょうし」
「うーん、折角なら久しぶりに義兄弟と共闘したかったのだが、まぁいい。別にそれはいつでもできるし」
「じゃあ私は中へ行ってきます」
はいはい、ともう興味がなくなったのか雑に送り出されてしまう。
「行か……せるか!!!」
「君はもう私のものだ。逃がさないよ」
私を追いかけようとする唯香を私の幻影が食い止めている。全くもって悪趣味だと思う。しかしまぁ助かったので余計なことは言わないでおこう。
「本当に楽しい時間は、これからだ」
本当に、悪趣味だ。
――
どうしても叶わないなら、どうあっても手にできないのなら、どうして願ってしまったのだろうか。どうして求めてしまったのだろうか。
もう分からない。
この問いを何回したかも、その問いの答えを何回出したかも。
「どうしたの、さっきからなんだか考え耽っているようだけれど。そんな中途半端な状態で私と戦おうだなんて、随分と舐められたものね」
「そんなんじゃない。ただちょとな」
「あなたはいつも考えすぎている」
「叶えたいことが多すぎるんだよ」
「身の丈にあった願いを持つことですね」
「誰もがそうできたら苦労しないさ」
「できるわ。やろうとしないだけ」
「違うよ、やろうとしないんじゃない。信じているんだ」
「結果、裏切られるのに」
「理想は裏切らないよ。裏切るのは何時だって現実だ」
「非情なのが、現実よ」
一向に決着のつかない戦いと議論は、またしても僕を苦しめる。
本当に奈罪を救う方法が、これしかないのかと。
「これしかないのですよ。これでないといけないのです」
「けれど、そうしたら君は」
「いづれは通らなくてはいけない道なのです。そしてそれこそが私の終着点です」
「本当に、これでいいのかい」
「やりたいことは沢山あったけれど、できなかったこともきっと沢山あったけれど、私は今幸せよ」
ああそうか。
「やっぱり君は」
「それ以上何も言わないで。決意が鈍るわ」
「それはいけない。黙るとしよう」
予定調和のような打ち合いを止め、僕は久々に本気を出す。
「宿れ、”未恋”」
刀に光が灯り、白いオーラを纏う。
そしてその刀で、クレイラを両断した。
殺したわけではないが、しかしこれは気分のいいものではない。でも、奈罪の心を取り戻すためだ。クレイラには悪いが、少々付き合ってもらうとしよう。
「さて、君の持つ奈罪の心の欠片を探すとするか」
光の塊となったクレイラに、僕は触れる。
クレイラの記憶の中から、奈罪という人間を作り出した感情や思い出を取り出すために。




