鬼神殺
意識が戻り、まず理解が出来たのは、自分が拘束されているということと、既に夜中であるということだ。
なぜ手足を縛られ、椅子に座らされているのかまでは理解が出来ないが、きっとこの後良からぬことが起こることは容易に予想できる。が、それよりも自分の左腕が元に戻っているのが気がかりでならない。縛られている腕は自分からは見えないが、しかしここまで違和感無く腕がつながっているなんて、一体誰がやったのか知りたいところだ。
冷静にあたりを見回すと、ここは何回か来たことがある場所だとわかった。
僕の家の近くにある高校、というか僕の通う高校の校長室だ。道理で大層な椅子に縛り付けられていると思ったよ。
「私、教育機関とかに通ったことが無いからさ、ここがどういう部屋なのか分からないけれど、とりあえず偉そうな部屋だったから気に入っちゃった」
真っ赤な髪の毛に喪服を思わせるほど黒いスーツ。穏やかな表情に眼鏡が印象的な女性。しかしその手には赤黒い液体を滴らせる一振りの刀。
「鬼神一族最強である鬼神殺さんが、ただの高校生である僕に何か用ですか」
「随分会わないうちにおしゃべりになったね、漆。それに君はただの高校生じゃないだろう。いや、今はただの高校生だったとしても、昔はそうじゃなかった」
黒く、どこまでも深い闇が広がるその瞳が、僕を見つめる。
鬼神一族。亜麻神一族。白神一族。
この日本において因子を統括している三つの一族。
鬼神は殺し、亜麻神で管理し、白神が生む。
殺しを担当する鬼神の、その中の最強を目の前にしてなぜ僕はこんなに冷静なのだろう。
誰かが助けに来てくれるのを期待しているのか。はたまたもう自分の命を諦めているのか。助けにきてくれる人間のあてが無いわけではないが、しかし仕事嫌いな彼女のことだ。このまま来ない可能性もある。と言うか来ない確率のほうが高い。
「それはそうと、漆。今回君を誘拐したのはちょっとしたお仕事に付き合ってもらいたいと思ってね」
「お仕事だったら普通に正規の手続きをしてから真正面から来ればよかったじゃないか」
「それが出来ないからこんな風に回りくどいことをして、君と話をしているんじゃないか」
というか、僕は殺されそうになったのですが。
そうだ、あれはどうしたのか訊いておかねば。
「そのお仕事とやらの話の前に、質問がある」
「なんだい。答えられることには答えてあげるよ」
「あの鬼神の男と一緒にいた因子は、誰に定着してるんだ」
その問いに鬼神殺は、首を傾けなにやら考え込んでいる様子だった。
「ごめんね、残念ながらその質問は答えられない質問なんだ。いや、言い方を変えよう。それは君が知るべきことじゃないと私が判断した」
「僕に知られたら誰かが迷惑を被ることだけは理解したよ」
「頭の回転が速い人と話すと、迂闊な言葉遣いが出来ないのが嫌なところだよね」
返事は、しない。
「さて、もう質問はないと思うから、お仕事の話をしよう。なに、簡単なお仕事さ、人間一人、たった一人を殺すだけだからね。殺害対象は」
一端そこで言葉を切ると、彼女は気味の悪い笑みを浮かべて、飛び切り嬉しそうな声で言い放った。
「白神一族最高責任者、白神白霧だ」




