第二十一話「二色」
激しい火花を散らしながら剣と拳がぶつかり合う。実際のところ因子の動きに人間の動体視力は追いつけない。しかし私たちがいるこの障壁の中では”強制六感”というシステムが働いているため、通常時のおよそ三倍の運動神経、反射神経、その他様々な恩恵がもたらされる。
そしてこれも、そのひとつだ。
「超速再生ですか。厄介ですね」
「お互い様でしょ。あなたのその治癒力は戦闘系統の”藍”にはないものです。いったいどこから?」
「自ら弱点を語る奴なんていないでしょ」
「それもそうですね」
そう。弱点を相手に話す奴なんてそうそういないだろう。しかし私はあえてその弱点の存在を相手に晒した。私たちの弱点は言わずもがなそのシステム自体だ。システムの恩恵は無限に供給されるものでは決してない。エネルギーがなければ作動しない道具なのだ。その道具を破壊されてしまうと私たちは抵抗するすべがほとんどなくなる。昔の因子なら、顕現化に多くのエネルギーを割いていたので私たちとほぼ変わらない身体能力だったが、今はそのエネルギーをすべて戦闘に向けられる。これはわたしたちにとって不利益でしかないが、その不利益から生まれる勝機もまたある。
段々と攻撃を防ぐことができなくなってきた。相手の速度に私が追いつけなくなってきたようだ。
「どうしました? 段々と動きが鈍くなってきてますよ」
「生憎こっちはただの人間なものでね。あなたたちの動きについていくには、相当量の体力を消耗するんですよ!」
システムの補助があるだけで、別に私たちの基礎的な能力が底上げされるわけではなく、ただ層を重ねるように付与されるだけだ。そして一番消費が激しいのが体力である。当たり前と言ってしまえば当たり前だろう。生身で何かをするときに必ず消費するのは、だいたいが体力なのだから。
その分け与えられた体力でさえ、もう底を尽きそうになる。
「それってあまり万能とは言えないですよね。だって、こんなにも脆弱なのだから」
畳み掛けるような攻撃。通常兵器では受けるだけで精一杯だ。反撃の隙が見当たらない。
だからこそ、ここが唯一の勝機だった。
とどめとばかりに振り下ろされるその拳が、鮮明に見える。
世界が、その時間に留まるように動きが緩慢になった。
「ようやく発動したようですね」
通常兵器にも関わらず特殊な能力が備わっている兵器が極稀に生まれてくる。それは因子を即殺できるものから、私のこの兵器のように反撃反射と言われるささいな能力を持つものまである。
反撃反射。多くの条件を満たした状態で、致命的な一撃を受ける直前に発動するものだ。その条件が使用者にも分かっていない点に目を瞑れば、これ以上ない強力な能力である。本当に使い勝手が悪い。
私はゆったりと放たれる”藍”の攻撃をぎりぎりでかわし、代わりに相手の胸部に一突き浴びせる。深く深く刺さっていく刃の、そのすべてが相手の胸に突き刺さると、能力が解除された。
「ぐっ……かはっ」
「すみません。これが私がこのシステムを有効に使用した場合の正攻法なので」
私はそう言って剣を下へと振り下ろす。胸部から股にかけて一直線に裂けていき、堪らずその場に崩れ落ちる。
システムは所詮システムでしかない。完璧でもなければ完全でもない、だからこそどうそれを使うかが試される。私はその最大の弱点をあえて全面に出すことで相手の隙を誘う戦術をとった。これは私自身が編み出した一番勝算の高い戦術である。優位的な立場の者が油断しない例は非常に珍しいから、あえて劣位の立場になる。リスクも相当だが、リスクこそがリターンの能力しか私にはないので、こればかりは選択の余地が無かったといえる。
「まぁ、そうだよね。システムに頼りっきりな戦術なんかとってたら今頃生きてはいないか」
「まだ生きてるんですか。しぶといですね」
これほど深く決定的な攻撃を受けてもなお生きているとは、さすが因子というべきか。それとも。決定的な何かが欠けていたのか。因子の弱点は個体によって様々だが、大抵は心臓部か腹部に存在する。その両方を切ってもなお生きているということは、そこではないのだろう。これは痛いミスだ。
「けれど、あなたの思考、戦術、戦闘スタイルは理解しました」
因子の身体が霧状に散ると、あたり一面藍色に染まる。なるほど、顕現状態を解除して体組織を再構築するための力を蓄えようとしてるのか。
「今は退きますが、次はやられません」
徐々に藍色が薄くなり、因子の反応が消える。
「…………逃げられたかな」
「班長! 大丈夫でしたか?」
後方で人工因子の相手をしていた班員が私の元へ走ってくる。
「大丈夫だよ。大丈夫だけれど、状況的にはちょっと厳しくなったかな」
ここで色付を仕留められなかったのは痛手だ。しかしそれを悔いている時間は今はない。とにかくこの場を優位的にするためには多くの因子を撃滅しなければ。
「さぁ、休んでいる暇は無いです。支援部隊からのシステム作動用エネルギーを補給した後、”藍”を追撃します」
私は班員にそう言うのと同時に、自分にも言い聞かせた。
そう、先へ進まなくては。
―――
「相変わらず古臭い能力使ってるんですね。お姉さま」
「うるさい。これのほうが使い勝手がいいのよ」
旧式能力を今でも懲りずに使用する私と、最新式能力を駆使する”黒衣”。どちらが優れているというわけではないが、最新式は複雑な能力を簡単に組み上げることができる反面、使用者の基本スペックが高くないと強力な攻撃にならないのが難点である。一方の旧式は強力な一撃が簡単に放てるが、能力の構造自体を理解して使用しないと威力が八割程度削られてしまう。さらに言えば色によっても発現することができる能力が違ってくる。私たち黒の因子は基本的にほとんどの能力を発現することが可能だが、例えば赤の場合、火炎系や打撃系、放出系の能力を発現することができるが、それ以外は発現できないか、もしくは発現してもほぼ無意味だ。
けれど私たち黒でも使用が難しい能力がある。それが白と灰だ。
私たち黒の因子や他の色の因子も破壊する能力しか保有していない。だが白色、灰色の二色だけは破壊、創造、構築とすべての能力を保有している。だからこそ私たちはその二色との戦闘を避ける。理解できない相手との戦闘ほど嫌なものはない。
「それなのにどうしてでしょうね。”黒衣”が発現してる能力は明らかに私たちが得意とする破壊ではなく、二色が得意とする構築なのよね」
「あたりまえじゃない。この時代において破壊のみで生き抜こうだなんて、甘いですよ」
破壊と構築を組み合わせた一撃が、私を追いつめる。壁、鉄球、針山や自動人形まで、ありとあらゆるものを作っては破壊し放出し、追撃する。
「そういえばお姉さまは防御系や拘束系の能力は苦手でしたっけ? そんな振動破壊や波状粉砕だけで、これだけの攻撃を防ぐのは流石ですが、そろそろ限界では?」
「そうね。私は攻撃にステータス全振りだから、防御は考えて無かったわ」
攻撃は最大の防御だが、防御と攻撃両方に特化した者には、それが通用しない。”黒衣”はまさにそのタイプだろう。攻撃の威力も申し分なく、防御もさきほどから私の反撃を簡単に弾いている。今まで戦ってきた数多の因子、人間の中でも一番やり辛い相手だ。
だが、この場において私が最優先することは、”黒衣”に勝つことではない。
勝つのでは無く、制御可能なレベルまで落とすことだ。
「だから、これでいいんですよ!」
「ふん、さっきからへっぽこな攻撃ばかり、私段々飽きてきました」
「そう言わずに、もう少し付き合いなさいよ」
自らは消費を最小限にしながら、相手のエネルギー消費を誘うのは、骨の折れる作業だ。
だが。
「やるしかないわね!」




