第二十話「絵画の淑女」
「焔円剣!!」
薙ぎ払いの業火を繰り出すが、しかし感触は無かった。
「四連赤裂!!」
鈎爪を模した四本の触手が四方から相手に向かって伸びていく。地面を深く抉り、壁を派手に削るが、それでも相手を捕らえることができない。
「千纏、砂塵!!」
全方位に紅の弾丸を放つ。フロアがまたひとつ崩壊し、新しい階層に落ちていく。それでもきっと相手には傷ひとつついていないだろう。
「どうしてそう無駄に能力を出すのですか、お姉さまは」
「燃料切れ狙ってるなら、期待しないほうがいいよ。あなたと違って自身のエネルギー使ってませんから」
「そうなんですか。待ってて損しました」
そう言って自身を包む赤黒い外套を剥ぐと、二対の大きな砲台が現れる。
「いろんな得物を試してきたけれど、やっぱりこれが一番しっくりきます」
「”失意纏砲”ですか。懐かしいですね」
あれほどまでに忌々しい武器は他にない。あれは、ヒトも因子も、有機物無機物に関わらず、この世に存在する全てを消滅させることができる。跡形もなく、何もかもを。
「一分、息をしていられたら、お姉さまを認めてあげますね」
「にっこり笑顔で言われても嬉しくないのははじめてだわ」
私は小細工一切なしの、シンプルかつ強力な黒炎一式、炎格を両拳に発現させる。
「正面からぶつかって勝てるとでも?」
「正面からなら、私は負けないわ」
――――
「このやる気ない人工因子うざいな」
「放置したら放置したでめんどうだから残さず全部狩れよ」
「分かってるよ!」
僕とオースティリィは城中を走り回りながら、”天城”を動かしている男を捜していた。ところどころ崩壊していて迷路のようになっているので、普段の”天城”侵略とはまるで違っていた。この城には何回か侵入しているので見たことのある通路や部屋がちらほらあるが、ここまで壊れてしまったらもう何がなんだか分からない。それにしても、どうしてここまで城内が崩れてきているのだろうか。僕たちが入ってきた上層部分は分かるが、しかし下層までその被害が及んでいるとは考えにくい。もしかしたら、この”天城”はほとんど動く機能を使用していなかったのではないだろうか。城自体がその身を削って進んでいるように思える。一所に止まることがほとんどない”城”が、移動機能を停止することで得られるものはなんだろうか。空域の支配権はあまり関係ないだろう。地上からの支援もほとんど必要ないだろうし、あとは、移動時に消耗するエネルギーか。しかし、その余ったエネルギーをどこに溜めている。城が崩壊している現状を見るに城内では無さそうだ。ならばあの男が管理しているのだろうか。だとしたらあれは人間ではなく化物に近い何かである。莫大過ぎるエネルギーを保管していれば、その身もヒトの形を保ってはいないだろう。なら、本当にヒトではない何かだったら、あるいは可能なのかもしれない。あるいは”黒衣”。あるいは……
「目の前の、化物。とか」
「これの相手とか、ほんと面倒だな」
この崩壊状態は”天城”自体がその身を削りながら進んでいるのもあるだろうが、この巨大なドラゴンを模した生物が活動をはじめたのも原因のひとつだろう。
「ア……が……う、うる……」
うめき声とも取れるその声が、いったい誰を呼んでいるのかは、痛いほど理解できた。
しかし理解できたからこそ、容赦はしない。
「久しぶり。元気……ではあったみたいだね」
もう人間としての理性すら失いかけている。言葉を話すこともできそうにない。やれやれ、旧友に出会えたのに、思い出話もできないなんて。悲しいなぁ。
「ほんと、悲しい」
もう少し違う形で再会したかったけれど、それは叶わぬ夢になってしまった。君には、もっと幸せに生きて欲しかったのに。
「なぁ、こいつ任せていいか?」
後方からかけられたその声で現実へと戻される。僕は自分でも驚くほど冷静で冷徹な声で答える。
「ああ、君は引き続き男の捜索を」
何時だってそうだったじゃないか。僕はもう躊躇しない。戸惑い苦しむこともやめた。僕の目的を邪魔するものは、なんだって殺して食らうだけだ。それがどれだけ愛おしいものだとしても、今の僕には、目的の達成には不要なものだ
「……ちゃっちゃと追いかけて来いよ。俺一人に面倒ごと押し付けたらぶん殴るからな」
「分かったよ」
彼なりの心配りなのだろう。聞きなれた軽口も今は嬉しいと思う。そうだ、今僕がやるべきことはひとつだけ。たったひとつだけだ。
「君を、君の世界を開放してあげよう」
―――
しばらく走っていると、ようやく”空城”の裏門へと辿り着く。幸いにもこちら側に罠などの類は見受けられない。私は班員に目線で合図を送ると、一気に裏門を開け放つ。
「…………十五」
真紅というのは正にこのことだと言わんばかりに赤いドレスと、血で塗り固められたような紅色の髪。そして圧倒的なまでの殺気を放つその戦斧。纏うは破壊と言う名の戦意。
どうして今まで気付かなかったのだろうか。これほどまでに巨大なオーラを纏う因子がこんなにも近くにいることに。私が危険を察知したときには既に遅かった。反射的に防御体制に入っていた私の目の前には、相手の拳が飛んできていた。ぎりぎり通常状態の剣の腹でそれを受け止める。が、あまりの威力だったため後方へ飛ばされてしまう。肺から空気が吐き出され、息が一瞬出来無くなった。この威力だ、後ろに岩がなければ海へ落とされていただろう。背骨も無事なようだ。
「………………死んで、ない?」
一撃で殺す予定だったのだろう。私が生きていることに驚いているようだ。
「そうそう殺されるわけには、いかないものでね」
とは言いつつ、腕が痺れて動かないけれど。全班員でやればもしかしたら勝機があったかもしれないが、しかし私たちの班がここで足止めを食うわけにはいかない。せめて班員だけでも城内へと進ませなければ。ここで足止めを食らうのは、私だけで十分だ。
「さてみなさん、ここは私が請け負いますので先に城内へ進入してください」
「でも……」
逡巡する班員たちを諭すように睨み付ける。私の意図を察した班員は苦しそうな表情を浮かべる。ここで立ち止まっては作戦が総崩れになってしまう。それだけはなんとしても避けたい。しかし班長である私も放ってはおけない。そんな顔をしている。
「いいから行きなさい。班長命令です」
だから私ははっきりと命令する。ここは私一人で十分だと安心させるためにも。
「……はい」
班員は何かを振り切るように走っていく。誰一人振り返ることなく。そう、それでいい。なにかを切り捨てなければ、この戦いには勝てないのだ。今回切り捨てられるのが、たまたまこの私というわけだ。ようやくと言うべきか、もうと言うべきか、いつか来るとは思っていたが、しかしいざその瞬間となると心残りだったことが溢れてくる。死ぬことは怖くない。いつだって覚悟はしてた。だから今回も、その覚悟を、その命を賭して、全力で相手を叩き潰すのみだ。
その結果、私が死ぬことになろうとも。
「よいしょっと」
剣を一振りして異常がないことを確認すると、精一杯余裕の表情を作ってから因子と対峙する。その因子のまわりはほのかに赤く染まり、まるで存在自体が燃えているような印象を受ける。場違いな感想を述べると、それは幾千の時代を超えてなお色褪せることの無い絵画から抜け出してきた淑女のようだった。
「…………死ぬ覚悟は、できた?」
「律儀に待っててくれたのですか。このまま見逃しては、くれそうに無いですね」
陽炎のごとく揺らめくオーラのせいで相手がどこを見ているのかは窺い知れないが、しかし私と向かい合っているのにも関わらず私を見ていないことには気付いていた。この因子がいったい何を見据えているのか私はとても興味があったけれど、それを見つけるその時まで私は生きている自信が無い。
自身の強さを正確に把握している私をもってしても、そう思わせてしまうほどの強さをこの因子からは感じてしまう。
それでも。
「簡単にやられるわけにはいかないので、最初から全力でいかせて頂きますよ!」
―――
「どうしてこうなってしまったのでしょうか」
「どうしてもこうなることだったんですよ」
「そうね。だったら私たちは私たちのするべきことをしましょう」
「そうね。私たちが私たちであり続けられるようにしましょう」
「人形が人に憧れるように」
「人が自然を尊ぶように」
「私たち因子が二つの心を開放するまで」
「私たちの身体が、魂が叫ぶ未来へと到れるように」
「ヒトを」
「心を」
「「奪いつくす」」




