第十九話「交戦」
快晴とは程遠い雲空から降ってくるのは冷たい雨ではなく、無数の人工因子であり、絶えることの無い暴力であった。鳥のような形状に変化しながらこちらに向かって来ては、盤上すれすれで人型へと戻り、多種多様な武器で襲い掛かってくる。
人形のように操られたそれらを次々となぎ倒しながら”空城”直下へと着実に進軍する。名前を持つ因子が出てきていないのが少し気になるが、今は体力を温存しつつ人工因子を減らさなければ。
「第一層の盤上支配率は?」
「約八十パーセントです。第二層も同様の数字ですが、ひとつ問題が」
「どうした?」
「第一層の人工因子と違い、灰色のオーラを纏っているようです。恐らくですが第三層から名前持ちの因子が何か細工をしているのかと思います」
私はその報告を聞くと同時に半透明の薄い地面を強く踏みつける。すると前方に大階段が出現し、第二層を突き抜けて直接第三層へと繋がる。
「私たち遊撃中隊主力一斑から三班は第三層へと向かいます。第四班、第五班は第二層にて強化された人工因子を殲滅してください」
「はい!」
「わかりました!」
第四、第五班班長からの返事をしっかり聞いてから私は階段を駆け上る。
「能力分与であれば”白”。素体強化であれば”紫”か」
「どちらも攻撃型ではありませんね。ということは……」
攻撃型の因子が護衛についている可能性がある。”赤”はあまり連携が得意ではないし、”青”は護衛向きではない。いるとすればやはり”藍”だろう。
”藍”のダーシェ。格闘攻撃が主体の因子で、連撃と一発の威力が厄介だと聞いたことがある。
そして私の予想通り、あと少しで第三層に辿り着くというところで、それは現れた。
「誰がここを通っていいと言いました?」
地面につくかと思うほどの長い藍色の髪と、限りなく露出を抑えた服装の少女がこちらを見下ろしていた。いや、顔すらほとんど見えないのでこちらを見ているのかもわからない。しかし殺意は感じる。これ以上ないくらい明確な殺意を。
「まぁ、いるのは分かってましたけれど、まさかお迎えに来てくれるとは思いませんでしたよ」
しかし、ダミーの昇降階段などの予防策は行っていたが、的確に私たちを捉えてきた。さすが名前持ちである。これくらいではごまかされてはくれないらしい。
「指令総本部。”藍”のダーシェを確認。これより殲滅いたします」
『遊撃中隊第一班、位置情報確認。アグリア軍曹を中心に半径二百メートルを隔離しました』
意識しなければ見えないほど薄い隔離防壁が私たちを包むと、本来の因子の姿が現れた。そこにはさっきまでの装甲のような服は無くなり、身体のラインがくっきり出るライダースーツのような服装と、左手には怪奇な形状の機械がはめられている。
「へぇ、随分と可愛らしいお顔ですね」
「……殺す」
――――
「おかしいですね」
その異変に気付いたのは、最高速で”空城”へと向かっている途中だった。本来であれば”空城”へと向かっていく部隊を迎撃するための因子や装置があるはずなのだが、今回はほとんど障害なく”空城”へと辿り着きそうだ。
「なにか、城内で起こっているのでしょうか? それとも……」
なにが来ても倒されない自信があるのだろうか? 今の段階では判断し難い問題だ。このまま突入していいのだろうか。はたまた私の考えすぎか。いづれにしてももう後には引けない状況である、このまま何があろうとも”双璧”を討ち、カムラを落城させなければ。
『ルチルチェア少佐。ただ今遊撃中隊主力班が”藍”と接触。交戦状態に入りました。豪側の支援中隊も”赤”と”青”と接触した模様です』
総合司令部から無線が入る。どうやら軍曹たちの班は目標の因子と早々に出会えたようだ。しかし”藍”とは、引き運がいいのか悪いのか分かりませんね。
「分かりました。私たち城内進軍部隊も間もなく”空城”へと進入します。ただ……」
『何か気になることでも?』
私は少しばかり迷ったが、一応のため報告することにした。些細な報告を怠ると後々厄介なことになりかねない。
「先ほどから”空城”の反応が全くありません。なにか嫌な予感がします」
はっきり言って不気味だ。人工因子も名前持ちも外の盤上に出現させたのにも関わらず、”空城”自体からは何の攻撃も仕掛けてこないなんて、きっと何かあるに違いない。私の報告のあと、司令部の誰かと話をしているのか声が遠くなる。しばらくして”空城”の入り口である城門前に到着すると再び無線が入る。
『……分かりました。十分に気をつけてください。それとまだ確認中のことですが、インド洋に巨大な飛行物体が接近しているようです。相手の増援だと思われますので、そちらも合わせてご注意を』
「ありがとうございます」
ならば増援が来る前に終わらせなければ任務の難易度が格段に上がってしまう。それだけはなんとしても避けたいところだが。
「空挺はステルスモードにしつついつでも発進できるようにエンジンは切らないで下さい」
敵陣である以上無防備に空を飛んで移動はできそうに無い。今回の空挺で一直線に”空城”を目指すなんて愚策でしかなかったが、なんでもやってみるものですね。
「ルチルチェア少佐」
後から来た空挺から出てきた豪側の人間が、私に声をかけてきた。戦場には似合わない綺麗な低音。しかし戦闘以外にはまるで興味がないようで、今も私を呼んだにも関わらず自身の得物を見ている。
「私たち因子撃滅主力部隊はこの正面城門から進入します。あなたたち主力中隊城内進軍班はこのまま城外を迂回して裏門からの進入をお願いします」
お願いしますと言ってはいるが、こちらの返事を聞く気はないらしい。既に豪側の班は城門をくぐり城内へと入っていた。戦闘に関して言えば文句は無いが、こうも意思疎通がし辛いなんて。これでは何かあったときに困ってしまう。司令部も私たちの仲介役をしてくれるほど暇ではないだろうし、結局はこちらでどうにかしないといけないのか。はぁめんどくさい。
「それでは私たちも行きますか。ここからは敵陣ですので、各人気を引き締めてくださいね」
「「はい!」」
元気な返事を聞くと、周囲を警戒しつつ走り出す。
――――
開けた天井から見える空は暗く、闇を抱擁しているようだった。それはきっと私が纏う黒よりも暖かくて心地よいものだろう。しかし私はまだそれに加わるわけにはいかない。まだやるべきことがある。まだやり足りないことがある。だから私は私の邪魔をする人間を許さない。例えそれが姉だとしても。
「……ねぇお姉ちゃん。私、強くなったでしょ?」
返事は無い。
「いっぱいいっぱい努力したんだよ? いっぱい人も殺したし因子も殺した」
返事は無い。
「だから、ねぇ。お姉ちゃんも、精一杯殺してあげるね」
”黒炎”の頭から足をどけると、荒い吐息が聞こえた。
「……くそ、が。……」
「そろそろ本気を出したらどうですか?」
可愛らしく言ってみる。もしかしたらこちらの方が私には合っているかもしれない。
「なら、お望みどおり……ばらばらに……切り裂いて燃やし……尽くしてやる……」
「あはっ、ならこちらも全力で行きたいと思います」
しっかり私を、愛してくださいね。




