第十六話「生死未恋」
「それにしても今回の被害は相当なものだね。おそらくこの五年で初めて一般市民が暮らす市街地が戦場になったんじゃないのだろうか。そう考えると、今回の市街地殲滅戦は珍しい実戦データがとれるんじゃないのかな。私たちにとってはとてもいい出来事であったと言うべきですか」
淡々と、坦々と今回の関東コロニーへの因子襲撃を語る少佐は、表情は笑っていながらもどこか底知れぬ恐怖を感じさせるものだった。私も私で、どこかいらだっている。今から向かう場所は私にとって安息の地でありながら、初めて人に憎悪を抱いた場所でもある。
「なんだかここら辺は寂しいというか、戦闘地域になっていないのに人がいないね」
関東コロニー第一港に停泊してから丸一日歩き続け、今は箱根の山を何度も折り返しながら山頂を目指していた。このあたりも地形が変わり果ててしまい、元々道路だった箇所も雑草や木々が生い茂って獣道と化し、剥がれたコンクリートがなければ遭難していてもおかしくないほどだ。
「……今から行く地域は慰霊碑が多く建っていますからね。誰だって悲しみの隣では暮らしたくないですよ」
「だったらそんなもの建てなければいいのに。場所もとるし、邪魔でしかないじゃない」
「忘れることもできない、けれど常に想うには辛すぎる。だからこうして形として残すことによって、いつもは忘れている悲劇も、これを見ることで思い出すのですよ。何時までも忘れないために。悲しみを繰り返さないために」
「はぁ、めんどうな生き物ですね。人間って」
つまらなそうな顔をしながら私の後をついてくる少佐は、その後黙々と歩く作業に没頭する。私も私で気持ちの整理をするために頭を使い、少佐の話し相手になる余裕はなかった。
私たちの間に会話が無くなってからどれくらい経っただろうか、さきほどまで低かった太陽も今は一番高い位置で輝いている。
唐突に森が開け、広大な平野が目前に現れる。
「……わぉ」
その光景を見た少佐は、素直に驚いたようだ。それもそのはずだ、見渡す限りに慰霊碑が建ち並び、所々に大小様々な大きさの慰霊塔も建っている。これだけ見れば一種の美しい光景ではあるが、しかしその一つ一つが痛みの歴史であり、消すことのできない暗い過去なのだ。美しいものは、総じて死に近いものである。生と死では圧倒的に死のほうに人は魅せられるもの。だからこそ皆がこの場所を特別視し、誰もがこの地を避ける。
「流石に驚いたよ。まさかここまで広大な平地一面に慰霊碑が建っているなんて思っていなかった」
「北海道、青森、関西、四国、九州、そして関東と日本に六つあるコロニーの中で慰霊碑が建っているのはこの関東コロニーの箱根地域だけなんです。日本全国で亡くなった全ての霊魂がこの地に集まると言っても過言ではありません。故の壮観です」
「いっぱい、死んだんだね」
「どの国も似たようなものでしょう。亡くなってしまった人のほうが、生き続けている人よりずっと多いんですから」
私たちは後ろから迫ってくる死を感じながら生きている。それを遠ざけるために戦場へ行く人間や、それに怯えながら隠れ生きていく人間。そういった人たちとはまた違う角度でこの国の人たちは死と向き合っている。こうして死という概念を見えるようにして、自身と対話を繰り返し、そして己が生きる道を悟る。この地にはそういう意味がある。
しかし。
「少佐の気持ちは理解出来無くはないです。こんなものを建てて一体誰が報われ、どんな恩恵を受けられるのか、私も理解に苦しみます」
「そうだね。こんなものを建てる時間があるのなら、もっと別のものを建てるほうが現実的です」
そう。今の世界情勢を鑑みれば死者を弔い、悲しみに身を浸している場合ではないのだ。限られた資源や土地を、人や設備を投資しなければ昔のような平和は手にできないのだ。気持ちは理解できる。しかし理解できるだけであって、決して同意はできない。停滞してしまった人間は、切り捨てられてしまうのだから。私たちは一生懸命前へ進むしかないのだ。それが茨の道だと分かっていたとしても。
「私の父と母はこの慰霊碑へ知人を訪問した帰りに紛れ入ってきた因子によって殺されました。私はそのときちょうど臨時作戦が発令されてしまったので、この場にはいませんでしたが、両親の訃報を聞いたとき、この景色が浮かんできました。父と母はこんなにも綺麗な場所で死ねたのかと」
人は、生よりも死に惹かれ、死によってより強く生を感じる。私の瞳に映る色鮮やかな風景が、今はどんなものよりも尊く思え、そして絶望を感じる。
「……そうだね。現状を思えば綺麗に生きて、綺麗な場所で、綺麗に死ねることは幸福以外のなにものでもない。私たちのような軍人は言わずもがな、非戦闘員である一般人でさえも泥の中で赤い花を咲かせるように死ぬことがある。欠片しか残らず、遺体さえも蒸発してしまった人なんて枚挙に暇が無い」
「最後にこの景色を見れて良かったです」
「もういいの? こんなに時間かけて来たんだからもうちょっと見ていってもいいんじゃない?」
「私だってゆっくり見ていきたいですが、どうやらそうもいかないらしいので」
私は無数の慰霊碑に背を向け、自分たちが辿ってきた森に視線を走らせる。
「……あー、もうこんな所まで侵攻してきましたか」
念のために装備してきた通常武装の槍を組み立てる。少佐も右手にはめていたグローブ型の武装を起動させ戦闘態勢に入る。
「みんなみんな、ひねり潰してやる」
――――
隠れ都に停泊した僕達は、今後の予定を話すために裏路地の少し寂れた飲食店に入り、ついでに食事をしていた。この付近の飲食店にしては中々の味である。
「で、これからどうするよ? まさか無策で突っ込むとか言うなよ。俺、もうぼこぼこに意識が飛ぶまでぶん殴られるの勘弁だぞ」
「分かってる。僕だって四肢を捥がれるなんて経験、したくないし」
あのときは酷かった。一秒間に何百発も殴られたくないし、三日三晩ただただ四肢が再生するのを空を見ながら待っているなんて苦行、したくない。
「なんだ、あなたたちすごい惨い倒され方されたのね。まぁ普段の温厚な性格からは計り知れない子よね、あの子」
”黒炎”も過去に一戦交えたのだろう、苦虫を噛み潰したような表情になる。全因子中最大攻撃能力を持つ”黒炎”でさえも、苦戦は必至だったのだろう。
「そうなんだよ。おまけに超絶美人ときたら攻撃どころか触ることすら躊躇うってんだ」
「君がやられた理由は主にそこだろ。今度は遠慮せずに最初から全力で潰しにいくから。僕たち三人が同時に攻めれば、さしもの”黒衣”も手も足も出ないだろう」
「無策で突っ込まなければ、ね」
「分かってるさ。だからこそ、今回はとっておきの秘策を披露してやろうじゃないか」
そのためには、やはり”あれ”を叩き起こすしか無さそうだ。僕の中に”いる”二人を眺めながら俯き座っているだけの、あの子を。
「後から言えるか分からないから、最初に謝っておくね」
「うん? どうした急に改まって」
「そうよ。あなたが謝るなんて気味が悪い、というよりも嫌な予感がするわ」
流石は因子である”黒炎”だ。なんとなくだが僕の中の因子がざわつき始めていることに気付いている。この二人に対して勿体つけることも、迂遠な言い方をするのも時間の無駄なので、僕は直球に簡素で簡潔な言葉で告げることにする。
「正戦者”未恋”を顕現させる」




