深紅の因子と鬼神一族
実際僕が”漆黒”の因子を定着させていなければ、その一撃で全てが終わっていた。
あと一秒物理障壁の展開が遅かったら、僕の上半身は消滅していただろう。
目の前に広がるのは真っ赤に染まる世界。
天も地も、その間にあるあらゆるもの全てが紅く染まっていて、気分が悪くなってくる。
この景色は多分、深紅の因子が発生させた結界の類だろうが、まずいな。
「さっきは助かった、ありがとう。だが、相手の領域に入っちまったぞ”漆黒”様よ」
「うるさい黙れ。そしてその呼び方やめろ殺すぞ人間」
僕と話している間も”漆黒”は物理障壁を出し続けている。
深紅の因子を囲むように障壁が現れると、その障壁は円錐形に天に延びてゆき、相手を閉じ込めた。
障壁二式、黒錐牢。黒の因子が持つ能力としては基本中の基本といわれる能力だが、能力を発現させたのがこの”漆黒”なら生半可な火力じゃまず破壊は不可能だろう。
「これでしばらくは時間が稼げる」
「赤に連なる因子か、結構厄介だぞ」
根源の因子である”漆黒”の因子が生み出した七つの黒の因子。その中で戦闘特化の因子が三つあり、そのうちのひとつ、黒衣の因子が生み出したのが、接近戦専門因子である”赤”の因子だ。
「格好から察するに深紅の因子で間違いないだろう。序列としては五十番台だし、問題はない」
「この場合序列が問題じゃないだろ。命を狙われているこの状況が問題なんだよ因子」
冷静に会話をしているが、実際のところかなり焦っている。
いきなり命を狙われる理由に心あたりが無さ過ぎる。と言うか普通に生きてたら命なんて狙われない。
「余計なことを考えるな人間。相手がいくら序列五十番台だろうと、珍しい戦闘特化の因子だ。油断してたらあっという間に地獄行きだぞ」
言われなくても分かってる。分かってるが、僕は今戦うことができない。精々自己防衛が人並み以上に上手いくらいだ。
それに序列五十番台。
戦闘系因子は確認されているだけで百二ある。その中の五十番台なら平均的な戦闘力と見てもいいが、いかんせん相手は因子だ。データだけで推し測れる程度の能力なら、そもそも人間に定着する前に消滅させられているはず。
それに、相手は顕現している。
”漆黒”の生み出した七つの因子ならまだしも、戦闘系の中核と言ってもいい赤の因子が顕現するなんて、最悪だ。
「ああくそ。最悪の事態だ、人間」
”漆黒”は心底嫌そうな声で言った。この状況で”漆黒”が最悪と言うからには、よっぽど面倒なことか、本当に最悪かだ。
僕は深紅の因子が閉じ込められている牢のほうを見る。
そこには紅い外套を纏った人間と思しき男が立っていた。
「でもあれ人間だろ、いたところで脅威にはならないだろ」
「貴様みたいに普通の人間だったらな」
「どういう意味だ因子」
「あれは、鬼神の一族だ」
鬼神一族。
僕達の世界では知らない人はいないほど有名な一族。普通の人間じゃない人間を殺す殺戮集団。僕達因子を定着させている人間がこの一族の人間に会ったら最後、相手が十万億土の地を踏むその時まで追い続ける、いかれた一族だ。
けれどありえない。
「なんで鬼神の一族に因子が定着してる。あの一族には因子が一切定着しないはずだ」
鬼神一族の初代頭領、鬼神殺鬼の特別な遺伝子を受け継いでいるなら、そもそも因子が拒絶反応を起こすはず。
それなのに、なぜ。
「今は考えてる暇は無い。深紅の因子が動けない今のうちに、鬼神から叩くぞ」
”漆黒”は唯一の近接戦闘能力、黒破を四肢に纏い、鬼神に突進する。
それに呼応するように鬼神も短刀を構えて”漆黒”を迎え撃つ。
衝突の瞬間はまるで見えなかった。そもそも因子が本気を出して殺しにかかれば、人間なんて即殺だろう。と、思っていたが、鬼神は”漆黒”の初撃を短刀で受け止めた。
二撃目、三撃目と、常人の目では追えない速度で繰り出すが、鬼神はそれを受け止め、受け流し、まるで踊っているかのようにかわし続ける。
「あれ、本当に人間だよな……」
”漆黒”は人間ではないので超人的な動きで攻撃を繰り出しているのは分かるが、鬼神のほうの動きは完全に人間の動きじゃない。あれが同じ人間とは思えない。いや、思いたくない。
あんなの、もう化物じゃないか。
そして、それは本当にあっという間だった。
一瞬、黒錐牢が赤く光ったと思ったら、自分の左の肩から先が消し飛んでいた。
まさか、あの数分で”漆黒”が発現させた黒錐牢を破るなんて。
深紅の因子が、暗い牢の中から出てくる。くそ、意識が飛びそうだ。
「いきなり閉じ込められると思いませんでした。ですが、そのおかげで久々に最大出力で戦えます」
深紅の因子は、ゆっくりと優雅な足取りでこちらに向かってくる。
”漆黒”のほうは鬼神の足止めを食っているのか、それとも牢が壊されたことをまだ気付いていないのか、助けには来てくれそうに無い。
「私、エンジンがかかるの遅いので、最大出力に達する前に相手が死んじゃうんですよ」
なおも近づいてくる深紅の因子は、どう僕を調理しようか考えているのか、ぶつぶつと何か独り言を言っている。そして時折薄気味悪い笑顔を浮かべ、こちらを見る。
「ああ、くそ……、だめだ」
血を流しすぎた。
これはまずい。
意識が遠く、視界がぼやけてきた。
これは、本当に、まずい……。
そして僕は意識が途切れ、深い眠りについた。