第十三話「黒炎」
心地よい日差しの中、私は目を覚ます。
どれくらい眠っていたのか、ひどく頭が痛い。よく見れば昨日までいた部屋ではなく、どこか懐かしい匂いと風景の部屋で寝かされていた。まだ意識がはっきりせず、ふわふわとした足取りで部屋を出ると、見慣れた景色が私の前に広がっていた。
「ここは……私の家?」
世界がこうなる前の、普通に何事もなく高校生活を過ごしていた私がいた真新しい一軒家の廊下が、今私の目の前にあった。真上から朝日を取り込んで廊下全体が柔らかい光に包まれていて、下の階から母が料理をする音が微かに聞こえてくる。朝を迎える度に嫌なことも苦しいことも忘れて、また今日を明るく楽しく生きていけると思えるくらい、満たされた空間。
もう、二度と見ることが敵わない光景。けれど、もう一度と願わずにはいられない情景。
私はその場でひざを折り、涙をこぼす。
夢だと分かっていても、戻れないと知っていても、諦めることができなかった。どれほどの罪を犯そうと、どれだけの罰を受けようと、またこの場に立つことができるのなら、私は何でもできる。
それくらい、ここは特別な場所だった。だからこの時私は思ってしまった。
「もう二度と、目覚めなくても、いい」
いや、目覚めたくない。
私は涙をぬぐうと、音がする一階のリビングダイニングへと駆け下りていき、そっとその扉を開ける。
「……おはよう、お母さん」
控え気味な声で挨拶をした私を、キッチンにいた母が笑顔で迎え入れてくれる。
「おはよう、ティデリア」
―1―
上下からの挟撃を繰り出しつつ、相手が回避するであろう場所に左右から若干速度を変えて攻撃する。相手はそのどちらも紙一重でかわすと、今度はその手に持った鉄の塊のような剣で私を叩き潰そうと狙ってくる。どこをどう斬ったら相手を仕留めることができるか、どういう攻撃をすれば相手はカウンターを返せないというのを全て分かった上で攻撃を仕掛けてくる相手に、私は全能力を駆使していなければ対応出来ない程苦戦していた。
三手先を読んでも、四手先を読んでも、相手はそのずっと先を見据えて戦いを組んでいる。
「炎煉花!」
”黒衣”を常時発現させながら”黒炎”の能力も発現させている私と、先ほどから一切の能力を発現せずに私の攻撃をよけ続ける相手。どちらが優勢かは一目瞭然だった。
「黒衣変化・断!」
”黒衣”因子を持つ武器を剣から槍に形状変化させて”黒炎”も外套状態から鎧のように全身に纏わせる。
「第二攻撃タイプ・黒槍」
等身よりもさらに長い槍を両手で構える。第一攻撃タイプである黒剣よりもさらに攻撃範囲は広がり、相手も易々とは懐に飛び込んではこれないだろう。私はどこから攻撃しようかと相手を見ると、私の今の姿に酷く動揺していた。今攻撃すれば相手は反応できないと思い、相手に向かって高速で接近、槍で心臓を一突きする。
しかし、相手はいまだ息があるようで、何かぶつぶつと呟いている。
これではまだだめだ! さらにそこから槍を引き抜くと四肢を斬り落とし、残った胴体も細かく斬り刻む。思ったとおり相手は一歩も動けずにただただ攻撃を受け続け、そして絶命する。
「……これだけすれば、流石にもう再生できないだろう」
しかし、あそこまで冷静に状況を判断できる人間が、どうして形状変化した私を見ただけで動揺したのだろう。あの槍姿に何か特別な思い入れがあったのだだろうか。
それとも……
「まぁそんなことはどうでもいい。今は九条の――」
救護を。と思い九条の方へ踵を返そうとするが、突如衝撃に襲われその場に倒れこんでしまう。
「そうか。もう最終調整が済んでいたのか」
殺意が、私の後ろで膨れ上がっていく。再起不能にまで斬り刻んだのに、どうしてまだ立っていられる。
「それは、混成因子体の完成体だろう。試作体である過祭奈罪はまだ生きてるか?」
ばらばらになった身体が繋がっていくと、さきほどまでの人間の形ではなくもう一回り大きな生物へと成っていく。
「なんだ、あれ?」
「黒葉五式。空想飛獣」
意思を持った生物ほど恐ろしいものはないと、この時以上に思ったことはない。四枚の巨大な翼と長い尾、何より鋭利に尖った爪と歯。そのものを形成するパーツ一つひとつが美しく、そして”死”を想像させる。
「完成体の性能も大体理解できたし、お遊びはおしまいにするか。オースティリィも下で待ってるしな」
一歩歩くたびに大地が振動し、立っていることもできずにひざ立ちになる。相手は勢いよく回転し尾を叩きつける。すんでのところでそれをかわすが、今度は前足が視界の横から飛んできた。私は避けることができずに防御するが、力の差は歴然であり近くの木に打ち付けられる。このままでは一方的にやられてしまう。やりたくはなかったが、最早手段を選んではいられない。
「飛翔炎羽」
私は地上戦を諦め、上空戦へとシフトする。踏ん張ることができないため攻撃速度は若干落ちるが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「しかしどこを攻撃すればいいのだろうか」
どこを見ても強固な鱗に覆われていて斬撃が効きそうにない。こういう生物の弱点は腹部なのだが、低空飛行をすれば相手の猛攻にあうだろうし、どうすれば……
「黒葉三式・鷲鷹」
口から吐き出された黒いオーラは無数の球体になり、辺りに散りばめられる。少し経つと球体から大型の鳥が現れる。凶悪な嘴と爪を持ったその群れは私の周りを飛び回りながら様子を伺っている。これでは益々攻撃の機会がなくなってしまう。何か打つ手を探さなければ。
私が突破口を探しつつさらに上空へと移動したその瞬間、何かがドラゴンの顔面を貫き大爆発を起こす。
「お困りですかなお嬢さん!」
地上を見ると長大な狙撃銃を構えたティデリアがそこにいた。
「残念ながら今は”ティデリア”ではありませんよ!」
なら違う人格か。しかしどんな人格であろうと関係ない。今はこの場を生き延びて『解呪の羽』を回収しなければ。さっきの相手の言葉から察するに下には仲間がまだいて、”羽”の開放準備をしているようだし、急がなければ。
「相手の頭部が再生する前に、とっとと終わらせるぞ!」
私がそう叫び、辺りに飛んでいた群れをなぎ払いながらドラゴンへと向かっていく。
「援護射撃なら任せなさいな!」
群れが次々と打ち落とされ、次第にドラゴンに近づいていく。動きのない今なら腹部に回って弱点をつけるかもしれない。
しかし次に起こった事象が、私の行動を止めてしまう。
「随分と遅かったようだな。でもタイミングとしてはこれ以上ないくらいベストだ」
ドラゴンの後ろにあった建物の瓦礫から、一筋の光が漏れ出すとその中から一人の少女が現れる。遅かった。いや相手の開放準備が早すぎた。
「漆、これはどうなってるの?」
少女はドラゴンの背中に乗ると、優しく鱗をなでて語りかける。ドラゴンの本体である人間もそれに答えるように姿を現し、柔らかい口調で言葉を返す。
「少し強引に起こしたかな、謝るよ。でもどうしても今起こさないといけなかったんだ」
「まぁ漆だし、そこは別に気にしてないけれど、強引に私を起こして何を手伝わせたいの?」
「そうだね。まずは、この場にいる”例外”を殺さず排除してくれ」
「また無茶なお願いを……でもそれくらいならいいわよ」
話はそれで終りらしく、少女は一糸纏わぬ姿のまま私たちに向き直る。その姿と表情は燃えるような炎のようで、私の発現する”黒炎”の能力など足元にも及ばぬオーラを放ち続けている。
「全て焼き尽くし灰にするわ。この黒の七因子がひとつである”黒炎”様がね」




