題十二話「否と思い」
よし、このまま行けば元の更新ペースに戻せる!
……戻したい。が、本音ですはい。
せめて一週間に一度くらいの更新ペースを守っていきたいと思います。
正午も過ぎたというのに辺りは薄暗く、また気温も季節を考えると若干低い気がした。
起伏が激しい地形を歩き続けて二日が経つが、それでもまだ研究所は見えてこない。
「ねぇ。これ本当に研究所に向かってるのか?」
私は何度目になるかわからない質問を、前を歩く人物にぶつける。
「地殻変化。もしくは結界迷宮とでも言いましょうか。まぁあれです、常に私たちの位置と研究所の位置を一定間隔離されているので、本当に少しずつしか近づけないのですよ」
曖昧すぎる回答に反応するのも億劫だ。とは言っても何かしらの妨害装置が発動していることは間違いないらしい。昨日から見たことあるような地形を行ったり来たりとしている。
「……近づいてはいますよ。ぼんやりとではありますが『羽』の気配は確実に近づいています。同時に何か強大な気配も大きくなってきていますが」
強大な気配。それはこの森に入ってからずっと感じる因子のものとは別のものなのだろうか。しかし二日間ずっと森を歩いているのに因子に一度も遭遇していないという現状に、私は最悪の状況しか予想できない。
「いや、それはないと思います」
しかしミレミアはそれを軽く否定する。
「恐らくこの森に放たれている因子は、直感的に相手と自分の戦力差を見極めているのですよ。さらに言えば何者かによって上位因子はほとんど殲滅されていますし、クラスB程度の弱者は私たちの敵ではありませんから」
クラスBでも上位と遜色ない実力だと思うが。という私の考えは言わないでおこう。きっとミレミアの言うことが正しいのだろう。いや、正しくは間違っていてもいい。結果的に私たちは襲われていないし、この様子だと今後も襲われる危険性は低いだろう。
きっと、周囲の因子は、ミレミアを恐れているのだ。
それから私たちは黙々と歩き続ける。似たような景色を行ったり来たり、何時まで歩けばいいのか、何時になったら目的地に着くのか、終りがない、最後がわからないということはこんなにも辛いことなのか。
何物にも終りがある。物はいつか壊れるし、事象も永遠には続かない。関係には別れが付き物で、思いは色あせてやがては消えてなくなっていく。そして人生にも、終幕は存在する。何かが始まるということは、同時に何もかもが終わってるということだ。過程なんてものは付属品でしかない。結果が全てであり、結果以外は何もなさない。
それが、今の世界。
何もかもが、終わった世界。
「もうすぐ着きますよ」
立ち止まったミレミアがそう言って立ち止まる。どれくらい歩いたか分からないが、空が白んできたということはもう半日以上歩いていたらしい。
「用意はいいですか? あれの中には、何か得体の知れない者が潜んでいます」
「そんなこと、分かってる」
二階建ての白く古びた建築物の地下深く、強烈な黒い気配が滲み出ている。
その気配を私は知っている。何度もそれを感じては払ってきた気配。
これは、死の気配だ。
―――
地下へと続く長い階段をゆっくりと下っている中、その気配は段々と近づいてきて、やがては僕たちの頭上まで迫ってきていた。
「何か来たな」
オースティリィもその気配を感じたらしく、やたらと後ろを気にしている。
「気持ち悪いな、この気配。昔俺の腕がもぎ取られた時もこんな気配の奴にやられた。……同じ奴かな?」
「……だとしたらよほどの危険人物だな」
彼の実力は上位因子に匹敵する。それを打ち破るほどの実力者が僕たちの後方に迫ってきているのは、厄介だ。『羽』の開放前に排除しておきたい。
「先に行って準備をしてきてくれ。僕は敵の排除をしにいく」
そう言いながら踵を返す。
「……分かった。お前が斃されるとは思わないが、気をつけろよ」
その言葉に、返事はしなかった。
―――
研究所の中は意外と綺麗に整頓されていて、さっきまで誰かが使用していたと言われても不思議ではないくらいだった。いや、実際使用していたのかもしれない。ここには私たちの部隊を襲撃した人物がいるのだから。
驚くくらい静かな建物の中、私たちの足音だけがやたら響く。本当にここは何もかもが終わったような場所だ。この場にある全ての物からその存在を感じない。例えるならば死体が並んでいるような感覚。気味が悪いというより自分の死を知覚させられているようで。それはなんだか、言葉にし辛いが、強いて言語化するならば、嬉しい。だろうか。
私もいずれは、こうなるのだと思うと、喜ばずにはいられない。
「地上の施設には特に変わった形跡はありませんね。普通の実験施設のようです。むしろこの規模の実験施設で何をしていたのかが気になります」
私は真面目な口調で言うが、返事はすごく軽い口調だった。
「まぁ、研究所としては小規模な感じは否めないけれど、昔の技術力を思うとこの規模でも大きすぎると思う。特に因子に関しての研究、実験ならこの建物の一階部分だけでも事足りるはずだよ」
それはそうだけれど。なんだか馬鹿にされているようでむかつく。
「確かに長屋みたいな構造してますよね。この建物の一階」
「うん。なんだか本来一階だけだった建物に、無理矢理二階を付け足したような歪な造り」
二階へあがる階段も申し訳程度の急ごしらえな造りだったし、何より二階はコンクリート剥き出しだった。そして、二階には機材や実験器具が置かれていなかった。代わりにいくつもの”失敗作”がそこにはあった。それはどこか”ティデリア”に似ていて、そして”私”にも似ていて、それが何を意味するのかを理解してしまった。
ここは、私たちの始まり。
そして同時に全てが決定した地。
私が、終わるべき場所
そして終りは、唐突に押し寄せてくる。
「何か来る!」
ずっと地下深くで渦巻いていた死の気配が、驚くべき速さでこちらに向かってきているのが分かった。床に視線を落とすと同時に、円形の魔方陣らしきものが浮かび上がってくる。
それは、人の死を宣告する絶対的な力。
「『ルーズローズ』反射!」
魔方陣が弾ける直前、光を帯びたバラが一面に咲くと思った瞬間光は私たちを包み込む。直後、衝撃に襲われた。何も見えない中、身体が浮遊する感覚だけがあってやたらと気持ち悪かった。どこかに着地したのか、光は砕け割れると持ち主の手へと集まっていく。
「派手にやりましたね」
どうやら建物の中から脱出していたらしい。見慣れた森が広がっていたが、違う点がひとつだけある。
「建物は?」
そこにあった建物は、跡形もなくなっていた。綺麗さっぱり。何もなかったかのように。
「吸い込まれた、と言うより飛ばされた。って言葉が的確かな。とにかく派手じゃないのに危険な攻撃でした。あんなの見たことありません」
「あれは、きっと”漆黒”の上位能力だ」
私は間髪を入れず確信を持って言う。
「……見たことあるの? あれを」
見たことがあるかと言われれば、あるのだと思う。しかし私が実際に見たのではなく、私を構成する”何か”が、それの正体を知っている。言葉としては覚えているが正しいかもしれない。
「二人、か。しかもこの気配は……」
建物があった場所から一人の男が出てくる。
「”黒”だと言う事は分かるが、どれだか判別できないな」
ぶつぶつと、こちらのことを気にすることなく何か考え事をしているようだった。
「まぁあれか、考えても仕方ないし、直接相手すれば分かるだろう」
自分の中で何か結論が出たらしい男は、その時ようやく私たちを見る。
「さて、邪魔な方から”食らう”か」
まるで骨格が変わっていくかのような凄まじい音を立てながら男はこちらに向かってくる。
その変化した姿は、”死”そのものだった。
背中からは黒いオーラが流れ出て外套のように風になびく。頭髪は白髪から黒髪に変化し、瞳の色も漆黒そのものだ。そして何より目を引くのが、右手に持った大きな剣。
とてつもなく、死の匂いを漂わせるその剣を、私は待ち望んでいた。
あれが、私を殺すことのできる、この世で唯一の武器。
「包囲!」
九条はそう叫ぶと、持っていた細剣を地面に突き立てる。突き立てられた細剣は柄だけ残し砕けると、光は相手の四方に散り、無数の刃に変化する。
「乱撃!」
残った柄をその場で振り回すと、相手を囲んでいた刃が不規則なリズムで襲い掛かる。しかし相手はその全てを視認せずに叩き落していく。叩き落され砕け散った刃はまた収束し新たな刃となって相手を襲う。
どれくらいの時間それが続いただろう。あるいは一瞬だったかもしれない。私がまばたきをするその刹那に勝負は決した。
最後の一撃の直後しか見えなかったが、勝敗は明らかだった。九条が腕を交差させて防御の体勢をとっていたが、その上から地形が変化するほどの重い攻撃を受け、そして九条の身体を上から下へと斬り下ろしていく。真っ二つ、とはならなかったが、しかしあれだけ深い傷を負っては、もう戦えないだろう。九条が、その場でひざから崩れ落ちる。
「さて、残りは君だ」
圧倒的。絶対的なその存在は一歩一歩私に向かってくる。
ああ、この人になら殺されてもいい。
そう、一層強く思ってしまった。
だけど。
「私はもう、間違えない」
私の中で、何かが弾けた。
これは違うと、何かがささやいた。
私は過去の自分を否定したくなかった。だから、自分が死ぬという今この時でさえも私は間違った選択をとろうとしている。それが私にとって正しいことだから。何もせずただ黙って殺される。という一番最悪な選択を、当たり前のように享受する。
だからこそこの場で、この状況で、”私”は私を否定する。
「私はまだ、死ぬわけにはいかない!」
私が死ねば、片翼を担うティデリアも死んでしまう。
それだけは、嫌だ。
「ああ、君は”黒衣”の因子か」
黒の因子の能力はそのほとんどが使用者を纏うように発現するのとは違い、”黒衣”の能力は使用者の武器に纏うように発現する。
だから、私の持つ太刀から滲み出るおぞましいオーラを見て相手はそう判断したらしい。
しかし、これはまだ半分。
「ん? ”黒衣”は使用者自身には発現しないはずだが」
「ひとつ、勘違いをしているらしいですね」
きっと相手が最初に私の所有する因子武器を判別できなかった理由がこれだ。
「私は確かに”黒衣”の因子の能力を持つ武器を所有していますが、”私”が内蔵している因子は”黒炎”です!」
燃えるような黒いオーラが、私から溢れ出てくる。それはまるで衰えることのない、延々と燃え盛る炎であり、私の生命そのものが燃えていると言ってもいい。
意識が遠のいていくのが分かる。それでも気丈に胸を張って、清々しくも寂しい気持ちを抱きながら、”私”が宣言する。
「さて、でははじめようか。新しい”私”の人生を」




