第十一話「間違い」
約二ヶ月ぶりの更新!
年末はお仕事等で執筆時間が捻出出来ないのが問題ですね。
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静かに、けれど確実に相手へと近づいていく。
相手は未だ自分の気配に気付いていないのか、空を見上げながら立ち尽くしている。
今なら確実に相手を仕留められる。
そう思い、短刀を腰から抜く。低い姿勢を保ちつつ相手の背後をしっかりと取り、これ以上ないくらいベストなタイミングで相手へと駆け抜けていく。無駄のない的確な太刀筋でむき出しの首元を狙う。
仕留めた!
短刀は狙い違わず相手の首へと吸い寄せられる。
あと数ミリで相手に到達するその瞬間、私は全身に強烈な殺気を感じ、身体を強張らせる。
間違えた。
逃げればよかった。相手の姿を視認した瞬間すぐに距離を取ればよかった。気配に気付いていないと思い、相手を確実に仕留められると思い上がり、これ以上ないくらい相手の都合のいいタイミングで襲い掛かるなんて。
しかし後悔も理解も既に遅い。
私が襲い掛かった瞬間、いやそのずっと前、相手を見つけてしまったその瞬間から、既に手遅れだった。
気付けば、私は星が輝く夜空を見上げていた。
「何をされたかも分からなかったかい?」
上から綺麗で澄んだ声が聞こえる。
「気付いていないなら、そのほうがいい。時に無知は人を救う」
優しく、けれどどこか残酷な口調のその男は、ただ静かに私を見つめている。
「……安らかに逝きなさい」
そして私は深く暗く心地よい闇に包まれていく。
二度と目覚めないと、理解しながら。
―1―
夜空に浮かぶ三日月は、まるで僕をあざ笑っているようだった。
あの時の月も、きっと僕を見て笑っていたのだろう。
月を見上げながら立ち尽くしていると、後ろから見知った気配が近づいてくる。僕はそれを視認する前に声をかける。
「そっちはもう終わったのか?」
声をかけられたその気配は姿を現すことをせずに暗闇から返事をする。
「ああ、相変わらず下らない妄想に現を抜かす娘だったよ」
「そうか。それで、目的のものは?」
「手に入ったよ。まぁ噂に違わず手強かったけど、それでもお前が相手したあいつらよりかはいくらかマシだったな」
僕は沈黙する。
今回この日本に来た理由は大きく分けて二つある。
一つは日本防衛隊と大陸側の対人部隊との争いを沈静化させ、その両隊から主力武装を奪取すること。そしてもう一つがその武装を使用し、『解呪の羽』を本来の姿に戻すこと。
しかしそこに誤算が生じた。
僕は防衛隊と戦闘している部隊はEU諸国の部隊か、アメリカの対人部隊かと思っていたが、予想を上回る部隊がそこにはいた。
「まさか、ロシアの対因子殲滅部隊がいるなんてな。でも嬉しい誤算だろ。より上位の武装が手に入ったんだから」
僕の足元に倒れた人物を見て言っているのだろう。ロシアの対因子殲滅部隊は世界でも数少ないクラスS殲滅実績を持つ部隊だ。しかし流石にこの日本には主戦力を派遣して来ていないらしい。今のところ顔見知りには会っていない。
「そうだな。そう思っておくよ」
僕はため息交じりでそう答える。
「で、これからどうする? このまま研究所に行って『羽』を回収するか?」
「いや、それよりも先に一帯の敵勢力を完全に排除しておきたい。人間はともかく、因子に邪魔されては敵わないからな」
「じゃあ、私は研究所の北西一帯を見てくる」
そう言うとその気配は最後まで姿を現すことなく遠ざかっていく。
再び僕は独り月を見上げる。
「親子、ねぇ……」
それは、この世で一番深い絆であり、同時に一番遠い存在なのだろう。
僕は思う。
もし、あの時全てを終わらせることが出来ていたら、そしたら僕は、僕の平穏はずっと続いていたのだろうか。
もし、あの場所で何もかもを救えたなら、その時僕は自分の存在を許せていたのだろうか。
それでも、そうはならなかった。
僕はあの時あの場所で何も救えず、終わらせることも出来ずに、自分自身を許すどころか益々許せなくなって……。
僕は今の自分とあの親子の関係を重ねているのだろうか。
いや、あの親子はまだ元に戻れる。僕達の関係とは決定的に違うのはそこだ。
僕達は、もう戻ることすら、許されない。
ならば、一から作り直すか、全てを壊すか。
決まっている。僕にはもう選択する自由すら奪われている。
「ならば、僕の存在理由は、それに尽きる」
だから、僕は今この瞬間を、残さず全て食らい尽くし破壊し尽くす。
例えそれが間違ったことだとしても、僕は僕の選択を間違えない。
―2―
意識が覚醒すると、コンクリートがむき出しの天井が目に入った。
私は今の状況を把握するために上体を起こし、辺りを見回す。
「あ、目が覚めましたか」
私が眠っていたベッドの脇に座っていた軍医らしき人物は読んでいた本を閉じるとまず私の意識を確認してきた。
「自分の名前と所属は言えるかな?」
点滴などの交換をするついでと言わんばかりの砕けた口調で訊いてきたが、そこで私は自分の現在の状態を見てしまう。
「ああ、ちょっとショックだったかな。この状態になって長いようだけれど、まだこういうのは慣れない?」
少しだけ心配したような表情を浮かべる軍医に、私は薄く笑みを浮かべて答える。
「私の名前はティデリア・オリンドラ。第五独立遊撃部隊攻撃隊所属、階級は一等兵です。この身体になってからもう三年になりますが、まぁそれでも慣れたとは言えないですかね。けれどショックを受けるほどではないですよ」
「そう、なら良かった」
ほっと胸をなでおろす軍医は、その後黙々と作業をして「それじゃ、また後で来るね」と言い残し去って行った。
そこで私は思う。
どうして私はベッドで寝ているのだろう。意識を失う前、何か重要なことをしていた気がする。
「うーん。思い出せない」
どうしても意識を失う直前のことが思い出せない。まるでそこだけ靄がかかったように、溶けて原型が思い出せない雪のように記憶が抜けている。
「今は無理に思い出すことはない。少しずつゆっくりと思い出せば、それでいい」
何時の間にそこにいたのか、今度は軍服を着た男性が立っていた。
「あなたは?」
私は問いかけるが、しかし返事はない。しかし返事の代わりなのか微笑を浮かべながら日が差し込む窓に視線を移す。
「今は、それでいい。何も思い出すな」
意味の分からない言葉に首を傾げる。私は一体何を忘れたのだろう。
何か、大事なものがすっぽりと抜けたような感覚に焦燥感を抱きながらも、この心地よい時間と空間に身を委ねていようと、そう思った。
その思いに、違和感を残したまま。
―3―
9月10日から翌11日までの戦闘でこの富士支部は主力の半分を失い、『解呪の羽』の回収作戦に参加するために集合していた部隊もその約二割を消耗し、作戦遂行に支障をきたすため各国から再召集の時間を要することになった。
そしてティデリア一等兵もまた、戦闘に関する全ての記憶を失い、現在は自身の損傷した身体の修復に徹している。
きっと今頃他の国か、あるいは第三勢力によって『解呪の羽』は回収されている。
けれど、今こちら側に『解呪の羽』がなければ、”バランス”が崩れる。
私の選択肢は、既に一つしかない。
「私もご一緒していいですか?」
声をかけられ振り向くと、そこには若い女性がいた。
「あなたは?」
「はじめまして、私の名前は九条みのりです。あなた、今から『解呪の羽』回収しに行くんでしょ? 私も連れて行って」
私は断ろうとしたが、九条と名乗ったその女性の瞳は何かを覚悟した瞳だった。
それは、今の私を見ているようで、どこか責められているように感じた。
「あなたが何を思い、どう感じて行動するかは勝手ですが、私の邪魔だけはしないで下さいね」
迂遠な言い方だったが、それで伝わるだろう。九条という女性と私という人間は、限りなく似ていて、だからこそ今この瞬間に行動しているのだ。
きっと彼女も、ずっと間違えて生きている。
「それでも、私はその道を歩むしかないの」
九条は私の言葉にそう返してきた。その意味を全て理解できたわけではないが、しかし共感は出来る。
過去の自分を否定したくないから。過去の選択で自分が間違ったと思いたくないから。その瞬間の最善ではなくとも次善を選択できたと思いたいから。
けれど今回私は間違えてしまった。間違えてしまったと、そう思ってしまった。
「なら、今からでも間違いを正しに行こう」
間違いを正し、理想通りの未来にするため。
その選択さえも、間違いだったとしても。何度でも正しに行こう。
全ては、彼女のために。




