第十話「開幕」
””0””
ミレミアと合流した後、私たちは山を駆け上がりながら対策を練っていた。
「相手が白神の、しかも準一級戦闘員というのが確かなら、星紙一尉と坂秋軍曹では手に負えない。私たちの誰かが増援に行くべきだ」
「なら、私が行きます。相手の戦闘スタイルも癖も何もかも分かってます」
「君がそう言うなら私は構わないが」
と、准尉は私を見る。
どうやら私たちは二人で一組だと思われているらしい。
「私は准尉に同行します。ミレミアは階級こそ一等兵ですが、実力では准尉に迫るでしょう」
「よし、ならミレミア一等兵は星紙一尉、坂秋軍曹ペアの援護に。ティデリア一等兵は私に同行し、索敵、および遊撃に参加だ」
「「了解!」」
私たちは同時に返事をすると、ミレミアは南へ向かい、私は准尉と西へ向かった。
””7””
上段蹴りの後、腹部に回し蹴り。間髪入れずに左フックが飛んでくる。
相手の三手先四手先を読みつつ回避し、隙ができれば攻勢に出る。
「ははっ、君中々いい動きするね! ここまで私の攻撃避けることができる奴なんて私の一族にはいないよ! しかも避けるだけじゃなく反撃もしてくるなんて!」
嬉々とした声を上げながら次々に仕掛けてくる相手とは裏腹に、私の回避は徐々に遅くなっていく。反撃の手も少なくなり、やがて回避では追いつかず四肢をフル稼働させて防御に全神経を注ぐ。
致命傷になりうる攻撃だけ回避し、それ以外はなるべく防御する。それをひたすら繰り返し、相手が飽きるか疲労するかを待つしか、私にはもう手がなかった。
すると相手は距離を取り、両手の指を鳴らす。
「なんだか格闘だけじゃ殺せそうにないから、そろそろこれ、使わせてもらうね!」
相手は背負っていたトマホークを手に取り、私へと向けて構える。
「いやーこの斧さぁ、なんだかすごい能力があって、すごい武器らしいけど、なにがすごいのか使っててもイマイチよくわからないんだよねぇ」
一見すると変哲もないトマホークだが、刃の形状がやや歪で流線型に波打っている。武器マニアのオウラあたりならすぐどんな能力が備わってる武器なのか分かると思うのだが、私は別に武器に興味がないので、それだけでは分からない。
一撃。いや二撃ほど様子を見てから私の武器を展開させたほうがいいか。
「君は武器を出さないの?」
「生憎、近接格闘以外は興味ないので」
ここで嘘を吐かなくても良かったのだが、私の武器は初撃。つまりは一撃で相手を斃せる可能性があるので、隠しておいて損はないはずだ。
「そう。まぁ私を楽しませてくれるならどっちでもいいや!」
そう言うと相手はトマホークを私目掛けて放ってくる。
しかし直線的に放ったトマホークは私には到達せず、私と相手の中間あたりの空中で停止していた。
あれが、まさかトマホークの能力なのだろうか。
「それ! 弾けろ『クロイゼルング』!」
トマホークは不規則な回転を繰り返し、やがて空気がさざなみのように揺れるのを感じた。
これは、まさか。
「単体用兵器『Welle』か!」
私は間一髪波状の斬撃を避けると、私の武器を展開させて反撃する。
「収束しろ! 『ルーズローズ』!」
目一杯両手を広げると、アイアングレーの鎖が一点に収束する。
「あはは! なんだ、ちゃんと武器もってたんじゃない!」
私の放った『ルーズローズ』の鎖が相手を拘束する正にその直前、鎖が砕け散る。
ベストタイミングで相手に攻撃したはずだし、相手は今何一つ武器を持っていない。
なのにどうして。
「私の武器ね、攻撃能力もすごいけど、本当にすごいのは防御能力らしいよ!」
『Welle』はいまだ私たちの中間地点で高速回転しながら浮遊している。
それを見た私は仕方なく次の手を仕掛ける。と言ってももう既に仕込みは済ませているので、後は発動させるだけなのだが、上手く発動するかが問題だ。
「たいていの敵は一撃で死んじゃうから、私も防御能力が発動してるところなんてはじめて見たよ。こういう風になるのか、ふぅん」
相手は何かを考えるように俯き、ぶつぶつと聞き覚えのない言語で呟く。
「まぁいい、そんなことどうでも」
「咲け! 『ルーズローズ』!」
砕け散って欠片となった『ルーズローズ』は光のバラとなって辺り一面に咲く。
「綺麗だけど、私は花を愛でる趣味はないんだけどなぁ」
光り輝くバラを踏み砕きながら、私に近づいてくる相手。
これなら! 私はたまらず二の句を紡ぐ。
「反転。『ローズルーズ』」
私は静かにその言葉を口にする。
すると咲いていたバラが一斉に枯れ、光を失っていく。
「どういうこと? 諦めたの?」
相手が問いかけてくるが、しかし私は答えない。
私は手に持った一振りの細剣を地に穿つ。
「君、そんな剣持ってたっけ?」
相手は再び問いかけてくるが、答えない。
いや答えても仕方ない。
こいつは、この後死ぬ予定なのだから。
「戻れ」
一言、そう言って私は細剣を上方に振り上げる。
「なに、を……?」
相手は全身から血を噴出し、倒れる。
「はぁ、疲れた」
私は散った『ルーズローズ』を器である指輪に収束させる。
「今回は運がなかったですね。正体不明さん」
””1””
山の中腹に着地すると、運が良かったのか悪かったのか、戦闘区域の真っ只中だった。
「あなた一体何者ですか!」
いきなり声をかけられたので、そちらを向くと軍服をきっちりと着た女性がこちらに銃を向けていた。可愛いと言うより綺麗の部類に入る女性だった。今関係ないなこれ。
「今いいところだったのに、邪魔するなよな」
軍服女性と正対するように立っていたボロ布の男も、僕に弓を引く。どうして綺麗な女性を見た後にこんな男臭い奴を見なくちゃいけないんだ。
「邪魔だな」
「対象は男だけだ。クラスBの『トライクライ』を所持してる」
いつの間にそこにいたのか、僕の相棒は背中を合わせるように立っていた。
よし、女性の方でないなら慈悲はいらないな。
「一体どこから!?」
軍服女性は驚いていたが、気にしない。
「どっちやる?」
「女性は任せた」
「言うと思ったよ。まぁいいさ」
相棒の了承を得た瞬間、弾けるように男に向かって飛ぶ。
「打ちぬ――」
「遅い」
僕は男が弓を放つ前に手首を切り落とし、胴を両断し、最後に素手で首をへし折る。
「遅すぎて僕が何したか見えてなかっただろうね。かわいそうに。自分が何をされて死んだか分からないなんて」
僕はその深緑の弓を男の手から奪い取ると、後ろを振り返る。
「そっちは……無事終わったみたいだね」
「ああ、流石に無傷で鎮圧とはいかなかったけど、心臓に正拳突き食らわしただけだから大丈夫だろ」
「君の正拳食らって重傷以下で済んだ人間見たことないけど」
きっとこの軍服女性さんアバラ五本は確実に折れてるな。
「さて、まずは一つ確保したな」
「残りは……あと五つってところか」
僕は軽く伸びをしながら、至極眠そうな声を出す。
「きょうも頑張って集めましょうか。”フリージア”の欠片」
””6””
駆け上がる。
大小様々な樹木を避けひたすらそれの気配がする方向へと駆けてゆく。
「見つけた!」
私は排除目標である白神黒峰を視認すると同時に武器を手に取る。
「なんだ、ミレミアもいたのか」
黒峰は幾重にも連なった刃を持つ剣を地に突き立てると「パッケージ・アイスロンド23」という言葉と共にブレイクレイの形状が剣から槍に変わる。
私の太刀と黒峰の槍が衝突し、激しい金属音が鳴り響く。
「何でお前がここにいる! お前はアジア担当じゃないだろ!」
「出張任務でね。どうしてもこの武器じゃないとだめらしいからさ。いやー念のためアイスロンドを入れておいて良かった。標準形状の重刃剣じゃ、ミレミアには勝てないからね」
相変わらずすましたような笑顔が腹立たしい男だ。
「そんな未熟な兵器で私と戦おうだなんて、まさか言わないよな?」
「いやいや、流石にこれだけじゃ心許ないからさ、もう一つ持ってきてるんだな」
そう言って黒峰が左手のアタッシュケースから取り出したのは、骨を模したような気味の悪い直剣だった。
「旧世代の遺物の一つ、らしいよ。名前は分からないけど」
「見たところ、気味が悪いだけみたいだけど」
遺物は所持しているだけで特殊な能力を発揮するものも少なくない。そう言う類だと少しやり辛いのは否めない。場や私自身に影響のない能力を持つ武器は、私の武器と相性が悪いから、ぜひとも干渉能力であってほしい。
「纏い染まれ」
黒峰は直剣を自らの胸に突き刺すと、そこから黒いオーラが滲み出て黒峰を覆う。
防具型? いや何か違う。防御型なら最初から着ているはず。ならこれは、どういう能力だ。
「まぁ、ミレミアの方の能力を考えればこれでもまだ不安ですし、まだ俺もこの武器を十全に使えるわけじゃないけど、それは言っても仕方ないか」
黒く燃えるようなオーラを纏ったまま槍を構える。
何か得体の知れない不安を抱えて、私は太刀を片手持ちで前方へと突き出す。
「何でもいい。それが斬れるなら、私に負けはない」
「言いますねぇ。その自信が果たしてどこまで続くか見物です」
黒峰は不気味な笑みを浮かべ、自信を漲らせている。
まるで、既に決着が着いているかのように。
””0””
ミレミアと分かれてからすぐ索敵の部隊と合流したが、すぐ近くで戦闘が行われているとは思えないくらい静寂に包まれている山中を疑問に思った。
まさかもう総て終わっているのではないだろうか。
「静かですね」
私はたまらず口に出す。
この静かさは、少し異常だ。
「富士支部の隊員は優秀ですから、もう既に総ての敵を斃しているかも知れません」
それでも武装解除しない准尉は、もしかしたら。
いや、これは私の杞憂で終わるだろう。
そう思っていても、どこか不安が拭えない。
私の不安を感じてか、准尉は笑顔を作って優しい口調で言う。
「大丈夫ですよ。何も心配いりません」
「うわぁ、クラスSか。面倒だな」
私たちの前にはいつの間にか赤い外套を纏った男が立っていた。
「だれだ!」
准尉は一転射殺すような目で男を見る。
「あれ、ティデリアじゃないか。久しいな」
「一体どなたでしょうか。私とあなたは初対面だと思うのですが」
「つれないねぇ。久しぶりの再会だってのに」
准尉が私を睨む。
「この男とはどういう関係ですか?」
私が言うべきかどうか迷っていると、准尉は私ではなく男の方へと向き直り問いかける。
「答えろ。ティデリア一等兵とどういう関係だ」
すると男は感情を失ったように無表情になり、冷たい声で答える。
「私の名前はオースティリィ・オリンドラ。ティデリアとは親子ですよ」




