第九話「狂宴の前触れ」
””5””
静かに、かつ素早く自らの作戦開始地点へと向かう。
僕は狙撃目標を視認すると、背負っていた荷物をおろす。その中から長大な超長距離射撃用に改造したライフルの部品を取り出し、組み立てる。
目標までの距離、およそ2.5キロ。今までの最高狙撃距離が2キロだから、今日成功すれば自己記録の更新だ。
最後にスコープを確認し、狙撃体勢に入る。
後ろの森から聞こえる獰猛な獣のうめき声と何かを切り裂く音を思考の外にだして、集中する。
息を整え、指先に全神経を集約させて、確実に射抜くためにポインタの中心に目標を置く。
落ち着け。大丈夫。僕ならやれる。
心臓が一定のリズムを刻み、思考が大分クリアになる。視界も良好で、あとはタイミングを間違えなければ、一発で終りだ。
一瞬、風が止み、あたりは完全な無音と化す。
そして僕はトリガーを引いた。
放たれた弾丸は空を切り、一直線に目標へと飛んでいく。
一拍置いてから遠くで破裂音が響き、命中したことを確認する。
「ふぅ。これで僕の役割は半分終りましたね」
「相変わらずすごい狙撃ね」
後ろから声をかけられるが、振り返らずにもう一度スコープを覗く。
「銃の性能を考えると、これくらいはまだまだだよ。むしろこの銃で3キロ狙撃が出来ない狙撃手は僕くらいだろ」
目標の周りに人が集まり、狙撃位置を割り出そうとしている。
「早く移動しないとここが特定されちゃうよ?」
「そうだね」
そこではじめて声の主を見る。
「また派手にやったみたいだね」
獣の返り血を浴びて服が鮮血に染まった彼女は、醜いどころか美しく見える。流石は鮮血姫と呼ばれるだけはあるようだ。
「回収地点までの道は綺麗にしておいたから、邪魔が入らなければ時間通りに着けるはず」
「邪魔が入らなければ、ねぇ」
僕はもう一度目標に目を向ける。
きっと”奴”は気づいているだろう。そして今もこの場所へと向かってきているはずだ。
ならば。
「なら、その邪魔する奴を、ここで斃しておこうか」
僕が提案すると、彼女は無邪気な笑顔でうなずく。
「それじゃあ、準備に取り掛かろうか」
””0””
「だいたいの場所は把握できましたか?」
「はい。夕倉准尉のおかげでだいぶ富士支部の構造が掴めました」
最後に案内された食堂で女性隊員(夕倉准尉と言うらしい)と食事をしながら他愛ない話をしていると、突然破裂音が耳を襲い、その一瞬後に辺りを衝撃が走る。
「なんですか今の!?」
「非戦時F2から緊急時D15に移行! 状況確認を迅速に行い、第三索敵部隊を支部周辺に展開!」
慌てる私とは裏腹に、准尉の対応は慣れたものだった。
「真紀一佐とアサラ大尉に第五、第六防衛隊を付けてください! あと九条二士の行動に注視して!」
適切な指示を周りに出しながら准尉も戦闘準備に取り掛かっていた。
「准尉! 先刻の破裂音は外部からの狙撃です!」
「被害は?」
「アサラ大尉が狙撃され重体です! 只今狙撃位置の特定と周辺の索敵を行っております!」
相手の狙いはアサラ大尉か。しかし非戦闘状態に狙撃されて即死ではないところが大尉の凄いところだ。これは相手も驚いているだろう。
こういうときにミレミアがいないのは痛いな。奇襲をかけられたときほどミレミアの本領は発揮されるから。どうしてこう、肝心な時にいないんだあいつは。
「了解しました。私も直ちに索敵に加わります」
准尉は冷静に言うと食堂を出ようと扉に向かって歩いていく。
「私も同行します。准尉」
何かしなければと思い、私は准尉に同行することにした。
「ありがとうございます。では装備を整えて五分後に第三正門に集合してください」
「了解しました!」
私は敬礼をしてから自室へと向かって走っていく。
””6””
「急いで下さい! きっとさっきの破裂音は富士支部からです!」
「分かってます!」
市街地で観光を楽しんでいた私は突然響いた破裂音を聞き、嫌な予感が頭をよぎった。
あれだけ綺麗な破裂音を出せる兵器は少ないし、世界でもトップクラスの防衛力を誇る日本防衛隊の支部を正面突破しようとする馬鹿はいないだろうし、確実に相手の一人は狙撃手だ。狙撃なら一撃で相手を即殺でき、最低でも戦闘不能には出来るし、リスクをなるべく最小限に抑えることも出来る。
しかし。
どうして狙撃のリスクがあるにも関わらず、富士支部は山の近くに設置されているのだろうか。これほど隠れやすく、狙いやすい地形はないだろうに。何か意図があるのだろうか。いや、意図がなければこんな地形の場所に支部は設置しないはずだ。
ならば私が急ぐ必要はあまりないのかも知れない。
しかし、そう思っていてもまだ胸騒ぎが収まらない。
「とにかく急がないと」
着いたら何もかもが終わっているという事態だけは避けたい。
あの時の感覚を、また味わいたくない。
私は焦る気持ちを抑えながら、冷静に戦闘準備を整える。
そうだ、あの時とは違う。大丈夫だ。心配ない。だって、だってティデリアさんがいるじゃないか。あの人がそう易々とやられるわけがない。大丈夫、大丈夫。
「もうすぐ富士支部に到着します!」
「着いたら低空飛行お願いします! ある程度降下したら私は先に降りますので!」
「了解しました!」
””7””
「こっちかな? いやこっちかな!」
私は鉄の焦げる匂いや火薬の微かな匂いを頼りに、支部内を狙撃した相手を追っていた。
「ん? こっちから何やら人の気配がする!」
私は匂いで追うのを止め、山の裏へと移動する小さな足音を追うことにする。
「九条二士! 九条みのり二士! 単独行動は控えてくださいと何度言ったら理解してくださるのですか! 聞いてますか九条二士!」
「聞いてるよ、うるさいなぁ。相手に見つかったらどうするのさ」
そこで私は視線を感じる。
探るようなこの視線は、間違いない。今回の排除目標だ。
「みらちゃん気をつけて。相手に見つかった」
私は近くの木に身を隠す。みらちゃんも私に言われる前に身を隠したらしく、後ろには姿がなかった。
「分かってます。これだけ殺意を向けられればどれだけ鈍い人でも分かります。それとみらちゃん呼びは止めてください。私の名前は未来です。そしてあなたより階級は上です」
私の第六感も中々だと思ってるけど、みらちゃんのこういう察知能力も結構凄いと思う。伊達に二尉ではないということですかな。
「さて、ここからは真面目にやりますか」
私は気合を入れなおしつつ、攻めていくかカウンター狙いでいくかを考える。
だいたい隠れていそうな場所は分かったが、どちらが狙撃した相手か分からない。私は接近専門なので中距離専門の相手との相性は良くない。そっちはみらちゃんに任せたいので、どちらかを誘い出したい。
私達と相手が均衡状態に陥っていると、横から何も知らないであろう索敵部隊が数名近寄ってきていた。
まずい。
そう思った私は相手に姿を晒し、先制攻撃を仕掛ける。
こうすれば相手の攻撃はこちらに向くはずだ。
そして私は後悔する。
まず初撃で左肩を射抜かれ、間髪入れずに右側頭部に打撃、続けて右腹部を貫かれ、最後にもう一発頭部に打撃。
私は地面にうつ伏せになるように倒れこむ。
「一人か? 二人分の気配がしたような気がするが、気のせいか?」
どうやらみらちゃんの方はまだばれていないらしい。
「そっちはやった?」
「大丈夫、索敵と思しき部隊の方は鮮血姫達に任せたから」
「なら安心だ」
相手は二人一組が二組、またはそれ以上か。
「それで、こいつ死んでる?」
うつ伏せに倒れた私の生死を確認するために、相手は私を仰向けにする。
「危ない!」
私が仰向けにした相手に一撃食らわすと同時にみらちゃんがマシンガンで特攻を仕掛けてくる。さすがみらちゃん、タイミングばっちり。
「あれだけやってまだ死んでないとか、あんた化物かよ」
「そういうあんたも、私の顔面パンチ食らって原型留めてるとか、運良すぎ」
私は右腹部の出血を手で抑えながら、精一杯虚勢をはる。増援がくるまでの時間稼ぎが出来れば上々ってところかな。
「おいおい、強がるなよ。痛むだろ? その傷」
「少しだけちくっとするだけですよ。これならまだ注射の方が痛いですね」
「なら、遠慮は要らないな」
相手は短刀を両手に持ち、構えを取る。
「全力で行くぜ!」
””0””
自室へ戻り戦闘準備を整えると、私は准尉に指示された通り第三正門へと来ていた。
しかしもうほとんどの隊員は山へと向かったのか、人が少ない。
空挺も出ているらしく、滑走路やヘリポートでは慌しく人が行き来していた。
「お待たせいたしました。私達も向かいましょう」
声をかけられ、振り返る。
「准尉、その装備は」
「ああ、まだ言っていませんでしたっけ? 私の本職はお客様のお世話係ではなく富士支部防衛隊隊長補佐ですので」
ツインサイズ。両端に大型の刃が付いた、攻防に長けた武器。初期型は重量が重く、かつ複雑な構造をしているので限られた人間しか使用が出来ないが、その改良機である准尉のツインサイズf3は徹底的に軽量化されていて、オリジナルより若干性能が劣る。しかしそれを補ってあまりあるほどの攻撃速度と能力展開の速さがある。
いや、右手の武器はまだ珍しくない。ただ使う人を選ぶだけで、これは何度も見たことがある。
しかし、その左手に持っている武器、それは資料でしか見たことのない『兵器』だ。
「アンチナイザー、ですか」
「はい。旧世代の遺品ですが、数十にも及ぶ能力を同時展開でき、小範囲であれば敵を同時攻撃できる優れものです。ツインサイズ同様攻守ともにバランスの取れた武器、いや兵器ですね」
流石に解呪の羽から作られた三つの兵器には敵いませんが。と最後に付け足した准尉。
どちらか一つだけならまだ私でも扱えると思うが、その二つを同時に使用するとなると至難の技だ。特にアンチナイザーは扱いが難しいと聞くし、ツインサイズも改良機とは言え扱うには相当の技量と訓練が必要だ。
「雑談は後程いたしましょう」
そうだ、今はそれどころではない。敵を追わなくては。
「先ほど第一索敵部隊の第三班と第五班から敵と遭遇し、交戦中という情報が入りました。敵の数は確認できているのは四人で、二組に分かれているようです。一組は第三班が足止めをしていて、もう一組は九条みのり二士と由紀未来二尉が交戦中です」
「私達はどちらに向かいましょうか」
「どちらにも増援が向かっていますので、私達は第一班と合流して索敵兵の護衛と、他の敵兵との遭遇戦に備えます」
「了解しました」
「遅れて申し訳ありません! 只今戻りました!」
私の敬礼と同時に空挺から飛び降りてきたのは、市街地へと行っていたミレミアだった。
「支部がある方角から破裂音が聞こえたので急いで戻ってきました」
「市街地まで音が届いていたのか」
「狙撃に使われた兵器は恐らくブレイクレイです」
准尉は目を丸くしている。どうやらその兵器の名前に覚えがあるようだ。
「しかしあれは狙撃用の兵器ではないでしょう」
「はい。ブレイクレイは本来多重刃型の近接兵器です。しかしブレイクレイの万能殺戮という異名の通り、パッケージ換装を施せば銃にも剣にも、果ては戦空挺にもすることができます。今回は長距離狙撃用パッケージAFプログラム55でしょう」
「よく破裂音だけでそこまで分かりましたね」
「ブレイクレイの破裂音は独特ですし、何よりも長距離型狙撃用パッケージAFプログラム55の設計は私が担当しましたから。性能も特性も何もかも分かります。もちろんその破裂音も聞き間違うことはありません」
ミレミアは元々開発部の出なのは知っていたが、まさか5ランクの武器製造が出来るなんて思わなかった。
「プログラム55は一発一発のインターバルが長く、連発できない使用になっています。そのことから相手は別のパッケージを所持している可能性があります。狙撃用のパッケージがプログラム55なら、もう一つは近接戦闘用パッケージのアイスロンド23かと」
「どうしてそう思う?」
「そもそもブレイクレイは容量型の兵器です。プログラム55でほとんどの容量を使ってしまっていて、残りの容量ではアイスロンド23が限界です。そして”彼”はきっと容量きっちり入れてくるはず。ならばこれで合っています」
今の口ぶりからすると、ミレミアは今回の襲撃者に覚えがあるようだ。
そして”彼”の性格や特徴も理解しているほど深い関わりを持っている。これはどうやら私の方も関わりがありそうだ。
もっとも、私の場合は”彼”が生き残っていたらの話だが。
「その”彼”とやらの名前を知っているなら、是非とも聞かせてください」
准尉はミレミアに少々きつい口調で問う。それもそうか、今回の襲撃者のことをこれだけ詳しく知っているとなると、ミレミアもその仲間だと疑われても仕方ないことだろう。
しかしミレミアは准尉の口調に動じることなく淡々とその名前を告げる。
「はい。”彼”の名前は白神黒峰」
その名前は、周りの空気を一変させることが出来るほどの、私達人間側にとっては”脅威”であった。
白神。
かつて平穏だった世界を混沌に染め、絶望の象徴たる”天城”を復活させた一族。
「禁忌の一族がひとつ、白神一族直系の準一級戦闘員です」
””1””
関東コロニーが見渡せる超高層ビルの屋上から、はるか遠方に見える軍事施設を見る。
コロニー全体に響き渡る破裂音が反響し、共鳴し、増長し吸収され、美しい音色を奏でる。
美しい、破壊の音。
目を閉じ、ビルの縁から空中に身を投げ出す。
自らの体が全身で空気を切る。その感覚が僕はたまらなく好きで、暇をみてはこうして自由落下を楽しんでいる。
まぁいつも途中で邪魔が入るが。
「おい、遊んでる場合じゃないぞ」
横から声をかけられるが、無視する。
「おい、無視するんじゃねぇ。聞こえてるんだろ。ほら、仕事の時間だ。働くぞ」
二回目でやっと僕は声の主を見る。
「たまの息抜きくらい、最後まで満喫させてくれよ」
「馬鹿言うな。お前は暇してることのほうが多いだろうが。雑用押し付けられる私の身にもなれ」
それもそうか。
僕は頭をかきながら、嫌々仕方なくといった態度で落下を停止し、目的地へと一直線に向かう。
その全てを、食らうために。




