第七話「解呪の羽」
水平線の向こうに微かに見える大陸を、私は甲板から眺める。
長い髪の毛が潮風に揺られてうっとうしい。
そう思い、髪を一括りに結っていると、後ろから足音が聞こえてくる。この硬質な靴の音は少佐の足音だろう。
「ティデリア一等兵。ここにいましたか」
相変わらずやる気の無さそうな表情と声でこちらに歩いてくる少佐を見ると、寝起きなのか寝癖は酷いわ服装はパジャマだわで色々と残念だった。
「少佐。自室から出るときはちゃんと身支度を整えてからのほうがいいですよ。アグリア軍曹に見つかったらまた怒られますよ」
私は大陸を眺めるのを止め、少佐の方へ視線を向ける。
「うーん。それは嫌だなぁ」
少佐は未だ眠いのか、目を擦りながらあくびをする。
「じゃあ着替えてくるね」
「私に何か話しがあるのではないですか?」
「うえ? あ、そうだった」
全くこの人は。どうしてこんな人が少佐にまで昇格できたのか不思議でしょうがない。
「ここで話すのもあれだし、この後私の部屋に来て。あとミレミア一等兵も見つけたら連れて来て」
ひらひらと手を振りながら艦の中へと入っていく少佐。軍曹に見つからないといいけれど。
「少佐! 部屋にいないと思ったらまたそんな格好で艦内をうろついて! 少しは自分の立場を理解してください! あ、待ちなさい! 逃げるな!」
どうやら見つかったらしい。軍曹も大変なんだなぁ。
私はもう一度大陸へと視線を戻す。
「”因子”が支配する新しい世界。ですか」
今から約五年前”天城”が創生され、世界人口の約七割が命を落とし、陸地の半分が”因子”の支配と化した『新しき世界』で、私達は”因子”改めマテリアルファクタとの戦争が続いている。
私達の艦、超弩級戦艦『プリシラ』を旗艦とした無所属の独立艦隊は、一年後に控えた五回目の『マテリアルアタック』準備のためにオーストリア第七艦隊、アメリカ第五艦隊、EU連合第二艦隊との会合場所である元ドイツ領のウォルフスブルク港へと向かっていた。
道のりは、未だ暗く遠い。
「先の会合へと向かう際に一つだけ、超えなければいけない難所がある」
私は偶然私室の前で見つけた(と思いたい)ミレミアと一緒に少佐の部屋へ行き、今後の指針についての話を聞いていた。
第五回『マテリアルアタック』作戦においての各国、各軍の編成、役割などを決定する今回の会合は一年後。私達の艦隊が今から会合場所のウォルフスブルクへと向かえば一ヶ月ほどで到着してしまうのだが、その前に航路最大の難所が待ち構えている。それが、
「それが、インド洋上空に浮かぶ”空城”カムラだ」
”空城”カムラ。
天城の階級は四段階に分けられ、天城、空城、浮城、遠城と分類されている。空城は上から二番目にランク付けされていて、主に拠点防衛の役割を担っているとされている。
今回の”空城”カムラは ”天城”ヴィックラートの支配するインド洋において、拠点防衛を担っている。
「”空城”ですか。まだ”天城”ではないだけましですが、やはり避けられないのでしょうか?」
「無理です。今から別の航路に変更しても必ずどこかの”天城”か”空城”を通らなければなりません。そしてその全ての敵戦力と私達の戦力を比較して、一番突破の可能性が高かったのが、このカムラ通過航路です」
「そして、この航路なら戦闘直前に消耗品などの補給ができるし、その間皆もゆっくり休めるよ」
少佐が補給時の休暇が狙いなのは良くわかった。
しかし、私は一つ疑問に思う。
「でも、このプリシラって潜航できませんでしたっけ?」
プリシラだけではない。この艦隊の全ての艦は潜航ができたはず。海中ならマテリアルファクタに見つかっても攻撃されることはない。ならば潜航で目的地に向かうべきなのでは、と私は思った。
しかし軍曹は難しい表情で私を見る。
「私もそう思ったわ。でもそうすると今度は燃料や機能維持なんかの問題が出てくるの。私達が乗っているこの弩級戦艦プリシラは、確かに現代最高基準の性能です。しかし他の艦はその限りではありません。例えば後方防衛を担っているデアフリンガー級軽巡洋艦ヒンデンブルクは近代化改修を行っていないので潜航時の燃料消費が激しく、かつ潜航機能が未だ機能不全を起こしています。持って二時間というところでしょう」
「敵に見つからずみやり過ごすためには、どれだけ潜航しなくちゃいけないんだっけ」
真面目モードなのにやたらとのっそりした口調でしゃべる少佐。喋ってる内容は真面目なのに、喋り方がふざけてるようにしか聞こえないのは、人の上に立つ部隊長としてはちょっと問題なんじゃないだろうか。
「少なく見積もっても五時間です」
ですが、と軍曹は続ける。
「これから入港する関東コロニーで全ての艦を近代化改修するのは流石に不可能です。せいぜい増強、機能整備、消耗品補給と燃料補給がやっとですね。それに加えて近代化改修をするとなれば、ざっと半年はかかってしまうでしょう」
軍曹は手元の資料に視線を落とし、私達に説明する。私達が考えるようなことは、もしかしたら既に結論が出ているのかもしれない。
「でも、半年で全ての艦が近代化改修できるのであれば、そうしたほうが消耗は少なく済むと思うのですが」
それでもまだミレミアは納得していないらしく、なおも食い下がる。
私は半年と言う言葉を聞き、納得する。半年も同じ場所に留まっているなんて危険だ。
「私達の部隊が一箇所に留まるのは、とても危険なのですよ」
軍曹もやはり同じ理由でこの案を却下したらしい。
「どうして?」
そうか。ミレミアはこの部隊に配属されて日が浅いから、あれのことを知らないのか。
「私達の部隊は『マテリアル・パーツ』を保有しています。そのことから、中・長期間一所に留まることは危険なのです」
「マテリアル・パーツ?」
ミレミアは『マテリアル・パーツ』を知らなかったらしい。まぁそういった情報はあまり一般兵には伝わってこないからなぁ。無理もないだろう。
「マテリアル・パーツというのは、まだマテリアルファクタが”因子”と呼ばれていた時代の最高位因子、黒の七因子といわれる七つの因子の”欠片”のことです。この”欠片”は強大な力を宿しているといわれています。少佐は、昔このマテリアル・パーツを左目に宿していたらしいですね。まぁその話はまた今度にします。しかし”欠片”は強大な力を宿している反面、マテリアルファクタに対して強力な座標磁場を発している可能性があります。実際に東亜連邦がそれを解析しようと長期間研究所に保管していたところ、敵大隊が押し寄せてきて壊滅したとの報告があります。こういった理由から人類側が保有する”欠片”は全て各国の有力な艦隊や歴戦の部隊が所有するということになっています」
「私達は、その有力な艦隊と認められているということですか。意外とすごいんですね、この部隊」
ミレミアがそう言うと軍曹はかぶりを振り否定する。
「私達の部隊や艦隊が高く評価されているわけではなく、少佐の実力が評価されていると言ったほうが正しいですね」
これには私も驚いた。まさかこんなダルダルのやる気が全く無さそうな少佐が、国際的に評価されているなんて、誰も思わないだろう。
人は見た目では判断できない。改めてそう思った。
そう、あの時のように。
「いやいや、私なんてまだまだ未熟者ですよ」
「皆さんはまだ少佐と作戦を行ったことがないので知らないでしょうが、戦闘時の少佐は鬼神そのものですよ」
「その呼ばれかたは、ちょっとどころか大分嫌ですね。止めてください」
珍しく少佐が苦虫を噛み潰したような表情になる。過去にその呼び方で何かあったのだろうか。
「大分話は逸れましたが、以上の理由から私達作戦本部は三回に分けて戦力増強、全艦の近代化改修を行ってから、”空城”カムラを攻略することに決定しました。そして今回あなた達を呼び出した理由についてこれから説明しましょう」
「そうでした。私達は今回どうして呼ばれたのでしょう?」
まさか今後の計画を聞かせるために集めたわけではないだろう。
「そうですね。そろそろ本題に移りましょう。少佐」
軍曹に促された少佐は椅子から立ち上がると、私達の前まで来る。
その表情は普段のそれとは違い、背筋に悪寒が走るほど恐ろしい表情をしていた。
これが、本来の少佐の姿。
確かに、鬼神のようだ。
「君達には、とある作戦に参加してもらいたい。その作戦は”空城”カムラ攻略に対して非常に重要な作戦です」
「それは、一体どんな作戦でしょうか」
私は緊張の中声を絞り出し、作戦内容を聞く。
「作戦内容はいたってシンプル。敵領地にある旧因子研究所からとある機械部品を回収するだけだ」
「その研究所がある場所を聞いてもよろしいでしょうか」
「場所は関東コロニーから南方十キロ地点にある富士の樹海内です」
ミレミアの問いに軍曹が答える。
富士の樹海。と言うことはつまり。
「白神第三因子研究所ですか」
「そうか。ティデリア一等兵は近くまで行ったことがあるんだったっけ」
砕けた口調で話しかけてくる少佐だが、しかし私の緊張は解けない。
「はい。米軍にいた頃一度だけ近くまで行きました。その時はクラスAのマテリアルファクタの追跡、および撃滅でしたから中には入っていませんが」
「クラスAの撃滅って、あなたどんな部隊にいたんですか」
軍曹が驚いているがそれに反応できるほど今の私には余裕がない。
「そうか。ならあそこの地理には多少詳しいだろう。それにあそこを根城とするマテリアルファクタのクラスは最低でもC。常に強力なマテリアルファクタに襲われる危険があります。それらの条件を踏まえて最適な人選を行ったところ、あなた達が選ばれたというわけです」
しかし、そこでも疑問が残る。
「どうして一等兵である私たちなのでしょう。他にも最適な人間がいたのでは?」
「この部隊では両名一等兵扱いですが、実力で言えば中尉クラスと見ています」
軍曹の手元には私達が過去参加した作戦や功績などの資料があるのだろう。軍曹は視線をさらに下へ落とすと、次の瞬間私のことを恐ろしいものを見るような目で見てくる。
「ティデリア一等兵。あなた……」
「軍曹。その話はまた後程」
私は冷静に答える。
今過去には触れられたくない。
「ルチルチェア中将直々の人選だ。異論は認められない」
そう言ったのは少佐だった。
ルチルチェア・ディスベル中将。確か少佐の兄だと記憶している。少佐の普段を見ているからか、中将もこんな感じなのではないかと心配になるが、少佐や軍曹のこの顔を見るとよほど恐ろしい人らしい。
「しかし君達二人のみと言うわけではない。他の部隊との合同作戦になる。人数で言えば中隊ほどにはなる予定だ。心配は要らない」
重要なのはそこではない。最も重要なのは目的のものがなんなのかということだ。
私は質問する。
「今回の作戦で回収するとある機械部品の詳細を教えて頂けますでしょうか」
「別に取り立てて秘密にしなくてはいけないという事でもないし、いいだろう」
少佐はなおも真面目で険しい表情で話す。
「今回回収する予定の機械部品は、旧時代の遺品。マテリアルファクタに有効な武器を製造するのに必要不可欠な部品である『羽』の回収だ」
「羽、ですか?」
私は聞き返す。すると少佐は普段のゆるい笑顔で私達を見て、飛び切り弾んだ声で告げる。
そして、その名前はいやに聞き覚えがあるものだった。
「そう。『解呪の羽』だよ」
気付いている方はいると思いますが、この小説に出てくる戦艦などの名前はドイツの艦の名前や城名なんかから取っています。もちろん今回の目的地もドイツの地名から取っています。
はい、ドイツ大好きです。
と言うわけで今後もドイツの地名や艦名などが連発しますが、どうぞよろしくお願いします。




