「愛した世界」
それはずっと昔のこと。
まだ因子が姿を現す前、この世界には『魔法』といわれるものが存在した。
数世紀もの間、人間はその『魔法』を疑うことなく使っていた。
そんな『魔法』という奇跡にも似た力が当たり前のように使われていた時代に、二人のの少女が現れる。
一方の少女は、『魔法』を使う一族に生まれながら、ほとんど『魔法』を使うことができなかった。
一方の少女は、『魔法』を忌み嫌い、『魔法』を使う全ての人間を殺して回っていた。
あるとき、二人は運命的な出会いを果たし、『魔法』という力に疑問を抱く。
それが、世界の終りへと導く一歩だとは、最後まで気付かずに。
僕は思う。
この世に因子が存在するのは、もしかしたら『魔法』といわれる前時代の力を、完全にこの世から消し去るためなのではないだろうか。
”僕”の記憶が確かなら、因子はある特殊な能力を持った二人の人間の魂と骨を材料として誕生する。もしもそれが本当なら、『魔法』といわれる能力を潜在的に宿した人間を狩り、そこから新たに因子を生成することによって、完全にこの世から『魔法』を消滅させるようなシステムが働いているのではないだろうか。
”漆黒”が約束した相手というのは、もしかするとその二人の少女のどちらかなのではないだろうか。
僕が、または”僕”が、全ての因子と『魔法』を消し去ることのできる、唯一の”人間”だから、僕のその能力が完全覚醒するそのときまで、僕を守っていたのではないだろうか。
”僕”は思っていた。
少女が願った美しく平穏で、誰もが笑顔で暮らすことのできる世界。それが、フリージアといわれる世界なのではないだろうかと。
その世界を実現できる人間を何年も、何十年も何百年も待ち続けていたのではないのかと。
”漆黒”と僕、そして最後に”フリージア”の力を合わせれば、それができるのではないのかと。
「恋拳一型、一撃!」
未恋は振りかぶった右腕を僕の顔面めがけて放つが、僕はその攻撃を上方に飛んで回避する。未恋の攻撃はさきほどまで僕が立っていた地面に直撃すると、巨大なクレーターが出来上がる。
「恋拳二型、二重!」
未恋は自らが吹き飛ばした瓦礫を足場にして跳躍し、僕に迫ってくる。
「食らえ!」
未恋は両拳を僕の腹部に突き出す。僕は右腕のみで防御体制をとり、左腕で反撃の準備を始める。
両拳が僕の腕に触れた途端、周囲に散っていた瓦礫が粉々に砕け、勢いよく壁や地面に突き刺さる。けれど僕は右腕の骨にひびが入った程度だった。この程度ならば捨て置いても問題ない。
僕は左腕を振り上げる。
「一撃で、終わらせてあげよう」
僕は左腕を未恋の顔面へと振り下ろす。未恋はすかさず両腕を交差させて防御するが、それをものともせず地面へと一気に叩き落す。
何度も地面を跳ねて思い切り壁へと衝突する未恋を目で追いながら、自分も勢いよく地面へと落ちていく。
「さて、今のできっと動けなくなっただろう」
舞い上がった土煙の中から優雅に出て行くとその目の前には既に攻撃態勢をとった未恋が立っていた。
「恋拳三型、三折!」
高速で打ち出される蹴りの三連撃を冷静に交わす。
「まだ未恋さんも本調子じゃないようだね」
「何言ってるのか分かんないです。あなたなんて私が本気を出せば瞬殺ですよ」
そう言うと未恋は距離を取って構えを取る。
場の空気が重くなっていくのがわかる。さらに未恋を中心に風が起きているのか、土埃や細かい破片がこちらに飛んでくる。
「恋拳装威一型。殲滅」
突然風が止んだかと思うと側頭部に衝撃が走る。どうやら真横から思い切り殴られたようだ。
いきなりの攻撃を受けて焦点が定まらない中、さらに脇腹、胸部と攻撃を受け、地面に磔にされる。
「恋拳装威二型。撃滅」
仰向けで倒れていた僕の視界に鬼の形相をした未恋が現れ、途切れることなく拳を僕に叩きつける。
「恋拳装威三型。絶滅」
上空に無数の黒く長細い針のようなものが出現した端から僕めがけて降り注ぎ、僕の体を貫いていく。僕はそれを黙って受けながら思考に集中する。
亜麻神一族正戦者候補の一人にして、世界変革の一人。亜麻神未恋。
天性の戦闘センスを持ち、その身にありったけの攻撃性を秘めた、世界を滅ぼす元凶。過祭奈罪。
全ての因子の頂点にして、混沌の種。”漆黒”の因子。
今まさに世界を作り直そうと長い眠りから目覚めた少女。フリージア。
そして、遥か昔フリージアと呼ばれる少女と世界を変えるために戦い、そして現在史上最も邪悪な災厄として語られる僕こと、亜麻咲漆。
そして今もきっと世界中で生まれている『世界を作り直すための”因子”たち』
白神白霧がどんな目的で何をしたいかなんて僕には分からないが、それでも白神が目指す先の未来は、きっと少女たちが望んだ世界ではないと確信できる。
少女たちは、平穏を望んだ。
姿を変え、何世代もの間機会を待ち続け、その想いを、願いを、希望を、平和を実現しようとした。ならば、僕はその想いを、願いを、希望を、平和を実現させなければならない。
それが、僕たち『始まりの因子』を背負った人間の役目だろう。
「なら、こんな場所でもたもたしてる暇、ないよな」
僕は針の弾丸が降りしきる中立ち上がると、少し離れた場所で次の能力発現のために力を溜めている未恋を見やる。
「まだやるつもり? そんなに死にたいなら、次で終わらせてあげる!」
未恋はそう言うと溜めていた力をさらに圧縮させ、一振りの刀を形作る。
「そうか、なら僕も次の一撃に全てを注ごう」
僕は右手をまっすぐ伸ばし、手のひらを広げる。そこには巨大な鉄の塊かと思うくらい大振りの剣が現れる。しかしその剣は途中で折れていて本来の長さの半分もない。
「そんなモノで私を殺せるとでも?」
「むしろ、これで斬らなきゃ意味がない」
僕が剣を地面に対して平行に構えると、未恋も刀を持ち直して切先をこちらに向ける。
「恋剣天衣一型。穿」
「一閃」
ほぼ同時に動き出し一瞬の間、剣を交え交差する僕と未恋。その後一度だけ鈍い金属音が鳴り響くと、僕はその太剣を地面に突き立てる。
「どうして」
背後で未恋の声がするが、僕は振り向かない。
「私は、この世界を、ただ在るべき姿に正そうと、そう思っていただけなのに」
「あなたの語る在るべき世界は、あの少女が、あの人が夢見た世界ではない」
僕は静かに語る。
「確かにあなたの語る世界は正しいかも知れない。けれど、正しさの先にあるものが幸福や平穏だとは僕は思わない」
僕は全ての能力を解除し、未恋の方へ振り向く。
「たとえ間違った世界でも、行き辛くて苦しい世界でも、それでも少女たちが守ろうとした世界で、何より僕が愛した世界だから。だから、どれだけあなた達が正しくても、僕はそれを認めるわけにはいかない」
両手を失い、肩部や腹部から大量の出血をした未恋の瞳は、いまだ僕を射殺さんとばかりに鋭かった。しかし僕は目をそらさず、はっきりと言い放つ。
「僕は、どれだけ間違ったものでも、それが許されないことでも、愛したものを諦めたくない」
すると鋭かった未恋の瞳が一変、穏やかで柔らかいものになる。
「……世界を滅ぼすことになるかも知れないのよ」
「覚悟はできてる」
「あなたの望む結末が訪れないかも知れない」
「それも、覚悟してる」
「途中で後悔したり、無関係な誰かを傷つけ、恨みを買い、世界から憎まれるかも知れないわ」
「後悔も、憎悪も、苦しみも悲しみも全部、背負っていくさ」
「そうか……だったらいいわ」
ゆっくりとだが確実にこちらに向かってくる未恋。それを見て僕も未恋に一歩ずつ近づいていく。
「私は元々あなたの”なか”にいたんだもの。また戻っても、いいわよね?」
そう言って僕の胸へと倒れこみ、淡い光となって僕の中に帰ってくる未恋。
「もちろん。あなたの想いも背負ってあげるさ」
最後の光の粒が僕の中へと収まるのを確認すると、あたりを見回す。どうやら殺鬼と”漆黒”は先に奥へ向かったらしい。
「ここもあまり長くは持たないか」
天井を見ると、既に細かい瓦礫が降ってきていて、このまま崩落が続けば島の上部ごと落ちてきそうだった。
「先を急ごう」
退路を断たれる前に全てを終わらせなければ。
そう思い、僕は暗く冷たい空気が支配する長い通路へと走り出す。
「どこまで逃げる気だ! 鬼神!」
漆と未恋の戦闘が始まった瞬間、通路へと逃げ出した鬼神を追いかけてきたが、未だ通路はどこにも辿り着かない。
「……もうそろそろかな」
先ほどまで全力で走っていた鬼神が、いきなり通路の途中で立ち止まる。
「どうした? もう逃げるのは止めか?」
私も速度を落とし、ゆっくりと鬼神に近づいていく。
「……後ろ、がら空きだよ」
鬼神に後方を指差されるが、しかし振り返ることなく鬼神へと向かっていく。
「そんなので、私が引っかかるとでも――」
思っているのか。と言おうとしたが、のどに何かが刺さり、上手く言葉が出てこなかった。
「ダメじゃないですか。後ろ注意しとかないと」
耳元で囁かれたその声には、聞き覚えがある。
まさか。もう、覚醒したのか。
私が驚愕の表情を浮かべながら振り返ると、そこには思った通りの人物が立っていた。
「フリー……ジア」
「あはは、久しぶりだね”漆黒”」
にっこりと、この場には相応しくない笑顔を浮かべるフリージア。
「貴様……やはり、そちら側に、いたのか」
のどに突き刺さった短刀を抜き、放り捨てる。臨戦態勢に入りたかったが、殺鬼に先手を打たれ地面に押し潰される。
「うーん。そうだね。昔は三人仲良くやってたけど、今はもう無理だよね」
フリージアは私の髪を掴み、思い切り壁へと投げ飛ばす。
「仲良くするのはもう無理だからぁ」
その黒く輝く瞳で私を射抜くように見つめるフリージアは、憎たらしいほど可憐な笑顔で私に近づき、消え入りそうな、しかし確実に私に聞こえる声で呟く。
「世界平和の第一歩として、あなたを食い殺してあげるね」
約一ヶ月ぶりの更新!
八月終わって九月も一週が過ぎたにも関わらず、リアルが忙しく中々まとまった時間が取れず執筆できませんでした。すみません。
これからなるべく元の更新スピードに戻していきたいと思っていますが、九月も少しだけ更新ペース乱れそうです。
ご迷惑をおかけしますが最後までよろしくお願いします。




