ハイブリッド
「火炎十式。円炎!」
円状の炎が発現し、不規則な軌道を描いて私に飛んでくる。
私はそれを手刀で二つに割る。後ろの壁に衝突した二つの炎の塊は大爆発を起こして地面や壁をえぐる。
「火炎五式。炎剣!」
頭上から剣を模した炎が降り注ぎ、地面に刺さると同時に爆発する。
紙一重で剣や爆発を避け、赤の因子へと走り寄る。
「火殺」
爆発の中から細剣のような形状の武器が飛び出してくる。反射的に前のめりになっていた体を後ろに反らし、それを避ける。不意打ちだったので完全に避けることができず、頬に切り傷を負う。真上を向いた状態になった私は、眼前に迫る炎の剣を首を横に傾けて回避するが、その直後地面に刺さった剣が爆発を起こし、その爆風に巻き込まれる。吹き飛ばされて背中から落下し、転がりながらも前へ進む。
「火炎十一式・序。炎々!」
二つの巨大な火球が、視界前面に現れる。
「火炎十一式・破。弾炎!」
ミニサイズの火球が大火球から生まれ、高速で撃ち出される。
炎の剣を避けながら火球を避ける。ひとつミスをすれば連鎖爆破を起こし、大ダメージは免れない。体をひねり、攻撃を予測しながら十歩先、百歩先を読んで地面を蹴り走る。
「火炎十一式・急。変炎!」
直線的に撃ち出されていた火球が、不規則な弾道に変化する。
私はその変化に一瞬遅れ、右肩に火球が被弾する。
「まずい!」
被弾した箇所から爆破が起き、近くの火球や剣が連鎖的に爆発を起こす。
横に吹き飛ばされ、その勢いのまま壁に打ち付けられる。
「いい加減諦めたらどうですの? 私に近づくなんて、あなたが百回死んでも無理だと思いますけれど」
優雅に構えながら言う赤の因子は、退屈そうな表情で私を見る。
「既にあなたの体は限界じゃないですか」
確かに私の体は左足の骨が砕け、右腕が上がらず、右目は視界がぼやけている。更に私のメインウェポンである重力操作型収束機銃が両手持ちでしか打てないため、早々に無用の長物と化してしまった。今はサブウェポンの加速型炸裂鉄拳と、空間作用型圧縮拳銃を交互に使用している。
「でも、まだ私、死んでませんよ」
「よほど死にたいらしいですね」
笑顔で言う赤の因子。この雰囲気はそろそろ本気で殺しに来るだろう。
そう、それでいいのです。
私を、本気で殺しにきてください。
「ところで、どうして接近戦闘系の能力しか持ち合わせていないはずの赤の因子が、中距離や遠距離攻撃を仕掛けてくることが出来るんですか?」
「簡単なことです。中・遠距離攻撃が得意な他の因子を吸収すればいいだけの話ですよ」
訊かれたことにはちゃんと答えるなんて、なんだか真面目な因子ですね。この因子。
そうこうしてる間に、赤の因子は能力を発現させようと構えを取っていた。
「火炎八式・静。連結火彩!」
私は本来動かないはずの体を、装備した炸裂鉄拳と圧縮拳銃を駆使して無理矢理動かす。圧縮拳銃を足元に撃ち、その場から離脱した。その一瞬後、私がさっきまで倒れていた場所が炎に包まれる。その炎は連なりながら私に向かって飛んでくる。
赤の因子の本気は、この程度ではないはずです。
もう少し、もう少しだけ様子を見ましょう。
「火炎八式・動。包囲」
ほんの一瞬目を離した隙に、赤の因子は私の目前にまで迫っていた。
「んふふ。私に抱きしめられながら焼き殺されるのですから、喜びなさい」
両手を拘束され、抱きしめられるような体勢になる。
後ろから灼熱の炎が迫ってくる。身動きは取れない。
「このシチュエーション。最高じゃないですか」
ずっと待っていた。
不可避の一撃が、私を襲うのを。
これで、あれが発動できる。
「デッド・プログラム。八七システム稼動開始」
ぼそりと、そう呟く。
「何か言いましたか?」
いまだ余裕の笑みを浮かべる赤の因子。
「放て。”元凶”」
私は、赤の因子ののど元に噛み付き、そのままのどを噛み切る。
「はい?」
状況を理解出来ていない赤の因子は、呆けた顔をする。やがて後ろから迫っていた炎が私達を包み、大火柱と化す。
私は自分の体に炸裂鉄拳を打ち、その炎から逃れる。
「少し焦げちゃったかな」
私は自分の体を見回しながら体の調子を確認する。
「いやー、”罪罰”のほうは全く戦闘センスがないねぇ。こんなにスペックが高い体してるんだから、この程度の敵なら寝てても勝てるでしょ」
首を鳴らし、火柱のほうを見る。
赤の因子は、まだ出てこない。
「なんだ。その姿は」
いつの間に現れたのか、私の後ろには男が立っていた。
「たかが尻尾と翼が生えただけでしょ。そんなに驚かないでよ」
私は笑顔を向ける。ちゃんと笑えていただろうか。
「お前は、何なんだ?」
「私? 私はねぇ」
今度はほくそ笑みながら、言い放つ。
「幻竜の遺伝子体を含んだ、元”流麗の因子”ですよ」
「ハイブリッドか」
「そう。元々普通の人間だったこの子の体に、私の遺伝子を入れ、それが体に馴染むと、次は因子をその身に定着させた。そして、それが安定すると、今度は人間兵器として体を改造した」
それが、亜麻神一族の分家にして、唯一戦闘を許可された分家、過祭家の次期正戦者である奈罪だ。
「やってくれましたね!! 人間風情が!!」
火柱からは、炎を纏った赤の因子が現れる。
「炎熱二十五式。炎熱姫」
きらきらと輝く赤の因子は、一瞬見えなくなったかと思うと攻撃がぎりぎり届かない距離までつめてきていた。そう、本来だったら攻撃が当たらない距離だ。
「うざい! あつい! じゃま!」
私は、目に見えない速度で向かってきた赤の因子を、長く伸びた尾で払う。
「私、あんまり暑いの好きじゃないんだよね。何が言いたいかっていうと。さっさと死んでってこと」
私は早々に捨てた重力操作型収束機銃を拾い上げる。
「これ、本来は普通の人間が使っても効果が薄いんだ。けれど、私のようにある能力が高い者が使うと、本来の性能を発揮する」
「あなた……化物じゃない」
因子であるこの子には、私の中に埋め込まれてる無数の魂が見えているのかも知れない。
まぁ、そこは気の毒に思う。
「さて、これを打ってお終いにしてもいいけれど、やっぱりもう少し、こう、なんだろうな。そう! 劇的なほうがいいでしょ」
そう言って私は因子と距離をとる。
収束機銃は、また放り捨てる。これはまた使う機会があるだろうし、今使って対策を練られるとこの先困ったことになるだろう。なら、私の些細な攻撃手段を披露するほうがいい。
「構えな。あんたの最大出力を、全力を私にぶつけてきなよ」
不敵な笑みを浮かべながら、相手を見る。
「そこのあんたも、まとめてかかってきていいよ」
男のほうに目を向けて言うが、戦う気がないのか、壁に寄りかかっている。
「火炎終式。炎」
炎が静かに、因子の左手を包む。
ぱっと見はさっきまでの攻撃のほうが派手で強力そうだが、雰囲気で分かる。あれは絶対に受けてはいけない能力だ。
「炎熱終式。燃」
大火炎と言うべき炎が渦巻き、右手を覆う。
こちらは本当に最大出力で殺しにかかってきている雰囲気が伝わる。
「火炎熱合式。炎破」
両拳を前面に突き出した体勢の因子が、私の目の前に現れる。高速移動をしたらしい。
両拳から放たれた強大な炎の塊は、その直線状の空間すら焼き尽くすだけでは終わらず、両拳から前の空間、つまりは私達がいる空間ほとんどを、その劫火で焼き尽くしてしまう。
「これを食らって、生きていた、者は、一人もいませんでした」
「まぁ、確かに直撃なら死んでただろうね」
私は、因子の後ろに立ち、手で顔を仰ぎながら言う。
「あなたの全力、しかと見させてもらいました。けれど、これじゃ、まだ足りない。私を殺したければ、自身すら焼き殺すほどの劫火じゃなきゃ」
尾を振り上げ、直下の因子を叩き潰す。何度も、何度も地面を叩きつけ、後ろの炎が消えるまで延々と振り上げては振り下ろしを繰り返す。
「そういえば、男はどこ行った?」
私は辺りを見渡す。だが、私以外、この空間で立っている者を見つけられない。
「逃げたんですかね。どうでもいいけど、逃げるなら逃げるって言ってから逃げて欲しいわ」
私はいらだちながら尾を叩きつける力を強くする。
「もうちょっと、骨のあるのとやりたいですね」
そう思い、私は薄暗い通路に入ろうとした瞬間、それは降ってきた。
「断殺」
私の頭目掛けて刃が飛んでくる。
すんでのところで刃を受け止め、掴んで奪い取る。
「舐められたものです。この程度の刃で、私を斬ろうだなんて」
見れば、短剣だけでなく腕も奪い取っていた。
「脆いですね、人間」
男はなおも残った左手で刀を振り、私に襲い掛かる。
見ていられなかった私は、男の顔面を掴むと地面に思い切り全力で叩きつける。頭部が砕け散り、勢いがよすぎて肢体が宙を舞う。頭がなくなった肢体は、やがて地面に落ちて地面に赤い模様を描く。
「うーん。少し雑な殺し方でしたね。ごめんなさい」
私は肢体に向かって頭を下げると、途端関心が薄れて再び通路に向かって歩き始める。
「あーあ、もっと殺したいな。人間」
そう呟いた言葉は、通路の奥の闇に飲み込まれ消える。
「元凶は無事覚醒したか」
「ねぇ、私の半身は何を手こずっているの?」
「まだ完全な目覚めとは言い難い。今会って食っても、君が完全体になることは出来ない」
「うーん。分かってるけど、でも、あの子、私以外の女の子と戦って嬉しそうにしてる」
「すべて思い出すその瞬間まで、あと少しの辛抱さ」
「フリージアは、またあの子と食うか食われるかの殺し合いが出来ればいいのに」
「完全でないあの子と戦っても、楽しくないだろう」
「さぁさぁさぁ。全てが血色に染まるような楽しい楽しい殺し合いをしましょうよ! 災厄! いいえ。今はこう呼ぶべきかしら。ねぇ漆!」




