【黒葉】
僕達は先の見えない薄暗い通路をひたすら歩いていた。
物音が一切なく、僕達の足音のみが不気味に響き渡る。
『漆。分かってると思うがあまり能力を使うなよ』
”漆黒”は僕を気遣ってか、周りに声が聞こえないように顕現せずに話しかけてくる。
分かってる。
僕が能力を使うということは、自分の体にどういう影響を及ぼすのか。
「でも、今僕の体への侵食は鬼神の血が入ったことで止まっているはずだ。だったら僕がいくら能力を使おうが体への影響はほとんどないんじゃないのか」
『突然変異が無いわけでもない』
「突然変異?」
聞かない言葉だ。
因子に定着された人間の末路は、侵食による”因子体”へ変貌するか、体が侵食に耐えられず四、五年で寿命を迎えるか、そのどちらかだ。
『因子体は、人間が因子の侵食に耐えられず、因子が暴走を起こすことだ。けれど突然変異は、人間が完全に因子を制御下に置き、その能力を十全に使えてしまうことだ』
「それだけ聞いていると、別に不都合は無さそうだが」
『突然変異を起こした人間が、最後はどうなると思う?』
やはりいいことばかりではないらしい。
「どうなるんだ?」
『最後は、その人間自身が因子になってしまう』
因子を制御下に置き、その能力を十全に扱うことのできる存在。そんなものは因子以外にはいない。分かりきっていることじゃないか。
『けれど、因子にならない人間もいる』
「それはつまり、人間のままで、侵食や制限もなく、因子の能力を扱うことが出来ると言うことか?」
そんな人間がもしも存在するのであれば、能力次第ではたった一人で一国を滅ぼすことの出来る能力を持っていることになる。
そう、例えば黒に連なる因子や、赤に連なる因子。確率的には限りなくゼロに近いそれも、しかしゼロではない。
『過去に三度、突然変異を起こしても人間のままだった例がある。けれど今現在その人間達が生存しているかは不明だ』
「消されているだろうな。そんな存在、亜麻神の人間が許すはずが無い」
あそこは何よりも変化を嫌う一族だ。もしも、そんな存在が確認されれば、何よりも優先して潰しにかかるだろう。
それは、世界の脅威になるから。
『ドイツ、アメリカ、オーストラリア。その三カ国で発見された突然変異種は、世界各国で編成された撃滅部隊の手で跡形も無く消されたと言われているが、その内の一体の死体を、白神一族が回収したとの噂がある』
「その死体と今回の件、何か関係があると思うか?」
『思っていなければこのタイミングで話はしない』
それはそうだ。
「けれど、ならどうしてあいつらは僕を連れ去ろうとしたんだ? 僕はそんな突然変異種のことは今知ったし、僕自身が変異種というわけでもない。なら何故、あいつらは僕を狙う?」
『問題はそこだ。白神が貴様を狙う理由はそもそも無い。私とセットで狙うのであれば理解が出来るが、貴様単体で狙ってくる理由が分からないんだ』
僕には狙われるほど価値はない。それは自分自身がよく理解している。だから分からない。
「お、なんか広いところに出たぞ」
御崎の一言で、僕は一旦思考を停止させる。見渡す限り暗闇だった通路とは違い、いくつもの照明が空間を照らしている。
その中央には黒の少女が立っていた。
「まちくたびれました」
もじもじと恥ずかしそうにするその少女を見て、御崎はなんだか複雑そうな表情をする。
「こんな可愛いお嬢ちゃん一人とは、俺たち舐められてるんじゃないのか?」
それに答えたのは奈罪である。
「いや、彼女は因子序列第三位、黒に連なる因子の一つである”黒葉”の因子です」
「第三位ねぇ」
なおも納得できない御崎は、一歩前へ出て黒葉に直接語りかける。
「お嬢ちゃん、本当にそんなに強いのか?」
子供に話しかけるように喋る御崎。その口調が嫌だったのか、黒葉は辺りを黒く染め上げるほど強大なオーラを放ち、その外見からは想像が出来ないくらい恐ろしい表情になる。
「この前は殺すなといわれていたから、ほんきは出せなかったけど、今回は何人殺してもいいといわれたから、とりあえず」
一旦言葉を区切り、黒葉は御崎を凝視して言い放つ。
「あなたから、殺してあげます」
空間内に黒葉の殺気が満ちているのが分かる。無数の照明で明るかった空間が、今はなんだか薄暗く感じる。
御崎は槍を構え、迎撃体勢をとる。
「第三位様直々のご指名だ。ここは俺が一人でやる。漆は先に行って、姉さん探して来い」
「でも」
「大丈夫。俺を誰だと思ってる? たかが因子程度に殺されはしないよ」
相手は第三位だ。いくら御崎が強いと言っても、黒に連なる因子をたった一人で相手取るのは自殺行為と変わりは無いだろう。
僕が逡巡していると、御崎の隣にルチルが立ち、飄々と僕に言ってくる。
「私も残るよ。歩くの面倒だし、何よりこの子とはまだ決着がついていない」
珍しくルチルがやる気らしい。まぁルチルの目的は成果を持って帰ることであって、僕に助力するためにここにいるわけではない。なら第三位を撃滅できるこの場が、ルチルにとっては一番適当だと判断したんだろう。
この二人で連携が取れるのかが疑問だが、今は考えている時間は無い。
「じゃあ、二人に任せた。後からちゃんと追って来いよ」
「分かってるよ」
「めんどくさくなかったらね」
僕は二人の返事を背中に受けて、再び暗い通路へと走り出す。
「黒葉だけでは、二人を止めるので精一杯か」
「まだこの後二つほど関門があります。そこで残りの一人と一つも足止めできるでしょう」
「過祭の娘は問題ではない。問題なのはどう”漆黒”と漆を引き離すかだ」
「それについてはもう策を講じています。ここに辿り着けるのは、漆唯一人です」
「”崩壊”が目覚め、フリージアがその姿を現すのも、時間の問題か」




