第四話『始まりが終わるとき』
横浜港から船で一時間弱沖へ行くと、地図には載っていないだろう小さな島が現れる。一見して何もない無人島に見えるが、その下には巨大な地下施設が存在する。
秘密主義の白神一族が保有する三つの研究施設のうち、所在地が開示されている施設はここしかない。もしも愛海が連れ去られた場所がここではなかったら、愛海の命は絶望的だろう。
「さて、施設の入り口はどこかしら」
颯爽と船を降り、島を見渡す唯香。
まだ日が高いのにも関わらず目の前に広がる森林は鬱蒼として、奥まで見渡すことができない。小さい島だが、この中からたった一つしかない施設への扉を探すとなると、いったい何時間かかるのだろうか。
「ちまちま探すの面倒だから、全部消し飛ばしますか」
「え? 消し飛ばすって……」
まさか。と僕が言う前に唯香は構えに入っていた。
「炎熱二十式。滅火」
突き出された両手から光の矢が放射され、地面に着弾する瞬間地形が変形するほどの爆破が起こる。
爆破時の強烈な光に視界が奪われ、体感温度が一気に上昇する。
どれくらいの時間爆破が起きていただろうか、爆破の音が止み恐る恐る前を見てみると、そこには着いた時とはまるで違う島の姿があった。見渡す限り広がっていた森林は跡形もなく消し飛び、島の半分が更地に変わり果てていた。
「……」
言葉が出なかった。
いくら探すのが面倒だからと言って、島の形を変えるまでするなんて、僕の妹は規格外だと言わざるを得ないな。いや馬鹿なのか。どっちでもいいか。
「さて、と。どこかに人工的な物体はあるかな?」
人間の所業とは思えないことをした直後だというのに、唯香は気にも留めていない。良くも悪くもこういった行為には慣れてしまっているのだろう。
”純潔”の正統後継者。か。
僕が思っている以上に、それは重く彼女に圧し掛かっているのだろうか。
こういう行為に、何も思わなくなってしまうくらいには。
「派手に荒らしてくれたな。お前ら」
目の前には、つい昨日まで僕達の家にいた殺が立っていた。仕事の時には必ず着ている黒いスーツに愛用の刀。完全に臨戦態勢だ。
「あの攻撃の中で、よく五体満足でいられたね」
「まぁね。伊達にこの年まで生き残ってないってことさ」
「そう、だったら今度は確実に殺してあげる」
唯香の体を炎が包み、やがて形を成してゆく。因子の臨戦時の正装はドレスなどが多いが、唯香の紅蓮の因子は赤く輝くロングコートで、海風になびくその姿は王者の風格が感じられる。
「炎熱五式。憐火」
唯香の周りに複数の燃える球体が発現する。
それを見た殺も鞘から刀を抜き、陰険の構えを取る。二人の間に流れる空気が張り詰め、いつ激突しても不思議ではなかった。
「お兄ちゃん」
そんな中いつもとあまり変わらず声をかけてきた唯香に、僕は少し驚いた。いくら慣れているとはいえ、この状況で普通は話しかけてこないだろう。
「なんだよ」
僕は緊張しながら返事をすると、唯香は驚くことを口にした。
「敵に囲まれた。人工因子が二百ちょっとかな。私の方で全部塵にするから、お兄ちゃんは早くお姉ちゃんを探し出してきて」
敵は目の前の殺だけだと思っていたが、どうやら違うらしい。僕達がこの島に上陸した時点で既に囲まれていたのだ。きっと唯香はそれを理解した上で、始めから強力な攻撃を仕掛けて数を減らしたのか。
それでも二百強も残っているらしい。
「一人で大丈夫か?」
「いると邪魔だから先に行っててって言ってるんだけれど」
少しイライラしたような口調で言われ、僕は「……そうか」としか返事ができなかった。
「じゃあ先に行ってる。油断するなよ、相手は鬼神だ」
「分かってる。お姉ちゃんの方は頼んだから」
唯香をこんなにも頼もしく思ったのは初めてかもしれない。普段は飄々としていて、シスコン気味な唯香だが、こと戦闘となると生来の負けず嫌いが強く働くのだろう。
僕は目を閉じて意識を集中させる。
少し前まで普通に使っていたのに、こうして短期間でも使用しないとちゃんと制御できるか不安だ。
ゆっくりと目を開け、視線は空に向ける。
「黒翔一式。比翼」
更地の景色から一変、島全体を見渡せる高度まで上昇する。
とりあえず島の反対側に行こうと思い、方向を定める。直下では爆発や金属音、地面が砕ける音や空気が振動したりしていた。僕の離脱と同時に戦闘が始まったのだろう。
そちらは唯香に任せて大丈夫だろうから、僕は僕の心配をするか。
「まぁ、予想はしていたが、こんなにいるなんてな」
周りには鳥類を模したエネルギー波が所狭しと展開されている。
きっとこれを発現させた因子がいるはずだ。
「でも、今はこんなところで体力を消耗するわけには行かないんでね」
前傾姿勢を取り、島の反対側にある絶壁を見据える。
「黒翔二式。光翼」
足下に光を集約させ圧縮し、それを一気に拡散させる。開放された光が元に戻る際に生まれる推進力で目標地点まで一直線に降下する。
「川端槍術攻の型一番。突き殺し」
目標の降下地点には歪な槍を構えた男が立っていた。真っ直ぐ僕に向かって繰り出されたその技が、僕の鼻先まで迫ってくる。
避けられない。
そう確信したとき、僕の内側から声が発せられる。
「障壁三式。円障壁」
視界が黒く染まり、何が起こったのかすぐには理解が追いつかない。
肩から地面に着陸してしまい、衝撃を吸収しきれずに何回転もしながら這いつくばる形で止まる。
「よぉ。久しぶりだな、漆」
歪な形をした槍を肩にかけ、清々しい笑顔で話しかけてくる。
「御崎。お前何してるんだこんなところで」
僕の唯一とも言える友人、御崎静矢が立っていた。
「今日は”御崎静矢”としてここにいるわけじゃないよ」
「じゃあ、お前も参戦するのか」
「まぁね。こんなに面白そうなことに首を突っ込まずにはいられないだろ。それに参戦するのは俺だけじゃないしな」
御崎は後ろを振り返る。僕もつられてそちらに視線を向けると、見知った顔を見つける。
「ルチル。お前帰ったと思ったぞ」
鬼神本家から自宅に帰るときに、ルチルだけその場からいなくなった。僕はてっきりもう母国へ帰還したのかと思っていたから、この場にいるのが驚きだ。
「私だって帰って休暇を申請したかったですよ。けれど、何の成果も結果も持って返らずに帰ってもまた働かされちゃいますし、それだったら近場で成果を挙げようと残った次第でございまする」
相変わらずめんどくさそうに喋る奴だ。けれど、ルチルがいるといないのとでは戦力に雲泥の差が出る。まだ帰還していなくて感謝したいくらいだ。
「お久しぶりです。漆さん」
ルチルの横にはブレザーを着た女子学生が、目を輝かせながら僕を見つめていた。
「過祭。お前も来たのか」
「奈罪とお呼びください」
どうしてこんなにも懐かれてるのかは不明だが、こちらも変わらず元気らしい。
「で、奈罪も戦うのか?」
「はい! 私も晴れて十五歳になりましたし、やっと公式に戦闘への参加が認められました」
過祭家。
亜麻神一族の分家にして、戦闘専門の一族。幼少期から戦闘訓練や実践研修などを経験し、十五歳になると正式に戦闘や作戦に参加できるようになる。僕は昔あらゆる経験を積むために、亜麻神の分家をすべて回っていた。僕の戦闘スタイルはこの過祭家のものと、鬼神の前身と言われる一族の戦闘スタイルをミックスさせたものだ。
そしてそのときの姉弟子が、奈罪である。
「さて、これで役者も揃ったし、後は入り口を見つけるだけだ」
「入り口なら、ここだ」
一体いつから顕現していたのか、後ろには”漆黒”がいた。
それにしても、心臓に悪いからいきなり出てくるのはやめてもらいたい。
”漆黒”の視線の先を見ると、そこにはよく見なければそうとは分からないほど景気に溶け込んでいる扉があった。
「入るか」
僕は扉に触れながら目を閉じて意識を集中させる。
この状況で一番ふさわしい攻撃能力は、これかな。
「漆黒二式。連鎖」
始めは小さな亀裂が入り、やがてそれが扉全体に広がっていって静かに崩壊していく。
「ここまで静かな『連鎖』は見たことがないな」
「アレンジしたんだよ。元のままだと負担が大きすぎるからね。さ、行こうか」
僕は扉の奥、暗闇が広がる通路へ歩き出す。
左手が、みんなに見えないように。
「やっと来たみたいですよ。白霧さん」
「そうか。計画の進捗はどうだ?」
「順調ですよ。あとは”崩壊”の完成を待つだけです」
「”漆黒”はまだ、あのままか?」
「はい。未だ覚醒はしておりません。ですが”崩壊”が目覚めれば、必ず”漆黒”はその役目を果たすことでしょう」
「あと少しだ。あと少しで天城が完成する。さぁ、早くここまで辿り着きたまえ。亜麻咲漆」
だいぶ迷走してるなぁと、自分で思ってます。
もう少し文章書くの上手くならないかなぁと思う今日この頃。
ここからまた戦闘しかない回が続きます。
前回までの回を挟んだのには理由もありますので、決して無駄な回ではなかったと思っています。
次回もよろしくお願いします。




