不幸の手紙
拍手小話No.9
本編19、20話参照
「そういえば、手紙の内容って、何だったんスかねぇ」
もっしゃもっしゃとオクラの肉巻きを頬張りながら、ふとチェスナットが言った。
もう終わったものと思っていた話が蒸し返されて、リコリスは弟子に呆れた視線を向ける。
あれだけ機嫌を損ねていたライカリスに、よくもまたその話題を振れるものだ。
そんなに気になったのか。
だが、てっきり無視するものと思っていたライカリスは、無言で懐に手を入れた。
シャツの胸ポケットから皺だらけの紙を引っ張り出し、無表情のままそれをチェスナットに差し出す。
話を振っておいて、実は返事を期待していなかったらしいチェスナットは、ぽかんと口を開けてそれを見た。
「あ、えーと、拝見するッス」
何度も瞬きをした後、チェスナットは手紙を受け取り、太い指でカサカサとそれを広げた。
――その瞬間、ビキッと音がしそうなほど見事に、チェスナットが硬直する。
額から滝のような汗が流れ始め、見る見る顔が真っ赤になっていくのを、ライカリス以外の全員が驚きをもって見つめた。
「……何が書いてあったんですの?」
ペオニアがそっと問いかけると、チェスナットはカッと目を見開き、
「うわあああ訊くな見るな俺には何も言えねえええええっ!!」
小さな家中に響く音量で叫ぶと、椅子を蹴倒して立ち上がり、手紙を隣にいたウィロウに押し付けると勢いよく走り出した。
途中床に伏せ(させら)ていたウィードの尻尾の先を踏んずけ、「ギャン!」と悲鳴が上がったが、それにも構わず扉を跳ね除け走り去る。
「うおおぉぉ」と雄たけびが遠のいていった。
『……………………』
唖然呆然の沈黙がその場に降り、自然と全員の視線がウィロウの持つ紙に向く。
「……」
「な、何が書いてあるんだ?」
ファーが不思議そうにウィロウの手元を覗き込む。
「――うひっ?!」
そして、チェスナットと似たり寄ったりの反応を示して、固まった。
その諸悪の根源を手にしているウィロウの頬を、つつつ、と一筋の汗が伝い、彼は無表情に食事を続けるライカリスを見た。
「…… 燃やしますか」
「ええ。では、今すぐに」
鷹が邪魔をして処分できなかったんです、と忌々しげに言ったライカリスがひとつ頷くと、ウィロウも頷きを返して席を立った。
向かう先はキッチンだ。
異様な雰囲気に気圧され、女性陣は何も言えないようだった。
「……」
リコリスが呆れた視線を男たちに配ると、ライカリスはそこでやっと表情を見せた。
欠片も笑っていない目をしているくせに、にっこりと笑みを作る。
「リコさんに知られるくらいなら潔く死を選びます」
「……いや、何も言ってないし」
「どうしても知りたいなら、先に私を殺してくださいね?」
「だから、別に知りたくないってば」
差出人が変態悪魔で、ライカリスと弟子たちのあの反応である。
(誰が読みたいもんか、そんな不幸の手紙……)
好奇心よりも心の平穏を選んだリコリスは、呆れた顔でライカリスの額にデコピンを入れ、呻いた彼を余所に食事を再開するのだった。