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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
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真夜中の本音

翠月さまへ

お題「リコリスがいないと駄目な所とか、もういっそすごい嫉妬心丸出しな感じのライカリス」

 隣から聞こえた小さな小さな呻き声が、リコリスの意識を夜の闇へと引っ張り出した。


「…………ライカ?」


 まだまだ夜明けには程遠い時間、リコリスが体を起こして隣を見れば、枕に突っ伏しているらしい相棒が、酷く魘されている。

 暗くて表情は見えないが、それが余りにも辛そうで、リコリスは咄嗟に手を伸ばした。


「ライカ。ライカ」


 震えている肩に触れ、揺さぶる。体には異常なほど力が入っているようだった。


「ライカ!」


 少し強めに声をかけると、触れた肩がギクリと揺れた。

 暗闇に目が慣れてきたリコリスが見つめる先、ライカリスの瞳が薄らと開く。


「……大丈夫?」

「…………リ、コ?」

「うん。魘されてたよ。すごい汗だし……ねぇ、大丈夫?」


 前髪を払うように掻き上げてやれば、前髪も額も汗でしっとりと湿っている。

 一体どんな夢を見ればこうなるのだろうか。

 リコリスは眉を寄せ、震えているライカリスの髪を梳いた。


「リコ……リコッ……!」


 唐突に悲痛な声で叫んだライカリスが、体を起こし、リコリスにしがみついた。

 中途半端に身を起こしていたリコリスは、それで後ろにひっくり返され、相棒の上半身の下敷きになった。


「ぐ」

「リコ、リコ……リコ」


 うわ言のようにリコリスの名を繰り返し繰り返し呼ぶその声には、涙の気配があり。

 潰されて苦しいが、ここで少しでも逃げる素振りを見せれば、更に取り乱すことは想像に難くない。


「ここにいるよ、ライカ。大丈夫……大丈夫」


 リコリスはゆっくりと呼吸しながら、震える背を撫で続けた。




 どれだけそうしていただろう。

 リコリスの体が痺れを訴え始めた頃、ライカリスの震えが止まり、そしてふと圧迫感から開放された。

 ようやく許されたまともな呼吸に安堵しつつ、相棒は目を覚ましたのかと見上げれば、酷く不機嫌な顔が目の前に。


(うわぁ、これまだ寝惚けてるわ)


 というよりも、半分起きて、半分寝ている。

 一緒に暮らし始めてから、たまにこういうライカリスを見たことがある。


(えー……、どうしよう)


 どうしたものかとリコリスは頬を掻いた。

 この状態の相棒は恐ろしく扱いにくいのだ。普段どれだけ我慢を強いてしまっているのかと、リコリスが不安になるほど、自分に非常に正直になる、と言えばいいのか。


「……ライカ、大丈夫?」


 額に向けて伸ばした手は、しかしそこに届く前に防がれた。

 指が絡め取られ、痛みを覚えるほどにきつく握り締められる。


「……ねぇ、リコ」

「ぃてて……ん? 何?」

「リコは、他の牧場主の人たちに帰ってきてほしいですか?」

「はい?」


 囁きは寝起き特有の掠れ含み、不機嫌さを示して低く。

 その声で、ライカリスは脈絡のない問いを落としてきた。本当に脈絡がない。


「帰ってきてほしい? 例えば、あなたのご友人たちとか」

「……そりゃ、まぁ」


 問われ、リコリスの頭を、ソニアを始めとした数少ない友人たちが過ぎる。

 いまいち意図を理解できないリコリスは、うっかり素直に肯定しかけたが、握られた手にギリ、と力を入れられて、慌てて言葉の続きを飲み込んだ。

 しかしライカリスは目を細め、悔しそうに顔を歪める。


「……そうですよね。帰ってきてほしいに決まってる」

「おーい……ライカ? ちょっと」

「でも……でも、私は嫌です。だって、あの人たちが戻ったら……リコは私を置いていくでしょう?」


 強い恐怖と、そして怒りに震える苦しげな声が、リコリスを詰る。暗褐色の瞳の中に、昏い昏い火が灯り、揺れた。


「置いていかれるくらいなら……あなたが他の誰かと一緒にいるのを見るくらいなら、私は……っ」

「――そりゃっ」


 ごすん。

 リコリスの気合の入った掛け声と同時に、人の額と額がぶつかるいい音がした。

 その拍子に、掴まれていた手が緩む。


「いっ……」

「……ったい」


 ライカリスは額を押さえたが、リコリスも痛みに短く呻き声を上げた。恐らく防御力の関係で、リコリスの方が痛かったはずだ。

 が、余韻に浸る暇はない。

 まだ額をさすっている手を払いのけ、両頬を掴んで、リコリスは涙目で相棒を見つめた。


「……リコさん、痛いです」


 どうやら無事(?)目を覚ましたようだ。

 リコリスは引き攣った笑みを浮かべる。


「そうだねぇ、私も痛い。すっごい痛い。――で、どんな夢を見てたわけ?」

「……夢?」


 途端に、ライカリスの瞳が揺れる。

 もうあの不安定さまでは戻ってはこなかったが、代わりに揺らぎは大きくなり、そのまま雫になって長い睫を濡らした。


「あぁ、もう。今度は泣くの? ほら、おいで」


 頬に置いた手を外し、そのまま手を伸ばして頭を引き寄せる。

 素直に下りてきた頭をぎゅっと抱き込めば、肩口で小さくすすり泣く気配があった。


「だっ……て、リコさん、あの人たちと楽しそうに笑ってて……私のことなんて……っ」

「んー、嫌な夢だねぇ。でも、夢は夢だよ。本当じゃないんだよ」


 小さな子どもに言い聞かせるように、リコリスはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「誰が戻ってきたって、置いてったりしない。一緒にいたいと思うのは、ライカだけだから。そんな風に泣かなくていいの」

「でも……っ」

「泣かないで。大丈夫だから。大丈夫、一緒にいようね。……ずっと隣にいてね。お願い」

「……っ、…………はい」


 ライカリスの腕がリコリスの背に回り、小さな頷きがひとつ。

 それに応えるように、リコリスは相棒の頭をそっと撫でた。

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