星河祭編(小話あり)
祭りNo.1 『星河祭』
開催月:夏の月
期間:19~25日
概要:七夕 兼 お盆
御霊石というこの時期に光を放つ特殊な石を笹に飾って、先祖の霊をお迎えするお祭り。
笹に飾られた御霊石は帰ってきた魂の仮宿になるとされている。
また、この時期だけに採れるリュラの花とナスルの実で、星飴というお菓子が作られる。
No.1 『カリステモン・フェイレル』
星河祭編のある意味主人公。幽霊。半透明のくせに濃い。
生前は金色の髪に色白で、自惚れるのも理解できる綺麗系だった。
青白く半透明になった今でも、その甘いマスクは健在……だが、言動がおかしいせいでそのあたりを意識してくれる者は皆無。所謂残念なイケメン。ナルシスト。
運命の女神とか、雪の女神とか、愛の女神とか……女神しかいないのかと。
でもそんなふざけた言動でも根は一途で、恋人のために体を張って命を落とし、死んでも恋人のことを想い続けた男。
ちなみにウザイは褒め言葉。
No.2 『ユーフォルビア・リッカー』
星河祭編のヒロイン的立ち位置にいる女性。故人。
若い頃から綺麗な銀髪をしていて、しかしそのことが悲劇の引き金を引く。
帰ってこなかった恋人を想い続け、生涯独身で通した。
厳しさも優しさの裏返しという普段から若干ツンデレ傾向だが、これがカリステモンの前になるとツンデレ炸裂状態になる。
年を取って死ぬまでカリステモン一筋を貫いたため、彼がいなくなってからの男性経験は皆無。初心なお婆ちゃん。
リコリスとの関係は祖母と孫ではなく、対等な友人同士に近い。
以下、リコリスたちが去った後の2人です。
本編だけで留めておきたい方はお戻りください。
&ラブコメ暴風警報発令中。
『嬉しくない新発見』
リコリスたちの去っていく背中を、ユーフォルビアは見つめていた。爽やかに可愛い笑顔で無茶振りをしていった年若い友人を。
その影が炎の向こう側に消えても未練がましく……というより、むしろ後ろを振り返ることができないからこそ。
「……」
幽霊の身の上になって、生身の頃の感覚のほとんどを失った。だというのに、背に刺さる視線を感じ、妙な汗が流れるような気がする。
「……ユーフィ」
窺うような、控えめな声は背後から……耳元で。ユーフォルビアがギクリと肩を揺らせば、そこにそっと温度のない手が触れてきた。
温かくも、冷たくもない。だが確かに触れられている感覚があるのが不思議だ。……そう思うことすら現実逃避だが、このままというわけにはいかないのも、理解している。
(……とにかく、謝らないと)
素直に言葉の出てきてくれない己の口が憎たらしいが、これだけは言わなければ。
(ひどいことを言ってごめんなさい。ひどいことを言ってごめんなさい。……よし)
心の中で何度か予行演習をし、ユーフォルビアは意を決して振り返る。うっかり睨みつけてしまったが、カリステモンは彼女が振り向いたということだけで喜びを見出せたらしく、嬉しそうに口元を緩めた。
その柔らかく優しい微笑みを見て、頭の中にあったはずの台詞がスパーンとどこかへ飛んでいく。
「あ……わ、悪かったわねっ! 私も一応反省しているんだからっ」
……だから何故。
口をついた言葉は、事前に考えていたものとは180度違う、あまりにも尊大な謝罪だった。むしろ、謝罪かどうかも怪しかった。
カリステモンがいなくなって55年、生まれてから死ぬまでは73年。
後悔ばかりの人生をどうにか生きて、その間に少しは落ち着けたと思っていたというのに、いざ彼を目の前にすれば、まるで18の頃に戻ったかのようだ。もちろん悪い意味で。
若くして死んだカリステモンは美しいまま、対する己は老いて死んだ時の姿で。もちろんこの姿を卑下するわけではないが、それでも釣り合うとも思えない。その上、態度まで悪いとなると……正直最悪ではないか。
それなのに、カリステモンはふわりと、花が咲くように微笑むのだ。
本当に愛されているのだろうかと、いつかの自分を無闇に不安にさせたその笑みに、真実、慈しみと愛しさとが込められていることが、歳経た今ならば分かる。
しかしそんな成長も、態度に表せなくては意味がない。ユーフォルビアは改めて、誠意ある謝罪を、と口を開きかけたのだが。
至って幸せそうにニコニコしている男は、彼女の決意を簡単に覆してしまう。
「謝らなくていいよ」
穏やかな声に、嘘偽りはなかった。この男は紛れもなく、本気で言っている。
「ユーフィが謝る必要なんてないよ。悪いのは全部、僕。ごめんね……でも、会いたくて仕方なかった。本当は僕の手で、あの花を君の髪に挿してあげたかった。ずっとそう思っていたよ」
ユーフォルビアの右手を掬い上げ、その指先に唇を寄せながら、カリステモンは静かに告げる。
(この男は、いつもいつも……っ)
謝りたがっていた素直さがいとも簡単に身を潜め、ユーフォルビアは眦を吊り上げた。
「あ、あなたのそういうところが大嫌いだわ! いつも……いつだって、私の言いたいことを全部先に……!」
「あはは。大丈夫だよ! それで全部伝わったから! ――あぁ、幸せだなぁ。僕もう死んでもいい」
「とっくに死んでいるでしょう?!」
盛大につっこんでから、ユーフォルビアはない息を切らせるかのように、肩を上下させた。幽霊の身でなければ、血管の1本や2本切れていたかもしれない。
「ああ、その顔も素敵だね。ユーフィに睨まれると、胸がドキドキしすぎて困ってしまう」
はぁ……、と切なげにカリステモンが眉を寄せて苦笑する。
そもそも心臓動いてないから……とは言えなかった。彼の心臓が止まってしまったのは、自分のせいだ。
それなのに、この男は昔と変わらない笑みを、ユーフォルビアにくれる。恨むでもなく、ただ会えて嬉しいと言う。
55年の歳月、その途方もない後悔を思い出して、彼女は俯き、唇を噛んだ。
「……ごめんなさい」
やっと言えたそれは、掠れて、絞り出すように苦しげな声になった。
顔を覆ってしまったユーフォルビアの手を、カリステモンが掴み、軽く引く。もう片方の手が彼女の、皺を刻んだ頬を撫でた。
「謝らないで」
「…………」
どうあっても謝罪を受け入れるつもりはないらしい。物言いは柔らかいが、絶対に譲らないという意志が見え隠れする。
「でも」
「聞こえなぁい」
思わず睨みつけると、ふふふ、と楽しそうにカリステモンは笑う。
「あぁっ、もう、可愛いなぁ! 普段はあの雪の華のように気高く美しいのに、僕といる時だけ春の妖精のようだね!」
「………………73の婆を捕まえて何を言っているのだか」
しかも意味が分からない。
謝罪どころか、張り合う気力までごっそりと削がれて、ユーフォルビアはげんなりと肩を落とした。
「ユーフィはユーフィでしょう。僕の愛しい女神。君が僕を見てくれるだけで、言葉をくれるだけで、僕の世界に色がつくんだよ。春に、沢山の花が咲くみたいに」
頭の中に花が咲いたような男は、うっとりとユーフォルビアを見つめながらそんなことを言った。
どう考えても年寄りに言う言葉ではないのに、本気なのだ。
「そんな顔しないで。君は悪くない。何も気にしないで、僕を信じて、ユーフィ。なんだったら、町中飛び回って、愛を叫んでくるけど……」
「やめてちょうだい」
星河祭の短い間ですら、町にいられなくなる。
硬い声に提案を遮られると、カリステモンは不思議そうに首を傾げ……それから何に納得したのか、ひとつ頷いた。
「ああ、そうか。ごめんね、つい、君への愛が溢れすぎちゃって。こんなことばかり言っているから、ユーフィが不安になるんだよね。何も学べていない、僕ってば駄目だなぁ」
「……」
嫌な予感がして、ユーフォルビアが一歩引いた。
しかし、お花畑男はそんな彼女の腰に素早く手を回し、引き寄せてその動きを阻害する。輝かしい笑顔を恋人の顔に近づけ、蕩けるような瞳を真っ直ぐに彼女に向けて。
「愛を叫ぶなら、ユーフィに直接、だよね? ……ふふ、もうず~っと一緒にいられるんだから、僕の愛で溺れそうなくらい満たしてあげる。――愛しているよ、ユーフィ」
……そう、恐怖の宣告を。
(あぁ……幽霊でも背筋が寒くなることがあるのね……)
人生を終えてから新たな発見をするという、貴重な体験をしたユーフォルビアであった。
恐ろしくも嬉しいと思っていることは、当分伝えられそうにないまま……。
18歳以上の方へ。
この2人の後日談がムーンにございます。
ご都合主義万歳ですが、それでもという方はムーンライトノベルズにて、
『天国某所にて』または作者名『雨沐』で探してみてくださいませ。