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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
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鬼の霍乱

3月23日にムーン拍手で感想くださった方へ


お題「ソニアが風邪を引いたら」

「ソニア」


 牧場の外では冬真っ盛りだが、ここは変わらずの夏日和。

 日差しの下、鉢植えの薔薇の様子を見ていたソニアは、不意に腕をとられて振り返った。


「リビダ?」


 問いかける視線の先、ソニアの腕を掴んだまま、何故か眉を寄せるリビダがいる。その後ろでは弟が、同じような顔をして彼女を見つめていた。

 不穏な気配に、足が勝手に後退りを試みるが、腕が掴まれている以上それは叶わない。


「な、何?」

「……ちょっとじっとして」


 言うなり、リビダの大きな手の平がソニアの頬を包んだ。ぎょっと目を見開く暇もなく、吐息の触れる距離に端正な顔が近づく。

 そうしてソニアが思わず息を詰めるのと、彼女の額にこつんと何かが当たるのはほぼ同時だった。ひんやりとした、それ。


「リ……」

「やっぱり、熱があるね」


 額を合わせたまま、リビダが囁くように告げた。


(……熱?)


 焦点が合わないほど近くにある長い睫をぼんやりと見つめながら、ソニアは、はて? と内心首を傾げた。

 風邪を引いたのだろうか。

 全く自覚はなかったが、リビダの額も両手の平もヒヤリと温度が低く感じて、指摘通り熱があるのかと何となく納得できなくもなかった。


「大丈夫ですか、ソニア様」


 普段の浮かれ声とはかけ離れた真摯な響きが耳を擽ると、いつの間にか真横に寄り添うように立ったビフィダがそっとソニアの腰を抱いた。

 顔が開放され、いつもと違う雰囲気に戸惑いながら兄弟を交互に見遣れば、兄が弟とソニアを挟んで反対に立ち、彼女の手を攫う。


「今日はもう休んで。畑の世話は僕がやっておくから」

「えぇっ?」


 グローブに包まれた指先に口を寄せ、軽く口付けながらリビダがそんなことを言った。


「ビフィダ」

「うん」


 兄弟のやり取りは短い。それこそ、一言二言で用が足りてしまうのは、さすが双子というべきか。

 しかしそれ故に話についていけず、当惑するソニアの頬をリビダは優しく一撫でし、触れるだけのキスをしてから、宣言通り畑の方に歩いていってしまった。


「えぇと」

「さぁ、部屋に戻りましょう。ソニア様」

「あのね、ちょっと」


 とりあえず試みた制止は例によって華麗にスルー。

 抵抗を許さないくせに、それでいて優しく気遣いに満ちた腕が、ソニアの腰を支えて塔の方へと誘導した。




 ――そんなことがあったのが、既に数時間前。


 結果として、リビダの指摘したソニアの不調は正しかった。

 39度に届こうかという体温と纏わりつく倦怠感の中、ふかふかと柔らかいベッドに体を沈め、ソニアは深くため息をつく。

 この世界に来てから体調を崩したのは初めてで、だからこんなことになるとは考えてもいなかった。

 ちなみに『こんなこと』とは、風邪の症状のことではない。


(うぅ……怖い。こーわーいぃ……)


 塔に引っ張り込まれ、ベッドに入れられてから、ソニアはずっとそれだけを考えている。


 ――何が怖いのか? ……それは。


「ソニア様、喉乾いていませんか?」

「ブドウを貰ってきたよ。半分はジュースにしたけど」

「それとも、そのまま召し上がられますか?」

「…………」


 双子の声には裏も下心も不穏なものは何もない。あるのはただ気遣いと心配だけ。

 しかし普段を顧みるに、ソニアにはそれが恐ろしくて仕方がなかった。


 虚ろな視線を左右に動かせば、両脇から顔を覗き込んでいる双子。

 兄の手には、今貰ってきたと言ったブドウが1房、皿に乗せられている。

 1粒が大きく艶々としたそれは、きっとソニアの親友の牧場で貰い受けてきたのだろう。

 正直食欲は全くなかったが、親友の顔が思い起こされると沈んだ気分も僅かに浮き上がる気がして、自然とブドウにも心惹かれた。


「……そのままで」


 気だるげな要求に、リビダはひとつ頷いて、皿の上のブドウを1粒摘まむ。

 それを口に含み、皮を除くと、彼はゆっくりとソニアに覆い被さった。


「ん」


 何故わざわざ口移しなのか指摘してやりたいところだが、それも億劫で。

 何よりブドウは甘くて美味しく、そっと唇を舐めていく舌は普段からは想像できないほどに優しい。

 唇に残った果汁を舐め取る動きには、何かを求めるような強引さは欠片もなかった。


「……風邪、移ってしまうわ」


 瑞々しい果実に力を与えられて、覆い被さるリビダの胸を軽く押す。

 だが、そんな忠告に返されたのは苦笑だった。


「いいよ。貰ってあげたいくらいだ。それでソニアが治ればいいのに」

「……いや、全然よくな……っけほ」


 思わず普段の調子で声を出して、ついていけなかった喉が悲鳴を上げた。


「ソニア」


 咽たソニアをリビダが慌てて抱き起こし、支えたまま彼女の背をさする。そうしながらビフィダに目配せをし、それを受けて弟が軽く頷いた。

 今度は何をされるのか。その動きを視界の端に捉えたが、止めるのも面倒で。

 ビフィダは手にしていたブドウジュースを軽く傾けてから、リビダに支えられているソニアに顔を近づけた。


「……んん」


 差し込まれた舌が、飲みやすいようにと、器用に液体を誘導する。

 零すこともなく飲み下せば、まだ新鮮なブドウジュースの味が残る舌を優しく一舐め。

 しかしそれ以上はなく、ちゅと小さく音を立てた唇が、名残惜しげに離れていった。


 ジュースの味は最高だ。

 それにしたって親友が手塩にかけて育てた果物をこんな方法で……ああ、居た堪れない。


「だから、移ると言っているのに」


 ごりごり削られる気力をどうにか奮い起こして、ビフィダの顔に手を伸ばす。

 額を指先で強めに弾いてやれば、普段なら痛みに喜びを見出すだろう変態は、切なそうに瞳を揺らした。

 ソニアの手を取って、今彼の額に触れた指先に、唇を寄せる。


「俺に移して治るなら……。貴女がお辛いのは嫌です。代わって差し上げられたらいいのに」

「……」


 駄目だ。手に負えない。


(っていうか、怖い、怖い、怖ーいっ!)


 ベッドに横たえられ、ソニアはこの異常な状況に内心で盛大な悲鳴を上げた。


 一事が万事この調子なのだ。

 畑の世話に始まり、食事の用意、着替え、その他細々と、果てが見えないほどに甲斐甲斐しい。

 かけられる言葉も、「大丈夫か」「辛くはないか」「してほしいことはないか」と、どこまでもソニアを思いやるものばかり。心からの心配が伝わってくる。

 別に病人を慮るという点では何もおかしくはない。……のに。


 あれだけ毎日、本当に毎日行くところまで行っていたスキンシップが、今はその片鱗すら窺えないのだ。触れ合ってもキス止まり。

 兄弟共にそういった空気を作ることもなく、色気など感じさせないまま、ただただソニアの身を案じ、不調を憂う。

 普段が普段だけに、怖いやら気持ちが悪いやら。


(え、私がおかしいの? 捻くれちゃってる?)


 これだけ真摯に心配されておいて、これは人としてどうなのかと、自分でも思う。

 ついでに変態がなりを潜めて喜ばしいことこの上ないとも思う。

 思うのだが、逆に不安を煽られて仕方がないのである。


(悪化しそう……)


 冗談ではなく。半分以上本気で。


 ため息を堪え、視線を上向ければ、途端に目を引く2対の深緑。ソニアのものとはまた違う不安に揺れている。

 それを確認して、ソニアは今度はため息を抑えられなかった。


 ……ああもう、考えるのが面倒になってきた。

 というか、病人がこんな風にうだうだと悩むのはきっと良くない。


 ――だから。


 ソニアは熱い吐息混じりに双子を呼ぶ。


「……リビダ。ビフィダ」

「ん。どうしたの?」

「はい。ご主人さま」


 病人なんだから、少しくらい甘えても、我が侭を言ってもいいはずだ。

 ソニアは思考を放棄して、今の彼女の望みだけを口にすることにした。


「少し寝るから……2人とも、隣にいて。起きた時に、ここにいてちょうだい」


 途端、ぽかんと口を開けた双子に少しだけ気分をよくして、ソニアは目を閉じる。

 それからすぐに、2人が隣に横たわったようだが、わざわざ目を開けはしなかった。両脇にぴったりと、いつもより低く感じる体温があるから、確認する必要はない。


「おやすみ、ソニア」

「早く、よくなられますように」


 耳元への囁きと、優しく頭を撫でる手に漸く安息を得て、ソニアは意識を手放した。

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