喧嘩するほど
拍手小話No.40
華々しさはないが、静かな歓喜溢れる新たな人生の一歩を、2人寄り添って祝う。そのなんと幸せなことか。
互いの意志を確認し、しばし言葉なく空を仰ぐ。時折顔を覗き込んで、微笑み合って。
どれだけそうしていたのか、不意にその場に電子音が混ざり込んだ。
「おや」
「あら」
ガウラとエニスは揃って声を上げ、顔を見合わせた。
この音が鳴るということは、誰かがこの場所を訪ねてきたということだ。
色々と難しい状況ながら、互いの存在と年の功のおかげで2人には随分と余裕があった。だからこそ、訪問を知らせる音にも何ら動じることなく、静かに待つ。
――その直後。
ばさり、と大きな羽音がして、小屋の上に影が落ちる。
視線を上げれば、日の光を背に宙に浮かぶ、青空に相応しくない真っ黒な男が1人。
男は腕を組み、尊大に2人を見下ろしながら、大きく口を開いた。
「やぁっと帰ってきたのか、この耄碌ジジババ共! 自分の家を忘れるとはどんだけ耄ろぐぶっ……」
豪快な声の途中に重なるように、何かを引っ叩く軽快な音が重なった。
結果だけ言えば、叩かれた何かは人の頭で、叩いた何かは巨大なハリセンである。
黒い男は勢いよく落下し、そのまま下の地面にめり込んだ。
しかし、男が落ちても、小屋の屋根に映る影は消えず。ただ男のそれよりも随分と小さい。
「私の大好きなエニスとガウラに、何失礼なことを言ってくれやがるんですか。そのまま埋まってやがれですよ、このスットコドッコイ」
地面に刺さった男に冷たい一瞥と暴言を吐いたのは、今まさに男を叩き落した巨大ハリセンを持った、小さな少女だった。
たっぷりとした長い黒い髪をツインテールにして揺らしている。
「おやおや」
「あらあら」
突如目の前で始まったどつき漫才を、ガウラとエニスが目を丸くして眺めていた。
頬に手を当て、エニスがおっとりと首を傾げる。
「まぁまぁ、薊ったら、こんなに元気になって」
ガウラ以外の仲間がこの場にいたなら、そういう問題ではないとツッコミが入っただろう。
今、2人の目の前に浮いている少女。
吊り目がちで気が強そうで、口調や発言内容はああであったのに、全く表情がない。
そして病的を通り越して白い肌、カラスのように黒い髪の目立つこと。
どうしたって人間には見えないが、それも当然。
この少女、本来は人形なのだ。
髪はよく伸びていたが、動きも喋りもしなかった。
エニスが可愛がっていたはずの、和人形の「薊」だった。
そしてガウラもまた、のんびりと地面に生えた足に声をかける。
「おぉい、ニゲラや。生きておるかのぅ」
普通に考えて死んでいそうな有様だったが、呼ばれた足はわきわきと動き、生きていることを証明する。
「……! ……!!」
何やら喚いているらしいこの足……ではなくこの男。名をニゲラという。
こちらはこちらで、ガウラのよく見知った男であるはずだった。
地中深くに埋まった髪は黒く、目は赤く。
目つきの悪さと、口から覗く牙が特徴の、要は吸血鬼なのだが、その辺り全て埋まってしまっていて確かめようがない。
さて、引っこ抜いてやるべきか。
2人が顔を見合わせていると、彼らよりも先に薊の方が行動に出た。
「――エニス! おかえりなさい!」
高度を落とし、エニスの腕の中に飛び込んでくる。
その小さな存在に温もりはなく、柔らかさもない。
確かに人ではないが、エニスはふんわりと微笑んでその髪を撫でた。
「はい、ただいま」
「着物もよいが、その服も可愛いのぅ」
エニスの腕の中を覗き込んで、ガウラも笑う。
記憶の中ではいつも着物だった人形少女は、今はたっぷりとレースとフリルのあしらわれた、黒いゴシックドレスを身につけていた。
「ありがとうございます。ガウラも、おかえりなさい」
顔を上げた薊は相変わらずの無表情で、しかし声だけで褒められた喜びを伝えてくる。
「うむ。ただいま」
「――おい、この耄碌ジジババ! いつまで俺を無視する気だ! 寂しいだろうっ!」
薊に応え、ガウラも鷹揚に頷いたところで、大きな声が割って入った。
どうやら埋まっていた吸血鬼が自力で出てきたらしい。
パラパラと髪から顔から土を降らせながら、浮かびなおしたニゲラがまたも尊大に腕を組む。
そこに、エニスの腕から飛び出した薊が、ハリセンを振りかぶった。
「一生寂しがってろです!」
「嫌だ! 相手しろ!」
今度はハリセンの一撃を避けたニゲラが、体勢を整えてまた腕を組みなおす。
そこに更に薊が殴りかかって、後はその繰り返しだ。
「ほっ、仲良しじゃのぅ」
「本当ですねぇ、おじいさん」
呪いの人形と吸血鬼の空中鬼ごっこを眺める人間2人が、のんびりと笑って感想を述べる。
と、人外2人(?)が揃って動きを止めて振り返った。
「誰がこんな見た目だけしか可愛くないワガママ人形と! お断りだ!!」
「自分がちょっと性格いいからって言ってくれやがりますね、このポンコツ吸血鬼! 私だってあんたなんか全力でお断りです!」
空中戦続行である。
そして何度目かに顔を見合わせたガウラとエニスは、息もピッタリに頷きあい、「よいしょ」と小屋の屋根に腰を下ろした。
仲良きことは美しき哉。
そんな微笑みが、空中戦に向けられた。




