言いたかった言葉
拍手小話No.23
反応しないゲートに触れるのが日課になった。
諦めたはずなのに、それでも何の反応もないことに落胆を覚えるのは、やはり心のどこかで期待をしていたから。
……虚しい。
何度も何度もため息をついて、――やがて私は、その日課を捨てた。
それでも結局は、毎日毎日思い出す。
ある日突然消えてしまった仕事仲間。
別に思い出したいわけではないけれど、それだけこちらの生活に入り込んでいた……一言で言うなら奇人変人。
会いたくなくても向こうからやってきては私を振り回し、私は私で怖いもの見たさ的興味のために、何だかんだで毎日顔を合わせていた。
その変人がいなくなってから今日まで、本当に何一つ手がかりはない。
「……どこで何やってんのかしらね」
変人の牧場に繋がっていたはずのゲートに通い、なんの反応もないことに言いようのない絶望のようなものを覚え。
それが嫌で行くのをやめたのに、結局気を抜けばこうして独り言。しかし、生きているだろうか、とは何故か口に出せない。
……我ながらなんて女々しい。
代わりに唇を噛んで、私は目の前に積んである乾燥した草を掴んだ。
薬師としての仕事には誇りがある。
だから集中してしまえば、雑念は何処かへ――……。
「ハウトゥニアッ!!」
「!」
手を止め振り返れば、家の入り口に大柄な男が息を切らして立っている。
よく日に焼けた男は、最寄りの町の――例のゲートがある町の住人だ。無論顔馴染み。
だから、こうして町外れのこの家まで急いでやって来る理由にも心当たりがある。
「怪我人? 急病人? モンスター?」
粉にしようと思っていた薬草を置いて立ち上がる。
こんなに大急ぎでやって来るくらいだから、深刻に違いないと、そう思って。なのに。
「違う! そうじゃねぇ!」
「え?」
違うの?
薬を入れた鞄と、愛用の得物と、どちらに手を伸ばそうか。
その動きを大きな否定で遮られ、私はきょとんと目を瞬かせた。
「……なら、何?」
不審に思っているのがそのまま声に出た。
訝しげな私の問いに、男が口を開きかける……が、それよりも一瞬早く、
「何って僕だよ~ん!」
「っ!」
間の抜けた声が家に響いて、私は息を詰めた。
「………………幻聴?」
にしては、目の前にいるピエロの極彩色が目に痛いな。
ピエロ男は私の言葉に、ぷうと頬を膨らませる。
「ニアちゃん、ひっど~い! 僕ちゃんとここにいるのにぃ」
大げさに拗ねてみせる男は、記憶にある姿のまま。いっそ清々しいというか、憎たらしいというか。
カラフルで、ヒラヒラフワフワしたピエロ服も、自由に跳ねるオレンジの髪も、格好と比較すると浮いて見える無駄に綺麗な顔も、何一つ変わらない。
ついでに、その究極にふざけた態度もだ。
ああ、もう。
人がどれだけ……どんな気持ちでいたと思っているんだ、このピエロ野郎。
いや、理不尽なのは分かっているけれども。
しかし、怒りなのか何なのか、判断のつかない感情は、そのまま体を突き抜けていった。
「ペパヴェール……」
感情の込め方が分からなくなって、空虚な気分のまま、ピエロの名前が口から零れ落ちる。
随分小さな声になってしまった。
それでもそれを聞き取って、ペパヴェールがぱっと顔を輝かせる。
「そうだよ~。ただいまぁ、ニアちゃ……あ、あれ?」
底抜けに明るい馬鹿の笑顔が即座に困惑に取って代わったが、その一連の変化が私にはぼやけて見えた。
ピエロを連れてきた顔馴染みの男が、「あーあ」と小さく呻いたのも聞こえた。
それから、そっと扉を外から閉めていったのにも気づいたけれど、それよりもぼやけた視界を埋めるピエロが妙にあわあわしているのが気になった。
「あ、あの……えっと、あの、あのね……」
そんな顔、初めて見たよ。
なんだかおかしくなって、怒りが抜けた後の空白を、込み上げる笑いが埋めていく。
視界は相変わらず不明瞭で、だんだんひどくなっているけれど、私は笑った。
笑って、笑って。
「……ニア」
ボロボロと泣きながら壊れたみたいに笑う私に、ペパヴェールがとても困った顔で手を伸ばしてくる。
それを私としては破格の素直さで受け入れ、涙を拭われるままピエロを見上げて。
「――おかえり」
ああ、やっと言えた。




