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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
偽りの詩
50/74

暗殺者注意報 オマケ

拍手小話No.44

その後の2人

 額に冷たく湿ったものが乗せられ、ロータスの意識は浮上した。スッキリと気持ちのいい目覚めとは程遠い、のったりとした覚醒。

 それでもどうにかはっきりしてきた頭は、どうやらどこかの布団の上に寝かされているらしいこと、何者かが近くにいるらしいこと、そして額に乗っている濡れ布巾が、目まで覆っていることに気がついた。当然だが、何も見えない。


 冷たさは気持ちいいが視界不良はいただけない。

 少し布をずらそうと、気だるく手を持ち上げるが、その手が顔に届くより先に、そっと目を上から押さえられた。

 これでは布を退けられない。

 一応と思って端を引っ張ってみても、やはり動かすことはできなかった。そんな体力も気力もないのだから。


「……ウィステリア」


 見えなくても分かる。

 その慣れ親しんだ気配に、隣にいる人物を確信して、ロータスは掠れた声で不満を訴えた。


「…………」

「ウィステリア?」


 どうして何も言わないのだろう。

 状況的に、嫌みと説教が雨あられと降ってきてもおかしくないというのに。もちろん、説教されたいわけでは決してないが。

 ある方が自然なものがないのは、それだけで不安を煽られる。


(何なんだ……)


 どうにかして身を捩ろうとしたロータスが、布団についた腕に力を入れかける。と、同時に深い深いため息が耳に届いた。


「おとなしくしてなさいよ」


 ようやく聞けた声は、怒りも不機嫌さもなく、静かだった。

 不思議に思いつつも、相手が喋ってくれたことにロータスは安堵した。


「手、退けてくれ」

「それは嫌」


 応えがあったことに励まされ、続けて口にした望みは、しかしあっさりと拒否されてしまった。

 ロータスをからかったり弄ったりという目的ならば、まだ抵抗もできただろう。だが、「嫌だ」と告げた声にはそのどちらもなく。

 普段と違って取りつく島もない空気に、とうとうロータスは諦めて体の力を抜いた。正直なところ、こんな様子の相手に追い縋る気力など、今はないから。

 そうして無抵抗を主張してみても、目の上の手が退けられることはなかった。




「――何か欲しい物はある?」


 もう寝てしまおう。体力もまだ回復していないし。

 そんなことを思った時だった。このままだんまりかと思われた男が、予想外に語りかけてきたのは。

 しかも内容が、普段は絶対見せないような気遣いとあって、うっかり固まってしまったロータスに罪はないはずだ。


「……何よ」

「いや、別に……」


 珍しいを通り越して気持ち悪い、とか。

 そんなことを考えたのがバレたら、さすがに怒るだろうか。いっそその方がいつものウィステリアに戻っていいかも、なんて。

 少々失礼な考えを慌てて振り払い、ロータスは問いかけの答えをかざすことにした。


「欲しい物、欲しい物……あ、そうだ」


 思いついたそれは、実は前から頼んでみたかったこと。そして、いつも通りなら必ず断られるはずの。


「ウィステリア、歌ってくれ」

「はあ?」


 ウィステリアの声がひっくり返った。


「歌、って……本職(あんた)の前で?」


 何言ってんの。あんた馬鹿?

 そんな言葉すら聞こえた気がした。


 だが、ロータスも承知の上で頼んだのだ。

 彼女の前では絶対に見せてはくれないが、1人の時たまに何か口ずさんでいるのを知っているから。それがまたいい声で、できたらきちんと聴いてみたいと、常々思っていたから。


「そう。私の前で」

「あのねぇ」

「……聴きたい」


 呆れ返った声に重ねて請う。まるで、駄々をこねる幼子のように。

 いよいよ黙ってしまったウィステリアに、もう一押しか、と頑張りかけたところで、舌打ちが聞こえた。

 折れてくれたらしい。


「1曲だけだからね。あと、私がいいって言うまでおとなしく寝てなさいよ?」

「ああ、約束する」


 言われなくても、本当は既に眠い。

 この男が歌ってくれるという高揚感で起きているようなものだ。


 素直に応じると、ため息。

 更に一拍置いて、静かで優しい旋律が響き始めた。

 聞き覚えのある歌詞を、深みのある男の声がゆっくりと辿っていく。言葉のひとつひとつを丁寧に、語りかけるように。

 

(なんでこのチョイス…………あぁ、でもやっぱりいいな、こいつの声……)


 男が女に、「おやすみ、また夢で」と。眠りについている時間すら離れたくないと、だから夢の中でも逢いたいと愛を請う歌。

 まあ確かに、曲調や歌詞から子守唄と言えなくもないか。


 納得して、聴き入る。

 もう二度とこんな機会はないかもしれないのだから、堪能しなければ。この睡魔に身を任せてしまう前に。


(でも……またいつか……)


 また歌ってくれないだろうか。

 その時には、ロータスがリュートを弾いて、一緒に歌って……。


 ロータスの口元に笑みが浮かぶ。

 穏やかな、幸せな心地で、彼女は意識を溶かしていった。

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