おじいちゃんは語りたい
拍手小話No.46
リビダを虐めたいシリーズ その4
「おや……そこにいるのはリビダかの」
その日、毒草採集のついでに獲物を探していたリビダに、珍しくも声をかけてきた者があった。
このスクレットの町周辺で、彼を知らない者など皆無であり、当然関わろうとする者もいるはずがない。
今も町の住人たちは我先にと逃げ出した後で、スクレットの町は立派なゴーストタウンである。
そこから獲物を見つけ出して追いかけ追い詰めて、嬲り倒すのが楽しいのだが、今日はどうしたことか。リビダの存在に悲鳴を上げるでもなく、それどころか親しげに声をかけられてしまった。
振り向いてみれば、そこに立っていたのは1人の少年。
黒髪に緑の瞳と、リビダたち双子とよく似た色彩で、おっとりとした微笑みを浮かべている。
最愛のソニアの仲間にして、リビダもほどほどに知る人物だった。
「やあ、ガウラじゃないか」
「ほっほ。奇遇じゃのう」
名を呼ばれた少年は、嬉しそうに目を細める。
その瑞々しい外見にあまりにも不釣り合いな、どこのジジイかと言いたくなる口調を添えて。
まあ、リビダも今更気にはしないのだが……それよりも気になることが。
「お前さんも買い物かの? 儂もそのつもりで来たのじゃが……店にもどこにもひとっこひとりおらんでのぅ……」
困ってしまうわい。
周囲を見回しながらそんなことを言うガウラは、どうしてこんなにも親しげなのか。まるで仲のいい友人にでも出会えたというように。
おかしな話だ。だって本来、親しくも何ともない仲なのだから。
リビダとガウラの間にはいつもソニアや他の誰かがいて、共闘したことも敵対したこともあるが、こんな風に個人的に話したことはない。
リビダはガウラを、実力はあるがジジイ口調の変な少年と認識しているし、ガウラもリビダの性癖くらいは知っているはずだ。
親しげにされる謂れがない。というか、厭われてしかるべき。否、むしろ……嫌がられたい。
あ、本日の獲物決定?
口が自然と笑みの形を作るが、リビダはひとまず、少年の疑問に答えてやることにした。
「あぁ、それは僕が来たからでしょ。怖がられてるからねぇ。ちょっと遊んであげただけなのにさ」
「ふむぅ。どんな遊び方をしたのかのぉ」
笑みが不穏な何かを孕んだことに、気づいているのか、いないのか。
ガウラののんびりとした表情は変わらなくて、それで一層、それを歪めてやりたい衝動が強くなる。
相当な実力者であることは承知の上。むしろそれを踏みにじれたなら、きっととても楽しい。
「ふふ……知りたい? 教えてあげよっか。その代わり、いい顔、見せてほしいな」
楽しいことしよう。
そこまで言われて、ガウラの顔色がはっと変わる。ようやく身に迫る危険を知ったらしい。
いい流れだ。だから、もっともっと。
唇を一舐めして、リビダは腰の得物に手を伸ばす……が。
それを構えるよりも早く、ガウラがくわっと目を見開いた。
「いかん! いかんぞっ!!」
「は?」
何が。
問うより先に、少年のしなやかな指がリビダに突きつけられる。
「儂はばあさん一筋じゃ!!」
険しい顔をしたガウラは、はっきりきっぱり、堂々と言い放った。
思っていたのと違う反応に、リビダの動きが止まる。
ばあさんって誰だよ、その歳でババ専かと一瞬どうでもいいことを考えて、心当たりがあることに思い至る。
同じくソニアの友人で、確かガウラの恋人。見た目はガウラと同年代の少女が、同じような年寄り口調で、「ばあさん」やら「おばあちゃん」やら呼ばれていた。
出鼻を挫かれ、記憶を掘り起こしているリビダをよそに、ガウラは腰に手を当て、リビダを見据えて言い募る。
「そもそもお前さんも、ソニアというものがありながら軽薄な! 浮気はいかん! 最低じゃ!」
「えぇ~……」
今だかつて、こんな責められ方をしたことがない。
だってそんな……あまりにも今更な。
しかしまあ、経験のない怒られ方をして少々怯んでしまったとはいえ、よくよく考えれば、これは自ら弱点を教えてくれたわけだ。
恋人や伴侶、特別な相手を大切にする者が、一番嫌がることなど決まっているのだから。
「ふぅん? じゃあさ……その『おばちゃん』の方から虐めちゃおっかな」
人差し指を唇に当て、低く嗤う。
多くの人間が、これを聞いた途端に顔色を変えることを、リビダはよく知っていた。
もちろん、提案だけでなく、行動に移したことも数多くある。その時の相手の絶望的な顔は、大層リビダ好みだから。
案の定、目の前の少年も、信じられないものを見る目でリビダを見つめてきた。
文字通り、絶句。それから、拳を握り、強く地面を踏みしめて、真っ直ぐにリビダを見据える視線の、強いこと。
「女子には優しくせんか、この馬鹿もん!!」
「えっ、そこ?」
やはり期待したのとは違う反応が返ってきて、短剣に掛けた手が滑る。
「……はっ、まさかお前さん、ソニアにまでいつもそんな態度でおるのか?! 何たることじゃ、好いた女子も大事にできんとは……嘆かわしい!」
「はぁ?!」
何を言い出すのか、このガキ……あれ、ジジイ?
どんどん1人でヒートアップしているガウラに、興奮が醒めていくのがありありと分かる。
怒らせるのは楽しいが、これは何か違う。屈辱でも嫌悪でもない、ただの説教だ。
仮に斬りつけてみたら黙るだろうか? 否、この頓珍漢な説教は構わず続行される気がする。
うん、逃げよう。それがいい。
あっさりと逃亡を選択したリビダが、そろりと左手を動かした。
「むっ? ――薊!」
「はいです、ガウラッ」
「え」
さすがは世界屈指の実力者。
そして、リビダは知るよしもないが、この少年こそ元祖『呪いの指輪』の持ち主である。
僅かな動きで逃亡を察したガウラが叫び、応えるは少女の高い声。と、同時にリビダの左手に、指輪を覆うように巻きついた黒い糸……ではなく。
「髪?!」
「逃がしませんですよ、この下半身ケダモノの顔だけ野郎!」
振り返れば、そこには長すぎる黒髪をざわざわと宙に泳がせる、ゴシックドレスの少女が浮いていた。
無表情の中のガラス玉がひたとリビダを射抜く。人ではない。リビダが全く気がつけないほど、気配がなかった。
だが、それが何だというのか。
幸い右手は無事なのだ。こんなもの、斬り散らしてしまえばいい。
「まだ話は終わっとらんぞ!」
「わぁ、しつこい!」
「とっとと観念しやがれです、この変態っ」
一瞬で距離を詰めたガウラに右手まで掴まれて、更に黒髪の拘束が強度と範囲を増す。
ジジイ口調のくせに、リビダよりも素早い。ジジイはジジイらしくのんびりすればいいのに。
そんなことを考えてしまうのは、もうどうにも身動きできなくて、打つ手がないことを悟ったからだった。
遊んで楽しい相手なら、もっと足掻いて引っ掻き回してもみたが、正直あまり楽しくないと思ってしまったから、やる気が出ないのである。
「はぁ~、分かったよ」
降参、と言ってしまうのは不本意だから、リビダは軽く肩を竦めてみせた。
それを確認して、薊と呼ばれた人形娘は「ふんっ」と鼻を鳴らし、ガウラの方は怒りを収めたのか、鷹揚に頷いている。
「うむ。では儂が、お前さんに女子への接し方というものを教えてやろうかの」
「えぇ~……」
「儂がばあさんと培ってきた経験と時間を、お前さんにも伝授してやろう。これでソニアとの仲も末長く安泰じゃ!」
「こんな生ゴミにも慈悲をかけてやるなんて、さすがなのです、ガウラ」
心底いらない。
声にも表情にも態度にも、ついでに殺気も出してみたが、華麗にスルーされたあげくに正座の強要。そこから続く、「ばあさんが」、「ばあさんに」、「ばあさんと」のエンドレスばあさん。
女への接し方というか、もはやただのノロケである。
何が悲しくて、髪にぐるぐる巻きで正座させられ、膝を突き合わせて他人のノロケ話など聞かねばならないのか。
自業自得という言葉を持たないリビダは、げんなりとため息をつくハメになった。




