物理だけが強さじゃない
拍手小話No.43
リビダを虐めたいシリーズ その3
「やぁ、ランタナ。遊びにきたよ」
「……」
何となく、軽薄な雑音が聴こえた気がしたが、気のせいだろうと判断して、ランタナは雑草抜きを続行した。
「あれぇ、聞こえなかったのかな? ランタナちゃん?」
「……」
今日は随分と変わった風の音がする。
それにしても、今日は雑草の量が少な目だ。楽ができていいな、とランタナは思った。
「ふぅん? 無視するんだ? 戦えないのに、度胸あるねぇ」
「……」
さて、次は水遣りだ。
抜いたら雑草を運んで……と、屈めていた腰を伸ばしたところで、くんっと腕が何かに引っ掛かった。
「……?」
何だろうと不思議に思った時、視界が人の顔で埋まった。
普段、透明人間と暮らしているランタナには、珍しいとさへ思ってしまう現象。
思わず、まじまじと目の前の顔を眺めてしまう。互いの吐息がかかりそうな距離の、その顔を。
「……その無表情、歪めさせてみたいなぁ」
珍しい人の顔――リビダは、その秀麗な美貌を引き立てると言うべきか台無しにすると言うべきか、判断に困る悪い笑みを浮かべて、ランタナにそんなことを囁く。
他の人間なら、どれだけ反応が遅れても、この時点で腕を振り払うなりして抵抗するのかもしれない。現に、
「ランタナッ」
透明人間の非常に慌てた声が近づいてくる。
幸いにして、アレの声は目の前のコレには聞こえていないし、必死の形相も見えないから、楽しまれることもない。
そして正直なところ、このままリビダに唇を奪われたところで、ランタナは構わなかった。
この変態に好意をもっているわけではない。
ただ単純に、 ど う で も い い 。
普段からスキンシップ過多な変態を相手にして麻痺でもしているのか、あるいは元々感情の起伏が薄いからか。
生理的に受け付けないような顔でなし、衛生面で問題があるわけでなし、ランタナにとってリビダは…………ただの壁だ。壁に顔がぶつかったとして、「ああ、ぶつかったなぁ」程度の感想しか抱かない。
とは言え、このまま牧場のど真ん中に壁が立っているのは多少邪魔かもしれない。
フィカスの反応も面倒くさい。
ぼんやりとそんな考えに至ったランタナは、それでも感情の揺らぎなど欠片もない静かな目で、リビダを見つめた。
そして、ただ一言。
「神経衰弱」
「!」
ぎくり。
リビダの顔が僅かに強張る。
「去勢」
「…………」
普通、女が男には告げることはあまりないような単語に、すぐ間近まで来ていた透明人間の歩みすら止まる。
「蝙蝠様」
「……」
「……」
「………………え、もしかして呼んだの?」
「……」
ランタナの表情は動かない。
2人はそのまましばらく見つめ合い、やがてリビダがそっとランタナの手を離すと、彼は即座にその場を後にした。
焦りの見え隠れする背を見送るランタナの目は、やはり路傍の石を見るが如く静かだった。




