ソニアの(自爆)計画 vs ビフィダ
拍手小話No.26
後編(弟編)
ある日、2度目のチャンスがやってきた。
いつでも変態的なノリで自分を翻弄する変態な双子と、普通に、普通の恋人同士のようなやり取りができるだろうか、と。
最初、兄の方で試した時にはなかなかの結果だった。その後で酷い目に遭ったけれども。
そうなると、弟の方でも試してみたくなるというものだ。怖いもの見たさ再びであったとしても。
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「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。いい子で待っててね、ソニア」
「……余計なことしないように」
「え~、それはどうかなぁ」
無意味に意味深に笑って、リビダはソニアにキスをすると、するりと彼女の頬を撫でて背を向けた。
以前の普通の青年のような気配はもう綺麗さっぱりだった。
(まぁ、それは置いといて……)
「では、部屋に戻りましょう、ご主人さま」
振り返って視線を落とせば、跪いてうっとりとソニアを見上げるビフィダがいる。
いるが……。
(………………コレはどうすれば普通になるのかしら)
睨む。アウト。
踏む。アウト。
蔑む。アウト。
放置。アウト。
主人と奴隷という関係がそもそもアウト。
この男から異常を抜いたら、何も残らない気がする。普通以前の問題だ。
ソニアは頭を抱えた。
(えぇー……)
「? どうされました?」
不思議そうに見上げてくるビフィダを、どうすれば料理できるか。
ソニアは彼をじっと見下ろしたまま、顎に手を当て考える。
そうこうしているうちに、ビフィダが頬を上気させ、はぁ、と吐息を零した。
「し、視姦だなんて、ソニア様……そんなに見つめられたら俺……――あぁっ」
(無理だーっ!!)
思わず力いっぱい蹴飛ばしてしまったソニアに、恐らく非はない。
蹴られた本人も喜んでいるので問題ない……わけがない。
(あ、これ無理かもしれない。ビフィダが普通になるって、リビダ以上に想像できない)
何てことだ、とソニアは額に手を当てため息をついた。
即復活して体を起こしたビフィダが、そんな彼女を心配そうに見上げ、首を傾げた。
「どうなさいました? 何をそんなに憂えていらっしゃるのでしょう」
「……」
訊かれても、何と言ったものやら。
悔しいやら、もどかしいやらで自然と険しくなった視線を、ソニアはふいと横に逸らした。睨んでしまえば、また悦ばせてしまう。
(……あぁ、でもこのまま放っておいてもどうせ喜ぶのね……)
もうため息しか出てこない。
どう考えてもいい方法が思いつかず、ソニアは力なく首を振った。
「何でもないわ。部屋に戻りましょう……」
「ソニア様っ?」
歩き出したソニアを、慌てて立ち上がったビフィダが追ってくる。
早歩きの彼女に悠々と追いついて、その周囲をうろうろ。
「お待ちください。どうなさったんです、ソニア様。あの……」
無視されているのだから、いつものように喜べばいいのに。
うっかりきつくなってしまいそうな視線を下に落としたままでいると、「失礼を」と硬い声がして、ソニアの手が強く引かれた。
「えっ」
驚いて目を瞬かせれば、目の前に真剣な顔をしたビフィダの顔がある。
「俺、何か気に障ることをしましたか?」
「何も。放置してあげているのだから、奴隷らしく喜んでみせたらどう?」
「それは……でも……」
つん、と冷たく言い切れば、ビフィダは僅かに頬を染める。
しかしすぐに首を振って、ソニアの頬を両手で包むと、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「貴女の願いを叶えるのが、俺の存在意義です。何か望まれることがあるのなら、……お命じください」
「……」
真摯な眼差しに、早々に折れた心がそろりと希望を取り戻す。
しかし言葉が見つからず、ソニアは俯いてビフィダの視線を遮ると、やっと口を開いた。
「……あ、あ」
「あ?」
「あ、甘えさせて、ほしいの。普通の……恋人同士みたいに」
「……え?」
決死の覚悟で望みを口にしたのに、そこからすぐに反応は返ってこなかった。
この沈黙には、身に覚えがある。
恐る恐る、それでいて期待しつつ視線を上げれば――あの時の兄と同じ顔をして固まっているビフィダがいた。
(あら、そっくり……)
さすが双子。
普段は表情が違いすぎて、あまり似ていると思うことがないが、こうして無防備になってみるとやはり同じ顔なのだ。
しばらくそうして固まっていたビフィダは、ソニアがまじまじと見つめていることに気がついて意識が戻ってきたらしい。
戸惑うように瞬きをし、ソニアと視線を合わせた。
「えぇと……それがお望みなのですね?」
「そうだけれど……別に無理なら」
「いえ。貴女がそう望むなら」
ビフィダはきっぱりと言い、しかし眉を寄せて「普通、普通」と呟いた。
それからもう一度真っ直ぐにソニアを見つめて。
「えーと……じゃあ、ソニア」
「え」
「ごめん。俺はソニアの言う普通がこれくらいしか分からないから……これでいいのかな?」
(えええぇぇーっ?!)
そうくるとは思わなかった。
確かに主人と奴隷といういかがわしい関係を普通に戻すなら、こうなるのかもしれない。……が!
「……っ」
咄嗟に返事ができず、代わりにぱっと身を翻して、ビフィダに背を向けてしまった。
このまま、せめて口から「こんにちは」しかけた心臓が落ち着くまで、しばらく放っておこう。
それで上手くいく……はずだった、のに。
「どうしたの、ソニア? どこを見てるの……ねぇ、俺を見てよ」
「ひっ……」
背後から伸ばされた2本の腕が、ソニアの腰にするりと巻きついた。
身を竦めるソニアの耳元に囁かれた低い声には、拗ねたような響きがあった。
「わ、分かったから……!」
「あはは。ソニア、顔が真っ赤だよ」
いっそ崖から飛び降りる気分でビフィダと再び向き合えば、ソニアの顔を見た彼が明るく笑った。
からかいではあるが、爽やかで、裏もなく。
「……ビフィダ」
「何?」
微笑んで首を傾げるビフィダに、ソニアはそっと身を寄せた。
肩口に頭を預け、擦り寄って、
「ごめんなさい。ワタクシが悪かったわ。謝るから……お願い」
それから大きなため息をひとつ。
「――元に戻ってちょうだい」
ビフィダから異常を抜いたら、何かが崩壊する。
激しい後悔に苛まれながら、ソニアはひとつ賢くなった。




