そして裏側(※犬)
「――さて……行くか」
「……おう」
夕食後、水着を選ぶということで、熊男たちの夜の特訓はなくなった。
赤い髪の悪魔がこれでもかと不満そうだったのが恐ろしいが……。
そんな悪魔が特訓を諦めてどこかへ消え、熊男その3がトイレに立った、一瞬の隙。
牧場の隅で寛いでいたはずの熊男その1とその2が、妙に真剣な顔で立ち上がった。
その視線が向かう先は、あの女の家――、
って、オイ!
貴様らまさか、
「ワォン!」
覗く気か?!
何を考えているのだ!!
あの魔女たちはともかく、あそこにはペオニアがいるというのに……っ!
というか、貴様らはどうしてそう死にたがるのだっ?!
「オイコラ、ウィード! 静かにしろって!」
「気づかれんだろーがっ」
静かにしていられるかああああ!! この馬鹿共がっ!
「ガウガウ!」
「だからうるせぇって!」
「ぐるるるるるっ」
必死で擦り切れた服の端を銜える私に、引き摺ってでも動こうとする熊男その1……って、私の方が圧倒的に不利ではないか!
えぇいっ、熊男その3はどこまで用足しに行っているのだ!
早く戻らんと仲間が死ぬぞ!!
「……ったく、仕方がねぇなぁ」
引き摺られること数メートル。
私をぶら下げていた熊男その1が、不意に立ち止まった。
見たこともないほど真面目な顔になって、私の前にしゃがみ込み、私の頭に手を乗せる。
自分たちの蛮行をやっと理解したのか?
ふん。気安く頭に触るなと言いたいが、まぁ、分かったのなら触らしてやろう。
「あのなぁ、ウィード」
「わふ」
……何だ。
嫌な予感に尻尾が下がるのを感じる。
だが、熊男その1はそんなことにはお構いなしに、私の頭を撫でて。
――おい。この乱暴者が。手加減せんか。
「俺たちだってなぁ、師匠たちを女と意識してるわけじゃねぇんだよ」
「強ぇもんなぁ、師匠も、女連中も皆……色んな意味で」
うんうんと頷く熊男その2。
……ちょっと待て。いきなり何を言い出すか、貴様らは。
「だけどなぁ」
含みのある、一拍。
「そこに美女が着替えてたら、覗きに行くのが男ってもんだ!」
「ほら、雌犬がいたら匂い嗅ぎにいくみたいなよぉ……お前も雄なら分かんだろ?」
……って、分かってたまるかああああああっ!!
真面目な顔して言うことがそれかっ?!
馬鹿かっ? 馬鹿なのか貴様らは!! どこまで底なしの馬鹿なんだ?!
思わず力尽きて地面に突っ伏した私に何を納得したのか。
どこか誇らしげな顔の熊男たちが、立ち上がって歩き出す。
……もう止める気力もない。私は無力だ。
「……」
せめて熊男その3が戻ることを期待して周囲を見回す。
だが、そうして見つけたのは――、
「?!」
「やれやれ、本当に懲りない……」
底冷えする声で呟いた悪魔が撒き散らす、何か冷たく重い空気が、周囲の気温を著しく下げた……ような気がした。
動悸が激しくなり、息苦しくなる。
………………今は冬だったか?
いやあの女は明日、海に行くと言っていた。
だから今は確かに夏のはずだ。
……本当に今、冬ではないよな?
その空気に包まれた瞬間、熊男たちの行く末など私の頭から吹き飛んだ。
思考を占めるのは、圧倒的な恐怖のみ。
恐る恐る後退りし、悪魔の視線が前方に向いているのを確認してから、私は一気に走り出した。
――悪魔は、追ってはこなかった。




