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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
ウィード犬のための躾教室
36/74

そして裏側(※犬)

「――さて……行くか」

「……おう」


 夕食後、水着を選ぶということで、熊男たちの夜の特訓はなくなった。

 赤い髪の悪魔がこれでもかと不満そうだったのが恐ろしいが……。


 そんな悪魔が特訓を諦めてどこかへ消え、熊男その3がトイレに立った、一瞬の隙。

 牧場の隅で寛いでいたはずの熊男その1とその2が、妙に真剣な顔で立ち上がった。

 その視線が向かう先は、あの女の家――、


 って、オイ!

 貴様らまさか、


「ワォン!」


 覗く気か?!


 何を考えているのだ!!

 あの魔女たちはともかく、あそこにはペオニアがいるというのに……っ!

 というか、貴様らはどうしてそう死にたがるのだっ?!


「オイコラ、ウィード! 静かにしろって!」

「気づかれんだろーがっ」


 静かにしていられるかああああ!! この馬鹿共がっ!


「ガウガウ!」

「だからうるせぇって!」

「ぐるるるるるっ」


 必死で擦り切れた服の端を銜える私に、引き摺ってでも動こうとする熊男その1……って、私の方が圧倒的に不利ではないか!

 えぇいっ、熊男その3はどこまで用足しに行っているのだ!

 早く戻らんと仲間が死ぬぞ!!


「……ったく、仕方がねぇなぁ」


 引き摺られること数メートル。

 私をぶら下げていた熊男その1が、不意に立ち止まった。

 見たこともないほど真面目な顔になって、私の前にしゃがみ込み、私の頭に手を乗せる。


 自分たちの蛮行をやっと理解したのか?

 ふん。気安く頭に触るなと言いたいが、まぁ、分かったのなら触らしてやろう。


「あのなぁ、ウィード」

「わふ」


 ……何だ。


 嫌な予感に尻尾が下がるのを感じる。

 だが、熊男その1はそんなことにはお構いなしに、私の頭を撫でて。

 ――おい。この乱暴者が。手加減せんか。


「俺たちだってなぁ、師匠たちを女と意識してるわけじゃねぇんだよ」

「強ぇもんなぁ、師匠も、女連中も皆……色んな意味で」


 うんうんと頷く熊男その2。

 ……ちょっと待て。いきなり何を言い出すか、貴様らは。


「だけどなぁ」


 含みのある、一拍。


「そこに美女が着替えてたら、覗きに行くのが男ってもんだ!」

「ほら、雌犬がいたら匂い嗅ぎにいくみたいなよぉ……お前も雄なら分かんだろ?」



 ……って、分かってたまるかああああああっ!!



 真面目な顔して言うことがそれかっ?!

 馬鹿かっ? 馬鹿なのか貴様らは!! どこまで底なしの馬鹿なんだ?!


 思わず力尽きて地面に突っ伏した私に何を納得したのか。

 どこか誇らしげな顔の熊男たちが、立ち上がって歩き出す。

 ……もう止める気力もない。私は無力だ。


「……」


 せめて熊男その3が戻ることを期待して周囲を見回す。

 だが、そうして見つけたのは――、


「?!」

「やれやれ、本当に懲りない……」


 底冷えする声で呟いた悪魔が撒き散らす、何か冷たく重い空気が、周囲の気温を著しく下げた……ような気がした。

 動悸が激しくなり、息苦しくなる。


 ………………今は冬だったか?

 いやあの女は明日、海に行くと言っていた。

 だから今は確かに夏のはずだ。

 ……本当に今、冬ではないよな?


 その空気に包まれた瞬間、熊男たちの行く末など私の頭から吹き飛んだ。

 思考を占めるのは、圧倒的な恐怖のみ。

 恐る恐る後退りし、悪魔の視線が前方に向いているのを確認してから、私は一気に走り出した。


 ――悪魔は、追ってはこなかった。

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