毛がピンチ(※ 犬)
拍手小話No.20
ウィードは元々ボンボンなので、本当はとっても打たれ弱い
「あらぁ、やっぱり暑そうねぇ」
そんな魔女の一言から、悪夢は始まった。
といっても、魔女に関わる全てが悪夢なので、『今回の』悪夢と言った方がいいか。
咄嗟に逃げようとすれば例によって尻尾を掴まれ、それ以上の抵抗を試みるなら引き千切るといわんばかりの力で引き寄せられた。
「キャインッ!」
悲鳴を上げる私が行き着いたのは、魔女の…………忌まわしい……その、柔らかいものの間である。
ああ、くそっ。汚らわしい!
少しはドレス女――貴様の主であるペオニアを見習って、慎ましくできんのか?!
茶色い毛に覆われた前足が闇雲に宙を掻いて、私の苦情がそのまま甲高い犬の泣き声になる。
それだけでどうしようもなく気力を削がれ、認めたくないが泣きたくなる。
それなのに、魔女はそんな私を見て嬉しそうに笑うのだ。
「まぁ。そんなに照れないでいいのにぃ」
誰が照れているかっ!!
気色の悪い勘違いをするな!
そう声高に叫べども、響くのはやはり犬の声ばかり。
誤解を解くことなど到底できず。
しかし何かが伝わったのか、魔女の腕に力が込められた。
喉を潰すように腕が食い込み、痛いし苦しい。
そのまま、魔女は歌うように告げる。
「――そんなことより……毛、刈ってあげるわねぇ」
ぶわりと、首周りの毛が逆立った。
「ぐるるる」
なん、だと?
……今、私は何を言われた?
低い唸り声を漏らした私に、魔女はにんまりと笑う。
「だぁいじょ~ぶ。道具なら羊さん用の鋏があるからねぇ?」
「ワォンッ!!」
大丈夫なものか! そもそも論点が違うわっ!
「やっぱり無難にライオンヘッドかしらぁ。ああ、いっそ頭までつるっと剃ってしまって、顔のところにだけ毛を残してみる? きっととっても涼しいと思うわぁ」
「――全身剃って、背中に師匠万歳って形に残してみたらどうだ?」
「あら、ウィロウ」
いつの間に隣に来たのだろう。
魔女の後ろから私を見下ろす熊男その3が、嫌な笑みを浮かべていた。
魔女そっくりのその笑い方。私を蔑み、嬲る者のそれ。
あれはどうだ、これはどうだと恐ろしい相談を頭上で繰り広げられ、強張った体が小刻みに震え出した。
それに気がついて、魔女が私の耳元に赤い唇を寄せてくる。
「ふふふ。怖いのかしら……? 震えているわ」
普段のからかいなど微塵も感じさせない、底冷えする囁きは静かで――そして恐ろしかった。
「ずっと訊いてみたかったのよぉ。圧倒的に敵わない相手から受ける暴力って……ねぇ、どんな気分かしら……?」
「……」
熊男その3からも、真っ直ぐに視線を感じる。
ぎしぎしと心臓を圧迫されるような威圧感が2人から寄せられ、震えはどんどん大きくなった。
どんな気分だと? お、恐ろしいに決まっている……!
蔑みの視線、死なないよう加減された遠慮のない暴力。
苦しみ藻掻く姿は娯楽のように扱われ、身も心も削られる日々。
――痛いのも苦しいのも、もう嫌だ!
問われた内容を深く考える余裕もなく、ただ必死だった。
いつの間にやら硬直は解け、助けを求めて私は泣き叫んでいた。
人としての矜持など、人として認められていない今どれだけの価値があるだろう。
それよりも、苦痛から逃れることこそを、私は選んでいた。
――誰か! 誰かっ!!




