鞭の後の飴(※犬)
拍手小話No.14
ウィード洗脳中
きゃあきゃあと喧しい豆連中が、私の周囲を囲んでいる。
ええいっ、犬、犬と喧しいわ!
だが、意味の分からない『犬の歌』などを歌いだしたこいつらに、真面目に怒るのは……それはそれで馬鹿らしいではないか。
何より、今は怒る気力すら残っていない。
というか、神官としてこの状況が許されるのか?
女ばかりではないか。――ああ、神よ。
状況を嘆きつつ、どうにか無視を決め込む私の目の前に、白い手が差し出された。
ぎくりと体を強張らせた私に、その手は一瞬動きを止め、またそろりとこちらに伸ばされる。
先ほど引き摺られて薄汚れた毛を、さらさらと流れるその感覚に、私は当惑した。
「随分汚れてしまいましたわね」
そう言いながら立ち上がった女は、タオルを1枚、濡らして戻ってきた。
この場所に不釣合いな……といっても地味目なドレスの女は、言葉遣いからしても貴族だろう。それが何故こんなところにいるのだ?
タオルを絞るなど、その白い指はやったこともないのだろう。
いまいち絞りきれていないタオルが、私の体に当てられる。
それは丁寧に私の毛を拭っていって、その冷たさがなんとも……って!
気持ちいいとか思ってどうするんだ私はっ!!
犬扱いだぞ?! これは間違いなく犬扱いだ!
許容してどうするっ!
ばっと振り向いてドレス女を睨みつければ、突然動いた私に驚いたらしい。
慌てて手を引いて、そしてタオルが床に落ちた。
それまで騒いでいた豆連中も、歌うのをやめて目を丸くしている。
その目には驚きと、心配と、……そして微かな恐怖が。
な、何だ、その目は!
……くっ。
私は当然の権利をだな……! ひ、人として、当然の……っ!
体を起こしたまま固まった私に、ドレス女は首を傾げた。
「もしかして、どこか痛かったのかしら……。ごめんなさい」
「ワンちゃん、痛い?」
「どこが痛いですか?」
「大丈夫?」
豆連中が、ドレス女の言葉に便乗し、動きまで真似て首を傾げる。
私の様子を窺いつつ、そっと労わるように触れてくる沢山の手は、魔女や悪魔たちと違って遠慮がちだった。
ぐああああっ。
私は叫び出したい衝動を必死で堪えた。
これは、あの童顔……女の作戦か?
全てあの女の手の内のような気がしてきたぞ?
……だが。
だが。
鼻先に触れる手に、私は――噛み付くことができなかった。
仕方なく床に伏せると、ドレス女はタオルを拾い、立ち上がる。
かと思ったらそれを洗い直して、再び私の前に戻ってきた。
「今度は、もっと優しくしますわね」
そんなことを言ったドレス女が、私に寄り添うようにして、床に座り込んだ。
おい。服が汚れるだろう。
もっと貴族としての自覚を持ったらどうなんだ。
いくら地味とはいえ……って、だから!
何故私は、こんな女のことを心配しているんだ?!
い、いや違う。私は服の心配をだな!
………………駄目だ。私は何を考えているんだ。
脱力した私の頭をドレス女が膝に乗せ、毛繕いを再開した。
……毛繕い。
毛繕いか。
自分で言って悲しくなってきた。どうしてしまったんだ私は……。




