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ヴェルデドラードの日常  作者: 雨根
ウィード犬のための躾教室
32/74

散歩のお時間(※犬)

拍手小話No.13

「やっぱり、運動不足はいけないわぁ。ねぇ? ウィードちゃん」


 鼻歌混じりにご機嫌な魔女が、私を見て笑う。


 ……逃げたい。


 情けなく、そして何より屈辱だが、背に腹は代えられんのだ。

 このままでいれば、確実に地獄を見る。ああ、確実に。


 ……既に十分地獄だがな!


 ともかく、私は逃げる。

 そう決意し、隙なくそのタイミングを計っていた私の首に、するりと何かが巻きついた。

 恐る恐る視線を上げた先で、魔女が微笑んでいる。

 その手に握られている――荒縄が、私の方へと伸びていた。

 自分の首元は確認できないが、これは、どう考えても。


「逃げられないわよぉ。痛い目を見たくなければ、大人しくなさいな?」


 急に声をひそめて、私の耳元に口を寄せてきたのは、近くにいるドレスの女や喧しい豆連中に、この物騒な台詞を聞かれないためか。


「まぁ、大人しくしていても別の痛い目には遭うのだけどねぇ?」


 ふふふ、と不穏な笑い声が、耳の毛をそよがせ、ぞわりと走った嫌な感覚が、私の背中の毛を逆立てた。


 待て。待ってくれ。

 貴様のそれは、本当に犬扱いか?!


 おい! そこでニヤニヤしている童顔――


「キャインッ!」


 痛い!


 ――例によってナイフが飛んできて、私の鼻を掠めていった。

 犯人は、……言うまでもない。

 童……赤い髪の女が犯人を諌めているが、顔が笑っているので説得力は全くない。

 どれだけ陰湿なのだこいつらはっ!

 まともなのは、おろおろしているドレス女や豆連中くらいのものだが、こいつらに悪魔共を止められるとは思えんし……。


 そうこうしているうちに、魔女が地獄の開始を告げた。


 びんっと張った縄が私の首に食い込み、体ごと持っていこうとする。

 あまりの苦しさに抵抗することもできなかった私は、そのまま夏の日差しの中に引っ張り出された。


「キャンキャンッ」


 首が苦しい! 背中が痛い!

 やめろっ、やめてくれ!


 仰向けの状態で引き摺られる私の四足が、もがき、宙を掻いた。


 そのままかなりの距離を引き摺られて、意識が遠くなりかけた頃、唐突に魔女が立ち止まった。

 もう起き上がる力もなく、熱された大地に横たわる私に、のんびりとした声が降る。


「ああ、もうかなり直っているわねぇ」


 くいくいと縄を引かれ、それでも顔を上げられなかった私の首を、魔女が掴む。

 強い力で無理やり首を上げさせられ、ぼやける視界に映ったのは。


 新しく作り直されたばかりだと一目で分かる柵と、それに囲まれた空き地だった。

 その向こう側の壊れた小屋は、まだ修理の途中であると容易に知れる。

 そして空き地の隅に寄せられた瓦礫は撤去の準備をされているようだった。


 この町に来た日、私たちが破壊した、あの場所だ。


「前みたいに、戻ればいいけれど……ねぇ」


 すー……っと周囲の音が遠のいて、魔女の声だけがやけにはっきりと耳に届く。

 そのまま数瞬、体が震えそうにすらなった時、魔女は不意に空気を緩め、小さく息を吐いた。

 支えがなければ起き上がることもできない私から、そっと手を離す。


「私たちも、あの犯人のことを言える立場ではないけれど……」


 ……何?

 ぽつりと呟かれたその言葉はかなり小さく、だが今の私の耳には簡単に拾えた。

 意味を把握しかねてうっかり魔女を見上げると、その先にあった無表情が、瞬きひとつの間に掻き消える。

 後に残ったのは……にやぁっと、実に嫌な笑み。


「さぁ、お散歩の続きに行きましょうねぇ」


 ひぃっ。


 毛を逆立てた私の体が、またしても引き摺られ始めた。

 地獄が終了したのは、それから1時間後。

 町中を引っ張りまわされ、見も心もボロボロになってからのことだった。

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