繰り返し思うこと
拍手小話No.39
小話38の続編
額の上にあった温く重いものが退けられ、代わりに冷たいものが置かれる。
その心地よさに知らず吐息が漏れ、緩やかに意識が浮き上がった。
薄く目を開ければ、目の前に自分のものではない赤い色が見える。
(……来ていたのか)
牧場に戻ると言っていたあの人が、いつの間にか隣にいて、タオルを取り替えたようだ。
ライカリスが起きたことに気がついていないらしい彼女は、別のタオルでさっと彼の首元の汗を拭い、ベッドの近くに留まることなくソファーへと移動していった。
(妙な人だ……)
ソファーに落ち着いた後姿をぼんやりと見て、心の底からそう思う。
町の住人たちのように、気遣いや遠慮や情があるわけでもなく。時折ライカリスの調合する薬を、あるいは彼自身を求めて訊ねてくる客のように、媚びる気配もない。
本気で彼に興味がないのだろう。
この家への訪問も、姉のグレースに頼まれているからでしかない。それがよく分かる。
それでいて嫌々、という態度でもなく、最近は最初の頃のように怯えることもない。
こちらが何か言えば、気を悪くするでもなく、しかし切り返しは斜め上。
(本当に、よく分からない……変な人だ)
だが、不思議と嫌悪は感じていない自分にライカリスは気づいていた。
もちろん、他人が同じ空間にいる煩わしさはあるけれども。
「……?」
見つめすぎていたのだろうか。
何か感じ取ったらしいあの人が、訝しげな表情で振り返ってライカリスを見、「あぁ、起きたのか」という顔をした。
「飲み物は蜂蜜レモンがありますが」
無駄なことは言わないところが、今は特に楽だった。
「……いただきます」
「はい。……起きられますか?」
「ええ」
答えて体を起こしている間に、彼女はリュックからカップを1つ取り出していた。
牧場主の持つカバンを始め、収納全般は不思議の塊だ。
何を入れても腐らないし、壊れない。仕舞われたその時のままを維持される。
この蜂蜜レモンも、作られてすぐにリュックに入れられたのだろう。渡されたものは温かく、湯気を立てていた。
口にすれば程よい甘みと酸味が、渇いた喉を通り、体を温めていく。
素直に美味しいと思った。決して口に出すことはないが。
「……」
少しだけ気分がすっきりとしたところで、ライカリスはふと、着ているシャツが汗を吸って随分湿っていることに気がついた。
できれば着替えたいが、それをこの人に言うのは気が引ける。
その逡巡を察したのか何なのか、彼女が僅かに首を傾げてライカリスを見た。
「ああ、着替えますか? 替えのシャツどこでしょう」
「……そこの棚に」
「その棚ですね。――じゃあ、はい。お湯とタオル」
不思議なリュックから、小さめの木桶と新しいタオルが出され、ベッド横に置かれる。
桶の中には、ちょうど風呂の温度くらいの湯が入れられていた。
「同じようなシャツしかないんですけど、もっとラフなのないんですか?」
「……ありません」
「ボタン面倒でしょうに」
今とか。
そう言った彼女は適当にシャツを1枚引っ張り出してベッドに戻ってくると、ボタンを外すのに手間取っているライカリスに手を伸ばした。
「何を」
「はいはい。さっさと脱いで」
言葉こそ面倒そうだが、口調はそうでもない。しかし、心配そうでもない。何となく、幼い子どもに言い聞かせる時のそれだった。
あっさりと言った彼女は手早くボタンを外すと、ライカリスからシャツを剥ぎ取る。
更に固く絞ったタオルで彼の体を拭き終え、新しいシャツのボタンを留め終えるまで、一切の躊躇いも、無駄な言動もなく。
熱で動きが鈍っているライカリスでは、口を差し挟む隙などなかった。
「――終わりです。ところで、お粥食べます?」
「いえ、今は」
「じゃあ、私ソファー借りて置物してますから、お腹すいたら声かけてくださいね。薬もその時に」
「はぁ、はい。…………置物って」
ソファーに移って動きを止めた彼女を、ライカリスはしばし眺め、
(本当におかしな人だ……)
そんなことを考えながら目を閉じた。




