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病人の取り扱い方法

拍手小話No.37

初期の2人

 その日、リコリスはいつも通りに木製の扉をノックした。

 返事がないのを分かっていて、こちらも特に声はかけずに中へと入り込む。


(お邪魔しまーす……)


 いつ訪ねても片付く気配の欠片もない部屋の中に、埋まっているソファー。家主もいつもと変わらずそのソファーに座って本でも読んでいるだろう。

 邪魔をしないよう、お遣い物だけ置いて早々に退散を……と思ったところで、リコリスはふと違和感を覚え、首を傾げた。


(あれ?)


 座っているはずの人物が、どういうわけかソファーにうつ伏せている。

 寝ているのだろうか、珍しい。


(いやでも、私が来てるのにそんな無防備な)


 仮に眠くてうつらうつらしていたとしても、尋ね人があれば即座に起きているはず。

 短い、付き合いともいえない付き合いだが、それくらいは分かる。


「……ライカリスさん?」


 控えめな呼びかけにも、やはり返答はない。

 妙な予感に、リコリスはソファーににじり寄ると、そっと伏しているライカリスの顔を覗き込んだ。


「!」


 窺い見たライカリスの表情は半分は隠れてしまっていたが、それでも苦しげに歪んでいるのが分かった。

 額には汗が浮かび、微かに呼吸が荒い。顔も赤く、熱があるようだった。


(えぇ?! ど、どうしよう)


 風邪か何かだろうか。

 この人嫌いがもし病気や怪我をしたら、というマザー・グレースの懸念がこんなにも早く現実のものになろうとは。


 どうしたものかと迷い、迷った末、リコリスはゆっくりとライカリスに手を伸ばした。

 勝手に触るのは非常に躊躇われるが、仕方がない。

 熱がどれほどなのかだけでも確かめなければ。


(……んん……、そんなに高くはない、かな?)


 確かめたら、さっさと手を引いて、リコリスは考える。

 ひとまずできることはなんだろうか。


 町医者のロークワットにも連絡しなくてはいけないが、先に現状を整えてからだ。

 できればベッドに運びたいが、30センチ以上の体格差のある男相手ではそれも難しい。

 それはとりあえず諦めて、部屋の奥にあるベッドから毛布を1枚剥ぎ取ると、それをライカリスにかけた。


(あとは水汲んで、タオル濡らして。あ、飲み物も……)


 指折り確認しながら、リコリスは近くの川に向かって走り出した。




■□■□■□■□




「――また、何かあるようなら呼んでおくれ」

「はい、先生。ありがとうございました」


 ごく普通の風邪と診断を下した柔和な笑みの町医者は、何日か分の薬を出すと、「後は任せるよ」と言って小屋を出ていった。

 それに頭を下げて見送ってから中に戻ったリコリスは、忍び足でベッドに辿り着くと、その前に腰を下ろして様子を窺う。


 ロークワット医師は高齢にもかかわらず腕力があるようで、ぐったりとしたライカリスをたった1人でベッドまで運んでみせた。身長はリコリスと大差ない白いヒゲの老人が、大柄な男をひょいと持ち上げて軽々と運ぶ様はなかなかに奇妙だった。

 しかしそれでも目を覚まさなかったライカリスは、リコリスがロークワットを見送って戻ってきた今も、苦しげに目を閉じたままでいる。

 額に置いていたタオルを再度濡らして置き直し、リコリスは少し考え、もう一枚のタオルを濡らして硬く絞った。それから、首筋に流れる汗を拭う。


(起きるかな? 面倒臭いから、できれば起きないでほしいんだけど)


 嫌がると分かっているから、あまりやりたくはないのだが、放っておくのもそれはそれで後味が悪い。

 だからせめて、眠ったままでいてほしいのだ。

 運ばれても目を覚まさなかったから、起きない可能性の方が高いかもしれないが、手つきは慎重で、恐る恐る。


 しかしそんな願いや期待も空しく、それまで閉じられていた目が薄らと開かれた。

 ぼんやり潤んだ暗褐色が一拍の間を置いて、リコリスを捉えて。


「………………余計なことを」


 吐き出された言葉は予想通りといえば予想通り。

 ただ、掠れた声は弱々しく、不機嫌さは伝わってくるものの、いつもの迫力はない。

 そしてそれが予想通りの言葉であっても、リコリス本人にも自覚のあることであっても、そう言われて落ち込むような可愛げは、リコリスにはないのである。

 その程度には、この男にも慣れてきていた。


「え? 何て言いました? 寂しいからマザー・グレースを呼んでほしい?」

「なっ……誰が、そんなことを……!」

「え? 町の人たちまで? もう、仕方ないですね~」

「……っ?!」


 横に置いてあった木桶にタオルを放り投げ、リコリスが立ち上がる。

 そのまま扉へ向かって回れ右をした彼女の腕を、ライカリスが間一髪で掴んだ。


『………………』


 掴んだはいいものの、何と声をかければいいのか分からないライカリスと、振り返ったリコリスが無言で睨み合うことしばし。

 病人にこれ以上負担をかけるのは本意でないリコリスが、ふと表情を緩めた。


「冗談なんですけどね。――ところで何か食べられますか? 少しでも食べておいた方がいいと思いますけど」

「…………今は、いりません」


 今は、ということは、腹が減れば訴えてくれるということだろうか。

 疑問に思うが深く追求するつもりもないので、ただ頷くだけに止める。


「そうですか。じゃあ、飲み物は置いておきますから」


 埋もれていたところを発掘された小さなテーブルに置いておいた、コップと水差しを示してから、リコリスは掴まれた手をそっと引き離した。


「牧場の作業があるんで、一度戻ります。後でまた来ますから」

「……別に来なくて」

「追い出したかったら、早く治してくださいね」

「……」


 ライカリスの言葉をばっさりと遮って、リコリスは肩を竦める。

 ついでに落ちかけていた毛布を掛けなおしてから、後は振り返ることもなく小屋を離れた。

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