教育的指導
拍手小話No.5
隣で包丁を握るペオニアの表情は真剣そのもの。
手もフルフルと震えている。
貴族のお嬢様らしく料理などしたこともなかったペオニアにも、少しずつ包丁を任せ始めている。
最初こそ混ぜてもらうだけ、炒めてもらうだけだったが。
緊張のためか動作がゆっくりすぎて、よく混ざらなかったり焦げたりしていたのも、少しずつ改善された。
最近リコリスが包丁を使っていると、妙にキラキラした目で見てくるので、簡単なものから預けてみることにしたのだ。
今切っているのは、酢の物用のキュウリなのだが……。
「………………」
どうしよう。緊張が伝染してくる。
(あ、こんなにじっと見てると余計緊張しちゃうかも? ああ、でも気になるんだよぅ!)
そんなリコリスはリンゴの皮剥いてる真っ最中である。
後ろで食器を用意してるライカリスの、呆れた視線が刺さる刺さる。
「いっ……」
ペオニアの肩がびくっと揺れた。
「…… リコさん」
「リコリス様、大丈夫ですのっ?」
心底呆れたライカの声と、心配そうなペオニアの声との温度差が凄い。
(か、かっこわる……)
つつ、とリコリスの指を血が伝う。どうやら結構深くいったらしい。
とりあえずリンゴを置いて、それから回復スキルを――と、思った矢先。
手を引かれた。怪我をした方の手を。
「え……ちょっ?!」
咄嗟に抵抗できなかった。
赤く染まった指先は、そのままライカリスの口の中へ……って。
(うわあああああああああっ?!)
「ライカ、ちょお、やめっ」
痛い痛い! そして同時に擽ったい!
掴まれた手はびくともしないまま、熱をもった傷の上を舌先が丁寧に、何度も行き来する。
「ライカ!!」
一際強く名を呼べば、ライカリスは一瞬リコリスを見てから傷以外の箇所、指を流れた血の跡をそっと舐めあげた。
それからゆっくりと指から口を離し、リコリスの手を掴んでいるのとは反対の手で、唇についた血を拭う。
ちら、と覗いた舌先が薄く赤に染まっている。
リコリスを見下ろす瞳には、非難がありありと浮かんでいた。
「気をつけましょうね?」
怪我をしたことよりも、注意を怠ったことへの非難。
言いたいことはリコリスとて分かる。不注意ゆえの自業自得なのも分かる。
しかし料理中にちょっと指先切ったくらいでこの仕打ち。
リコリスが慌てるのを理解していての――お仕置きだ。
「…… 治癒魔法あるのに」
ぼやいたリコリスに、ライカリスが目を細める。
「知ってますよ、そんなこと。それでも気をつけろと言っているんです。約束、したでしょう?」
「……うぅ。ごめんなさい……」
約束、と言われてしまうと、それ以上言い訳もできなかった。
力なく謝罪すればやっと手を開放されて、リコリスはぐったりしながらスキルを使った。
この程度の傷ならば、一瞬で治る。
だがリコリスはそれを確認することもなく身を翻した。
「うわーん、ペオニアーッ」
それまで言葉もなく、頬を真っ赤に染めて顔を背けていたペオニアに、リコリスは勢いよく抱きついた。
しがみつくようにして胸に顔を寄せると、ライカリスの眉が跳ね上がる。
「………………」
顔を引き攣らせたペオニアの顔には、はっきりとこう書いてあった。
――お願いですから、私を巻き込まないでください。




