心境:うわぁ……
拍手小話No.17
本編29話の後 アイリス視点
リコリス様のお作りになる料理は、どれも絶品だ。
腕も素材も、完璧なのだから、それはもう、とても美味しいものなのだ。
私どものお嬢様もそれをお手伝いされていることもあり、更に美味しく感じられる。
……………………が。
今日は……今日は……。
いや、美味しくないわけではない。いつもと質は変わっていないのだから。
――だが。
「リコさん、食べないのですか?」
ライカリス氏がリコリス様の顔を覗き込む。
氏の、膝の上にいる、リコリス様の、顔を。
「……食欲ない」
――こちらは、味がしないです。
げんなりしたお顔のリコリス様は、ライカリス氏の膝の上に横抱きにされ、腰を抱かれたまま、力なく首を振った。
死んだ魚のような目になっているリコリス様とは対照的に、ライカリス氏の機嫌はすこぶるいいようだ。
私たちにすら機嫌よく挨拶をしてくれた時には槍でも降るのかと思ったものだが、その後ずっとリコリス様を抱え込んでいる氏を見て、納得した。
機嫌がいいはずだ。
そして今、ライカリス氏はとにかく楽しそうに、食べたくないと首を振るリコリス様に首を傾げる。
「そうですか? でも駄目ですよ。夏なんですから、しっかり食べないと倒れてしまいます」
そこまで諭すように言って、氏はそれから「ああ」と微笑んだ。
「倒れても平気ですね。私が抱えてますから」
「……」
すみません、ライカリス氏。
むしろこちらが倒れそうです。
いっそ倒れて、隅の方で寝ていたいです。
顔を覆ってしまっていたリコリス様が、盛大にため息をついて顔を上げた。
「……食べる」
「そうですね、その方がいいです。――はい、あーん」
『……………………』
リコリス様を含む全員が、沈黙した。
いや、これまでも、リコリス様とライカリス氏しか言葉を発してはいなかったのだが……分かるだろうか。
何というか……沈黙だ。かなり居た堪れない空気の、沈黙。
ああ、この状況を楽しめている人間がもう1人いた。
ジェンシャンだ。
昨日のことといい、我が妹ながら、だんだん得体が知れなくなっていないか……?
「あーん」
ライカリス氏が、再びリコリス様を促す。
その笑顔には、一分の隙もない。
フォークに適量乗せられたオムレツが引かれる気配も、ない。
――ぱく。
と、小さく口を開けたリコリス様は、そのオムレツの欠片を口に入れた。
その時のライカリス氏の嬉しそうな顔は、意外なことに純粋に喜びを表していたのだが、それも一瞬。
すぐに元の作り物のような笑みに戻って一旦フォークを置くと、リコリス様の頭を撫でる。
「いい子いい子」
「…………ライカもさっさと食べて。もう、さっさとご飯終わらせたい……」
――同感です。
しかし、どんどん食欲が失せてきています。
だが、ライカリス氏は周囲の微妙な空気などものともせず、ふふ、と小さく笑った。
首を傾げ、リコリス様の顔を間近に覗き込む。
「じゃあ、食べさせてもらえます?」
「――っ」
思い切り顔を引き攣らせたリコリス様は、先ほどライカリス氏が置いたフォークを乱暴に掴む。
そして手付かずだった氏のオムレツに突き立て、端を掬い取って、真横にあった笑顔に突きつけた。
……いや、本当に何なんだこの拷問は。
下手に動くこともできず、ただひたすら気配を消すしかない私に、ジェンシャンがそっと顔を寄せてきた。
こそり、と囁き声。
「アイリス、顔が赤いわよぉ?」
………………言うな。




