陽だまりの公園
「もお!ちゃんと聞いてるの?」
理瀬はちょっと不機嫌そうな声を出し私のことをつついた。昼下がりの公園には私と理瀬のほかには誰もいない。
「ちゃんと聞いているよ、ええと、チャンネルの昏睡がどうしたんだっけ?」
実はぼんやりとしていて「ちゃんと」は聞いていなかった。理瀬は一瞬押し黙り、次の瞬間吹きだした。
「もう!シャネルよ!!今日はクリスマスにあなたから貰ったシャネルの香水をつけてるって言ったの!!」
理瀬の高い笑い声はまわりの空気をあたたかくさせる。
「まったく、ボケたんじゃないの?」
そう悪戯っぽくささやいて、同時に私の杖を奪いベンチから勢いよく立ち上がった。
「ほぉらおじいちゃん、ここまでおいで!」
たしかに、私と理瀬は世間一般の恋人同士にしては少し歳が離れている。しかし、私は断じてまだボケるような歳ではない。
「かんべんしてくれよ理瀬、悪かったよ。だから杖を返してくれ」
私は慎重にベンチから腰をあげ、よろよろと理瀬に近づく。この公園にはよく散歩にくるので慣れてはいるのだが、若く元気の良い女性を追うのはなかなか骨がおれる。
「ほら捕まえてみてよ!」
理瀬の弾んだ声、彼女は子犬のように走り回る。けれども私の手は虚しく空をきるばかり。
「理瀬…」
理瀬の笑い声が消える。自分の声に疲れが混じっている事を理瀬は敏感に察してしまった。
「…ごめんなさい。悪ふざけがすぎたね」
「いや理瀬は悪くないんだ、元々無理だったのかもしれない」
「なんで?どうしていつも自分を卑下するの?あなたは素敵よ?他人がなんと言おうと私はあなたを愛してるのに!」
私の腕のなかに理瀬のあたたかく柔らかい身体がとびこむ。
「こんな杖なくたって私が一生あなたを支えて見せるのに」
彼女の声は震えていた。恐らく少し涙ぐんでいるのだろう。
「理瀬…ごめん。ありがとう、嬉しいよ。」
理瀬は黙って杖を渡してくれた。
彼と手をつないで歩いていると何人か物珍しげに振り返る。視線を感じているだろうに、けれども彼は背すじを伸ばししっかり前を見据え杖を使う。昔から大好きだった、年上の彼。
「大好き」
小さく、呟いてみる。
「その香水、いい香りだ」
彼は私の耳元でささやいた。
ショーウィンドウに若い男女がうつる。女性はおそらく高校生くらい、男性は大学生ではないだろうか。二人は仲良く手をつないでいるが男性の反対の手には白い杖が握られている。
あなたは私のことが見えないことをたまに嘆く。
けれど大丈夫、私はあなたの事しか見えないのだから。
仕込み杖とかカッコいい。