婚約破棄されたふくよか令嬢、実は王国一の美食家でした
婚約破棄されたふくよか令嬢、実は王国一の美食家でした
「リリアーナ・フォン・アルベルト公爵令嬢。君との婚約を破棄する!」
王宮の大広間に、よく通る声が響いた。
突然の婚約破棄。
普通なら、令嬢は泣き崩れるところだろう。
けれど――。
「ありがとうございます!」
「……は?」
婚約者のアレクシスは、間の抜けた声を出した。
リリアーナは、満面の笑みを浮かべている。
「これで好きなものを好きなだけ食べられます!」
「…………」
広間が静まり返った。
「いや、そこなのか?」
「はい!」
リリアーナは大きく頷いた。
彼女はふくよかな体型をしている。
そのため、婚約者からは以前から、
『もっと食事を減らしたらどうだ』
『令嬢なら菓子を三つも食べるな』
『隣を歩くのが恥ずかしい』
などと言われ続けていた。
だが、リリアーナは食べることが大好きだった。
美味しいものを食べる。
それだけで人生は幸せになる。
だからこそ、婚約破棄は彼女にとって――
最高の自由だった。
「それでは失礼いたします!」
「待て!」
「今日は何を食べようかしら!」
そう呟きながら、リリアーナは颯爽と会場を出ていった。
***
翌日。
リリアーナは王都の小さな食堂にいた。
「おばさん、このシチュー美味しい!」
「本当かい?」
「はい! でも、惜しいです!」
「惜しい?」
リリアーナはスプーンを置いた。
「お肉を入れる前に玉ねぎをもう少し炒めてください。それから、この香草は最後に入れたほうが香りが残ります」
店主が目を丸くする。
言われた通りに作ってみる。
「……う、うまい!」
その日から、その食堂には行列ができた。
次の店では焼き菓子。
その次はパン。
さらにその次はスープ。
リリアーナは料理を食べるたびに、味の違和感を見つけていった。
「このケーキ、砂糖を減らして蜂蜜を少し足したらもっと美味しいわ」
「このパンは発酵時間が長すぎます」
「このソース、酸味が足りません!」
王都の料理人たちは騒然となった。
そして誰かが言った。
「彼女は……味の天才だ」
いつしかリリアーナには、こんなあだ名がついた。
――王都一の美食家。
***
そんな彼女の前に、一人の男が現れた。
黒髪に鋭い目。
王宮料理人を務める侯爵令息、ヴィクトル・グランデ。
「君がリリアーナ嬢か」
「そうですが」
「俺の弟子にならないか?」
「嫌です」
即答だった。
「なぜだ?」
「あなた、食べるのが遅いもの」
「……そこなのか?」
「料理は温かいうちに食べるものです」
ヴィクトルは初めて会った女性に、食事の速度を指摘された。
しかし――。
妙に腹が立たない。
むしろ面白い。
「なら、勝負しよう」
「料理で?」
「そうだ」
二人は毎日のように料理対決をするようになった。
ヴィクトルが作れば、リリアーナが味を評価する。
リリアーナが作れば、ヴィクトルが改善点を指摘する。
「塩が少し強い」
「あなたの舌が贅沢なんです!」
「君は甘いものを食べすぎだ」
「それは褒め言葉ですか?」
「違う」
「では聞かなかったことにします」
いつしか二人は、王都でも有名な名コンビになっていた。
***
しかしリリアーナには、一つだけ悩みがあった。
「どうせ……ヴィクトル様も、痩せた綺麗な令嬢のほうが好きなのよ」
ある夜、彼女は一人で呟いた。
どれだけ周囲に褒められても。
どれだけ料理の才能を認められても。
昔言われた言葉は、心の奥に残っていた。
その翌日。
ヴィクトルはリリアーナの様子がおかしいことに気づいた。
「どうした?」
「何でもありません」
「嘘だな」
「……」
「俺に話せ」
リリアーナは俯いた。
「私、ふくよかでしょう?」
「そうだな」
「即答しないでください!」
「事実だろう」
「だから嫌なんです!」
初めて、リリアーナは泣いた。
「私は……こんな体だから、誰にも愛されないと思っていました」
ヴィクトルはしばらく黙った。
そして、静かに彼女の前へ歩み寄る。
「俺は君が好きだ」
「……え?」
「君が美味しいものを食べて笑う顔が好きだ」
「……」
「料理のことになると目を輝かせるところも好きだ」
「……」
「誰かに馬鹿にされても、自分の好きなものを諦めないところも好きだ」
リリアーナの目から涙が落ちる。
「だから、痩せろなんて言わない」
ヴィクトルは微笑んだ。
「俺は今の君が好きなんだ」
「……本当に?」
「ああ」
「後で気が変わりません?」
「変わらない」
「私、食べますよ?」
「知っている」
「甘いものも食べます」
「知っている」
「夜食も――」
「それは少し控えろ」
「やっぱり!」
リリアーナが頬を膨らませる。
ヴィクトルは笑った。
「だが、夜食を食べるなら俺も付き合う」
「……!」
リリアーナは真っ赤になった。
***
数日後。
王宮舞踏会。
かつての婚約者、アレクシスも参加していた。
王子はリリアーナを見つけると、鼻で笑った。
「まだそんな体型なのか」
その瞬間。
「彼女を笑うな」
ヴィクトルが前に出た。
「俺は彼女が好きだ」
会場がざわめく。
リリアーナは顔を真っ赤にした。
「ヴィクトル様……!」
「リリアーナ」
ヴィクトルは彼女の前に跪いた。
「俺の妻になってほしい」
「……はい」
「本当に?」
「はい!」
リリアーナは満面の笑みを浮かべた。
「ただし!」
「何だ?」
「結婚しても、好きなものを食べます!」
「もちろんだ」
「甘いものも?」
「もちろん」
「夜食も?」
ヴィクトルは少し考えた。
「……週三回まで」
「交渉しましょう!」
「結婚前から交渉するのか?」
会場から笑い声が起こった。
こうして、ふくよかな令嬢リリアーナは、自分らしく生きることを選んだ。
そして彼女の隣にはいつも――
彼女の食べる幸せを、誰よりも大切にしてくれる人がいた。
「ヴィクトル様!」
「何だ?」
「新しいケーキを発見しました!」
「……またか」
「一緒に食べましょう!」
「仕方ないな」
二人は笑いながら、甘いケーキを半分こした。
その日、王都では新しい噂が広まった。
――王国一の美食家令嬢と、王国一の料理人侯爵令息。
二人の恋は、いつだって甘くて、お腹いっぱいだった。




