悪役令嬢婚約破棄後に悪人の妻となる
※暴力表現、流血表現あります
苦手な方はお気をつけください
私は全てが億劫になっていた。
筆頭公爵家であるカストーナ家に産まれて公女として最高の教育を受けた。
父は口癖のように「お前が王妃になるためだ」と。
各国の語学に文化、ダンス、礼儀作法....数えだせばキリがない。
一つ課題をこなせばすぐに次、その繰り返し。
記憶もおぼろげな幼少期から私は机に向かい反抗すれば容赦なく罰される。
全ては王家に嫁ぐため。
7歳の頃ロマーノ・ドゥ・ワルトシュタイン殿下との婚約が成された。
初めての顔合わせで彼が遊ぼうと引っ張ってくれたとき私は初めて年相応に笑えた気がする。太陽を反射する彼の金髪と空色の瞳に目を奪われた。
相変わらず厳しい教育は続いたが婚約者との茶会だけは自由が許された。
もちろん父の手の者の監視はあるがそれでも私には唯一の時間。
彼のためならばといつしか私は泣き言をやめた。
15歳、学園に入学した。
一つ年上のロマーノ様と供に通える。
それだけでつい頬がゆるむ。
いけないと背筋を伸ばす。
最近は学園生活が忙しいのか茶会もなかなか参加してくださらなかったが久しぶりにお会いできる。
そんな私の期待は手酷く裏切られた。
目にしたのは昨年庶子として男爵家に迎えられた一人の令嬢とまるで恋人のように過ごすロマーノ様の姿だった。
婚約者として過ごしていた8年間、彼からあんな瞳で見られたことは無い。
うっとりと熱にのぼせたような。
今私に向けられるのは氷のような冷たい瞳だけ。
「限られた学生生活の間だけだお互いに縛られず自由にすごそう」
だから余計なマネをするな。
それが彼の言い分。
彼の側の、はしたなくもくっついている男爵令嬢は私にだけ見えるようにニヤリと笑っていた。
「父上は了承済みだ。お前は婚約者として殿下に従え」
それはロマーノ様の側近であり、実の兄。
彼らは同級生のうえ主従の関係なのだからこの状況を知らないはず無かった。
本来ならロマーノ様を諌めるべき立場の兄は彼と同じ瞳でまた同じ人とを見つめていた。
いや、兄だけではない。
彼女の周りにいる男性の多くが熱い視線を彼女へ向けていた。
そうか父も知っていたのか。
知っていた上で私を学園へ送り出したのか。
涙も出なかった。
表向きはロマーノ殿下の婚約者。
しかし学園に通う者は誰が寵を一心に受けているなど一目瞭然だった。
哀れみの目を向けられ嘲笑される事も多かった。
私はそれでも学園に通わなければいけない。
殿下の婚約者として責務を果たさねばならない。
唯一の良かったことは友人が出来たこと。
同じように彼女に懸想した婚約者をもつ令嬢たちがほとんど。
彼女らの婚約者も殿下と同じような事を言ったらしい。
憤る者もいたが私達に出来ることなど少ない。
なぜなら彼女の取り巻きの多くは高位貴族の男子生徒達。
つまりその婚約者の令嬢の多くは同格、もしくはそれに近いがやや下に位置する家の者。
政治も絡み結婚後は大人しく結婚すると言っている手前、決定的な不備無く婚約破棄出来ない。
我慢しろ。
多くの令嬢達がそう言われ泣き寝入りするしかなかった。
そりゃそうだ。我らの頂点たる王族がその筆頭なのだから。
私は彼女達を慰める事しか出来なかった。
無力で友人すら救えない私を許してください。
一方で子爵や男爵の子女の多くは彼女の取り巻きとなっていた。
彼女の近くにいれば色んな男子と知り合えるから。
しかも高位の。
家格の低い彼女達にとって殿下の寵を受ける男爵令嬢は憧れに近いのだろう。
追い打ちをかけるようにある噂が流れ始めた。
バイオレット公女は高慢で裏で非道な行いをしているためロマーノ殿下に見限られているのだと。
もちろん事実無根だ。けれどそれを裏付けるように殿下がさらに私に対してひどい態度をとるようになっていった。
婚約者にとるにはあまりに冷たい態度。
王族がそのような態度をとるのだから何かあるのだろうと。
否定しても信じてもらえなかった。
毎日勉強と王家から遣われた教師による王太子妃としての様々な教育。
寝る時間すら削られた私に噂のような事をする時間がどこにあるというのだ。
いつしか友人と思っていた人たちもいなくなり私は一人になった。
「ごきげんよう」
「・・・・・」
挨拶しても気まずそうに視線をそらされた。
そうよね、王太子に疎まれる婚約者なんて関わりたくないわよね。
自分に言い聞かせるように隠れて泣いた。
「バイオレット!!私はお前と婚約破棄する!!私は彼女との真実の愛を貫く!!」
それは殿下の卒業式で宣言された。
当然のように男爵令嬢は側に侍っていた。
その頃には私は虚ろな目をしていた。
何をしても全てが裏目に出て、もう限界だった。
婚約破棄を告げられても正直「やっと」と思ってすらいた。
私が犯したとされる見覚えの無い悪事を断罪し、証明のために協力した兄に免じ、カストーナ公爵家へのお咎めは無く。
なおかつ男爵令嬢を養子として迎え、公爵家と王家の婚約は成されるとも。
つまり私だけの断罪劇。悲劇か喜劇か。
いつの間にか現れた父が私に親子関係解消と家門からの追放、貴族籍の抹消の書類を持ってきてサインを求められた。
卒業式という多くの人々の前で行ったのは私とカストーナ家は完全に縁を切ったとアピールする為だろう。
そしてそれは新しく娘となる男爵令嬢のため。
父は結局家門から王妃が出せれば問題ないのだ。それが養子だろうが我が子だろうが。
サインした私は平民となる。
騎士達に粗雑に連れられたかと思えば馬車に投げ込まれ。
気付けば王都の外れに捨てられた。
着の身着のまま何も持たされずに。
そして今につながる。
このあたりは確か歓楽街だったはず。
私は物陰で小さくなって通りをのぞく。
貴族の令嬢が近づく場所では無いため知識としては知っていても来たこと無かった。
騒ぎ声や怒声、笑い声。様々な人々が行き交っている。
妖艶な衣装に身を包んだ女性やその姿に釣られてか娼館へと入っていく紳士達。
そんな行き交う人たちへ物乞いする子供達。
逃げなきゃ。
そう思うがすぐにどこへ?となる。
家族も婚約者も友人すらもういない。
その場に座り込む。
「私に生きる意味なんてあるのでしょうか」
いっそこのまま。
「おー?こんなとこにえらいべっぴんさんがいるじゃねーか」
「え?」
顔をあげるとこちらをのぞき込む男性。
酔っているのかふらふらした足取りに赤い顔。
「おじょーちゃんどこの嬢だ?俺が買ってやるよ」
「ちっ違います」
「あぁ?俺じゃ嫌だって言うのか商売女のくせに」
訂正を拒否ととったのかとたんに顔をしかめて怒気を孕んだ声でどなられた。
「ここで抱いてもいいんだぞ!!」
「やめて!!」
腕を掴まれ引き寄せられる。
抵抗するがびくともしない。
もうだめだと思った瞬間だった。
「お前私のシマで舐めたマネしてるな」
ドンッ
酔っ払いは突然横に飛ばされた。
「げふぉ、なっ、何しやが....ダントン様!!」
地面に転がった酔っ払いは最初さらにどなろうと声の主に視線を向けた。
しかしそこにいた男性を見ると血の気を引いたように真っ青になってその場に土下座しだした。
「も、申し訳ございません。どうかお許しください」
声を震わせ酔いなど覚めたのかダントンと呼んだ男性に謝罪を繰り返す。
体格だけなら酔っ払いの方が明らかに良いのに小柄でふくよかなその男性に心底恐れているようだった。
「・・・そこの女は知り合いか?」
「い、いえ!路地に一人でいたのでつい声をかけてしまいました!」
「そうか」
「どうかruy「私に無礼を働いて許されると思ってるのか」
土下座した酔っ払いの手をステッキを突き刺す。
メリッと音がなり男性の悲鳴が響く。
いつの間にか先程まで騒がしかった通りは静まりかえり皆がダントンと呼ばれる男性を見つめていた。
「始末しろ」
「はっ!」
「やっやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ」
どこかから現れた男性達に酔っ払いは連れて行かれた。
「ふん、うるさい奴だ」
私はその場にへたり込んだまま何も出来なかった。
「おい女」
「は、はい」
何度か呼ばれていたのに呆けてしまっていた。
「着いてこい」
「・・・・はい」
流れとはいえ助けていただいたのだ。
恩には報いなければならない。
私に出来ることなどないのだけど。
「座れ」
「はい」
近くの店に入り、案内されたのは応接室のような部屋だった。
ダントン様の向かい側のソファへ座った。
「で?お前はあそこでなにをしていたんだ」
「何をすればよいのかと悩んでおりました」
「あ?」
「捨てられて行く場所も頼るあてもなくて・・・あ、遅くなって申し訳ありません。助けていただきありがとうございました」
「捨てられただと?その身なりだ貴族だろう?」
「先程まではですわね」
私は元は公女で尊きお方の婚約者であったがあらぬ罪をかぶせられ政争に負け、貴族より追放された事を説明した。
詳細や人名などは伏せたが特に気にした様子も無く「ふむ」と彼は顎に手をあて考えをめぐらせているようだ。
伏せたのは、別に今更彼らや私の名誉の為では無い。
彼の身なりからそれなりの富を抱える者ではあると推測できるが私の事を知らないのならば恐らく平民の方だろう。
いらぬ情報を知っては彼の身の方が危険だ。
だから大まかにしか伝えなかった。
「ハッ、全て失ったお前が私の安全を気遣うのか」
彼は小気味よさそうに笑った。
まさか本心を気付かれるとは思わなかった。
「・・・私の名はバイオレット。家名はありません。貴方様のお名前を教えてくださいませんか?」
私はその場に両膝をつけ跪いた。
「なんのつもりだ」
「何も持たない私ですが運良く知識だけはございます。恩返し・・・いえ、道具として仕えさせていただけないでしょうか」
「いいのか?私がどんな男かも知れないだろう?お前の身体を穢すかも知れんぞ」
彼はジロッと私の身体を見回した。
「お好きにしてください。満足していただけるかは分かりませんが」
強がりでもなんでも無くそれは本心だった。
「はぁ・・・ダントンだ。私も家名はない」
「ダントン様ありがとうございます」
それが私達の始まり。
ダントン様は悪党だった。それもとびきりの。
組織に名は無い。
様々な傘下を従えつつも核心は蜃気楼のような。
そんな組織の長がダントンだった。
繁華街では傘下の一つの長程度にしか知られていないが真実は裏社会のまとめ役。
「傘下の他の長達の中には貴方様を侮る者も多いようですがよろしいのですか?」
仕え始めた頃した質問。
本来は彼らの主であるはずなのにあえて侮らせていた。
あからさまに侮辱してくる人もいるほど。
傘下の長としてのダントン様の立ち位置はそこまで高くなかった。
「ハッ、目に見える権力など狙えと言っているようなものだ。ハゲ、ちび、デブなどとくだらん事など好きに言わせておけば良い。滑稽で可愛かろう」
彼は愉快そうに笑っていた。
私もつられて笑みをこぼしてしまった。
私は己の持つ知識がこんなにつまらないものだとは思わなかった。
机にしか向かわなかった私の知識は確かに量だけ言えば学者レベル。
しかしそれを実際に見たわけでも、行ったわけでもなかった。
机上の空論。それがよく似合う。
役立てた事と言えば王家や貴族の情報だけ。
それもダントン様なら難しくも手に入れようもあっただろう。
大きな事を言って仕えた手前申し訳なかった。
また捨てられると思った。
しかし彼はまた笑った。
「小娘が何を言うかと思えば。クッククク、気味良く傲慢な女だ」
「ダントン様、笑いすぎですわ」
彼は時折娼婦のお姉様方を寝室へ呼ぶ。
まぁ、そういう事なのだろう。
最初あんな風に脅したのに彼は私を呼んではくれなかった。
一方でたまに私にちょっかいをかけてきた組織の男達は徹底的に処分された。
「バイオレットちゃん元気ないわね?どうかしたの?」
声をかけてくれたのは定期的にダントン様が呼ぶ娼婦のお姉様。
私にはない色香にくらくらしそう。
彼女は定期的に私とも顔を合わせるのでよく世間話などしていた。
「いえ、なんでもありません」
「・・・もしかしてボスと何かあったの?」
私以外の人は基本的にダントン様をボスと呼ぶ。
「いえ・・・なんにもないです」
そう、なんにも。
「好きなのねぇ」
「え!は?そ、そんなことは」
「ふふ、そうなの?」
「・・・私なぞが恐れ多いです」
「ふふふ、普通逆よぉ。まぁ、そんな貴方だからなのよねぇ」
「?」
「そういえばバイオレットちゃんってもうすぐここに来て一年よねぇ?」
「はい」
そうか気付けば一年も経ってたのか。
「あとでいいもの届けるわ」
彼女はニコニコと笑って帰って行った。
その夜届けられた小包を見て私は顔を赤くした。
コンコン
「入れ」
「失礼いたします」
「ん?こんな時間に何かあったか?」
夜分ダントン様の寝室を尋ねたのは初めてだった。
「今日でダントン様に拾っていただいて一年になります」
「あぁ、そうだな」
「年も成人いたしました」
「おい、どうした」
「だ、だ、抱いてください」
私は着ていたワンピースを脱いだ。
下には先日お姉さまからいただいた面積の少ない下着。
部屋がシンとする。
彼が吸っていたたばこの灰が落ちた。
「誰にそんなことをしろと言われた」
「え?」
目の前には冷たい目をしたダントン様。
怒ってる?
この一年でさまざまに時を見てきたがこんな瞳は初めてだった。
そうか。
そんなに嫌なのか。
「な、なぜ泣く!!」
「え?」
頬を触れば涙が溢れていた。
「申し訳ございません。私ごときが貴方様の情けを欲してしまいました」
「は?」
「愛して欲しいなどとは思っておりません。ただ貴方様に・・・ダントン様に・・・焦がれてしまいました」
「私の様な・・・醜く年も倍以上離れた者に・・・惚れただと?」
「私は産まれてからずっと周りの言いなりでした。それだけが存在意義だと。愛されたくて、嫌われたくなくて、ただただ人形として生きてきました。けれどあの日初めて自分の意思として側にいたい。どんな形だっていいと」
「・・・・」
「正直情報を渡したらすぐ処分されると思っておりました」
「・・・・」
「けれど貴方様は側にいさせてくれた!たとえ慈悲でも嬉しかったのです」
結局は欲深くもこんな事をしてしまったけれど。
自分自身で全てを壊してしまった。
「怖かったのだ」
ダントン様が溢すように呟いた。
「私は醜い・・・それにこの手はお前が想像するより汚れている。後悔は無い。そうしなければ生きてはこれなかった。女など情報を集めさせたり都合の良い駒程度の存在と思っていたのだ。バイオレット、お前の事も最初はそうするつもりだった。しかし・・・」
彼は拳を握り込み、言葉を詰まらせた。
気付けば私は彼の側に駆け寄りその拳を両手で包んだ。
「ふっ、そういう所だ。貴族だったくせに私のような者の手を迷わず包み込む。どこまでも美しい・・・穢して我が物にしてしまいたかった。けれど・・・もし・・・バイオレットから恐れられ、拒否されたらと」
初めて見る表情だった。
悲しそうな、恥ずかしそうな。
「言ったはずですわ」
「?」
「お好きにしてくださいと」
「だが」
「あのときからずっと私が貴方様に焦がれているのです。お好きに、いえ、私をダントン様のものに」
私は彼の手の甲に唇を落とす。
「後悔してもしれんぞ」
彼にベットへと引き込まれる。
「歓喜の間違いです」
その後私は彼の妻となった。
誰もがダントンが元貴族の美女を無理矢理妻にしたのだと噂した。
しかし娼婦の一人は笑っていた。
まさか娼婦を呼んでも集めさせた情報の報告以外触れもしない男が一人の少女に迫られ、逆に尻に敷かれているなど。
誰も信じないだろう。
やはり神なんていないと思った。
初めて愛してくれた人を失わせるなんて。
私は、ある日他傘下の者に連れ去られた。
恨まれやすい彼の妻なのだから常に護衛を連れていた。
しかし用意周到に旦那様が会合でいない日、想定以上の人数で。
バレても構わないといった様子だった。
護衛は奮闘したがあまりの人数差に押されてしまった。
意識を飛ばされ気付いたときいたのは何も無い倉庫の様な場所だった。
手だけを前で拘束されている。
怪我はないようでホッとした。
身体を起こす。
慌ててはだめだと状況を整理していると足音がこちらに向かってきた。
心臓が強く鳴り響く。
落ち着け、落ち着け。
おそらく足音は犯人だ。
ダントン様は来てくれる。だからそれまで時間稼ぎするんだ。
もう私はただの小娘じゃないんだから。
足音の主は予想外の人間だった。
「ロマーノ殿下?」
私がそう呼ぶと彼はニッと笑みを浮かべた。
数年ぶりに見た彼はどこかやつれていていた。
「やぁ、バイオレット私の事を覚えていてくれたんだね」
「これは貴方がしたのですか」
「落ち着いてくれ、荒っぽい手段を取ったのはすまない。けれど君を救う為だったんだ」
「私を救う?」
「君を私の妻にしてあげよう」
「!?」
「嬉しくて声もでないかい」
至極楽しそうに語る彼の目は普通じゃ無かった。
「貴方は真実の愛を成就させたのではなかったのですか?」
私が質問を返すと彼はあからさまに顔を歪めた。
「あの売女はろくに教養も無い上に王子妃教育もろくに受けなかった。しかもあろう事か私の贈り物を売り、使い込んで他の男と遊んでいたのだ!」
憤りを露わにしていたが私からすれば何をいまさらだった。
もともと王家に嫁ぐ者は幼い頃から徹底した教育を受ける。
付け焼き刃しかも元から特に成績の振るわなかった彼女が務めれるわけがないだろう。
それすらも分かってなかったのかと。私の努力なんて見てなかったのだと。
「しかも父上がそんな者を妻としたのは私の責だと王太子の座を剥奪されたのだ!!」
自分は悪くないのにというのがありありと溢れていた。
なるほど最初からそのために国王は婚約破棄を承認したのだろう。
なぜ王太子に近づく男爵令嬢を許しているのかと思ったが。
それ自体が試験であり、謝った選択をした彼は裁かれたのだろう。
同じく後押しした者達も。
「だから君を妻にすれば全部元通りなんだ。君も嬉しいだろう?平民のしかも醜い男の妻に無理矢理されたと聞いている。君は昔から私を愛していたしな」
荒唐無稽。
でたらめでありえない事をつらつらと言う姿にゾッとした。
そして同時に怒りを覚えた。
かつては確かに愛していた。いや、旦那様と出会った今ではあれは愛ではなく孤独から救いを求めていただけだったと分かる。
私の初恋は旦那様だ。
側にいたいのも、それだけで幸せなのも、全てが愛おしいのも。
ダントン様ただ一人。
間違ってもこの男ではない。
「ところでその髪色は何だ?君は瞳と同じ金髪だっただろう?その下品な赤髪は染めさせられているのか?」
彼がさらに私に近づき髪に触れようとした。
ザシュッ
「ッ....!!」
彼の手にナイフが投げられた。ナイフは彼の手をかすった。
「私の妻に触れるな」
「旦那様!!」
「チッ!!お前が分不相応にもバイオレットを娶った男か」
「そうだな。確かに私にはもったいない妻だ。しかし彼女の髪色すら気づけない男に渡すよりはまだ私の方がマシのようだ」
そう私の髪は元は赤髪だ。
けれどその色を嫌った父から染めるようにと言われ続けた。
それでも長い間婚約者として過ごしていたのだ。
よく見れば気付いたはず。
けれど彼は気付かなかった。いや、気付いたとしても先程の発言から染め続けるようにと言われただろうが。
ダントン様は出会ってすぐ気付いてくれた。
「染め粉が欲しいなら手配するぞ?」
そう言われたときは驚いたものだ。
私は染めるのをやめた。
最初は怖かった。みっともないと言われそうで。
「美しいな、まるでダリアのようだ」
特に思うことなく言ってくれたのだろう。
それでもそんなこと言ってくれる人はいなかった。
私は自分の髪色が好きになった。
「不敬だぞ!!私は王族だぞ!!」
「フンッ、存じておりますとも才もないくせに怠惰でくだらない女に溺れて王位継承権どころか廃嫡になりかけているゴミだろう?」
まさかそこまでひどくなっているとは思わなかった。
でも納得した。いくら王太子でないとしても王族が一人こんな所にいるなんてあり得ない。仮にいたとしたらさすがにこんな事は止めていただろう。
「無礼者ぉぉぉぉぉぉ!!」
ロマーノが剣を抜き旦那様に斬りかかった。
「旦那様!!」
カンッ
旦那様はステッキで剣を払い落とし、ロマーノを蹴飛ばした。
「うっ...」
倒れたロマーノにとどめの蹴りをいれた。
「バイオレット怪我はないか?」
旦那様はすぐに私に駆け寄って手の拘束を切ってくれた。
「はい、旦那様もお怪我ありませんか?」
「いくら年老いたといってもあんな奴とは場数が違うわ」
旦那様はにやりと笑った。
「そうですわね」
「外にこいつが雇った者がいたから他の者に任せたがそろそろ来る頃だろう」
そう言って旦那様が入り口に視線を向けた時だった。
パンッ
部屋に鳴り響く銃声。火薬の匂い。 胸元から血を流す旦那様。
倒れていたはずのロマーノがこちらに拳銃を向けていた。
「旦那様!!」
「ボス!!」
外を任せていた部下が数人銃声を聞きつけ部屋に入り、拳銃を構えていたロマーノを押さえ込んだ。
私は倒れ込んだ旦那様の側で何度も彼を呼んだ。
「バイ...オ...レット...」
「旦那様!」
「スマ..ナ...イ」
「何を言ってるんですか!すぐに手当ていたしますから!」
分かってる。手に伝う暖かな液体。
冷たくなっていく身体。
「愛し..て.いる」
彼の手が私の髪をそっと撫でそのまま力なく地面に落ちた。
「ははは!私を馬鹿にするからだ!バイオレット邪魔者は消えた!!私の妻に「黙って!!」
「私の夫はダントンただ一人よ・・・死んでもお前のものになんてならないわ」
腕の中の彼にキスをした。
「すまん、気を失っただけだった」
あの後旦那様は病院に運ばれ手術を受けた。
こんな事を言っているが一時は生死をさまよった。
「よかった」
私は彼にすがりつき声を殺しながら泣いた。
「今までやってきた事を考えれば殺されても仕方ないと思っていたんだかな・・・妻を泣かせたままでは死にたくないと思ってしまったわ」
「それならばいつまでも泣きます!だから、だから!!」
「泣くな、私はバイオレットの涙には弱いんだ」
ロマーノはあの後私の前に現れることはなかった。
王家は第一王子の廃嫡と王太子妃との離縁。カストーナ公爵家の伯爵への降爵を発表した。
理由は伏せられた。
まぁ、本人が失踪したのだから説明できないだろう。
失踪前もかなり問題行動を夫婦共々起こしていたみたいだし。
彼が今どこにいるのか私は知らない。
あんなマネをしてダントン様が許すとは思えないけど。
全てから拒絶された私が彼と出会ったのを思えばあの日々すら必要だったのかと思う。
もし時を戻しても私はまた彼と出会いたい。
愛おしき我が夫ダントン。
赤のダリアの花言葉「華麗」「栄華」




