第11話「元執行人たちと騎士三人衆」⑤
例の、というのは恐らく伝達の魔女の書いた新聞に起因するのだろう。同情を誘う例の記事を思い出し、ユリウスは腹立たしさがまた顔を出しかける。
だが、すぐにチャールズ神父のことを思い出し、視線の険は霧散した。
「よろしくな、このイケメンはクロード・ホフマン。そっちの前髪長い小さいのがフィル・エルトで、そっちのごついゴリラはスタンリー・バルデってんだ」
自分のみを上げた内容で紹介された二人からは「ちょっと」「おい」とツッコミが入る。金髪の青年――クロードはおちゃらけた印象の笑顔で「事実事実」と二人を躱しユリウスに手を向けた。
差し出されたそれが求めることは分かっていたが、どうしてもすぐには手が動かない。
ひと呼吸の間を空け、クロードは「ふむ」と空いている手を顎に持っていく。
「オレとしては握手してくれると嬉しいけど、まだあんまり魔女の空間にいる奴とは仲良くしたくない感じ? それとも執行人的に騎士がNG的な?」
軽い口調のまま問う声に責める色は微塵もない。
それが逆に、ユリウスを追い詰めてきた。
悪意なく親交を持とうと差し伸べられた手をにべもなく払うことは、友愛を唱える神の教えに反する。
長い長い沈黙が落ちるが、クロードは手に注がれ続ける視線でユリウスの葛藤に気付いたようで、手を引かず何も言わずに待ち続けた。
彼らの隣ではローレンスがはらはらした様子を見せているが、ユリウスには気付かれていないようだ。気付いたフィルは少し笑いそうになったが、空気を読んで堪えている。
「………………ユリウス・キルコリーネンだ」
ようやく葛藤を飲み下し、ユリウスはクロードの手を握り返した。然程力を入れている風でもないのにしっかりとしたクロードの手は、剣を握り慣れていることを伺わせる。見た目の軽さに反して、随分と鍛えられているようだ。
「おう! 良かったよ騎士NGの方じゃなくて。そっちはオレらどうしようもないからなー」
朗らかな笑顔を浮かべるクロードの手を離しつつ、ユリウスは彼と他二人に順に視線を向けた。
「……お前ら本当に騎士なのかよ」
「ホントもホント。オレら三人とも栄えある第一王子親衛隊よん。……まあ、今はちょっと事情があってここにいるけどな」
第一王子、と言われてユリウスの頭に浮かんだのは、副都レイレンブルグでよく聞かれたとある単語。
「ああ、ボンクラおう」
じ、と続くはずの言葉は声にならずに消える。代わりにユリウスは勢いよく飛び退った。
まだ執行人の頃の名残で腰に伸びかけた手は、途中でぴたりと止まる。今の自分は何も出来ないことに短い舌打ちをした後、ユリウスは着地した場所で腰を低くしいつでも動ける体勢で構えた。
視線が向く先は、考えるように目を瞑り頭を掻くクロード――ではなく、腰に差した剣に手をかけてひりつくような殺意を隠さないフィルとスタンリー。フィルの前髪の隙間からは鋭い眼光が覗き、スタンリーの迫力は常時の倍以上に膨れ上がっている。
一触即発の空気が漂う中、三者の視線を遮るように身を滑り込ませる者が一人。ローレンスだ。
「剣を抜かなかった理性に感謝する、フィル、スタンリーさん。そして失言を謝罪する。すまなかった。こいつは副都の執行人だったから、オースティン殿下をよく知らないんだ」
オースティン殿下。それは彼らが主と仰ぐ、この国の第一王子の名。王都から滅多に出ない国王の名代で王国内外に足を運ぶことが多く、知見の深さと慈悲深さ、何より優秀さで国内外から評判の人物である。
ただし、教会が国政に深く関わることに否定的であるため、教会関係者からの評判はあまりよろしくない。
特に教会勢力が強い副都では教会容認派の第二王子の方が支持を集めており、第一王子は現地では「神の尊さを知らないボンクラ王子」と呼ばれている。
なお、執行人でも大きく評価が二分しており、王都に拠点を置く偶数部隊は比較的第一王子容認派、副都に拠点を置く奇数部隊は第一王子否定派だ。
元第五部隊でありほとんど副都で過ごしていたユリウスも、教会が国政に関わる云々は信仰を忘れなければどうでもいいのだが、話に聞く限り教会否定派という認識だったため、特に第一王子に良い印象は持っていなかった。
それ故に口からこぼれ出た単語だったのだが、それが騎士たちには大層な逆鱗であったようだ。
「……よく知らないからって自国の王子をそんな言い方して、普通なら不敬罪で捕まるレベルですけど?」
不満と怒りを隠さないフィルの言葉に「その通りだ、本当にすまない」とローレンスが謝罪を重ねる。
その時ようやく、ユリウスは彼に庇われていたことを認識し、フィルたちとの中間にある背中に近付きその肩を掴んだ。
「おい万操! ガキじゃねぇんだからてめぇに庇われる筋合いは」
「ユリウス、他者が大切にしているものを踏みにじることを神は良しとなさるのか? 何と教えを受けて育った」
ユリウスの物言いを、ローレンスは視線を彼に向けないままに遮る。
その表情、声音、雰囲気。全てが見慣れた執行人の――隊長格の姿に被って、思わず言葉が途切れた。絶対に認めたくないことを強制的に認めさせられ 、ユリウスは複雑な感情で顔を歪める。
重苦しい沈黙が落ちた直後、軽快に手を叩く音が周囲に響いた。
「はーいはいはい。ちょっとお互い落ち着こうな」
手を叩き合わせていたのはクロード。音に引かれるように全ての視線が集まると、クロードは手を止め、ローレンス越しにユリウスの顔を覗き込むように体を曲げる。
「ユリウス、いいか? 今、フィルとスタンリーはもちろん、オレもお前の発言に怒ってる。さっきも言ったけど、オレ達は第一王子の親衛騎士。この命尽きるまで王子に仕えると心に決めてるんだ。オレ達にとって――お前はそれこそ不敬って言うかもだけど、オレ達にとってはお前達が神に祈るのと同じくらい、かの方の前に膝をつくことに意味がある。それを貶されたらどう思うか、分かんねぇとは言わないだろ?」
真剣な眼差しに刺し貫かれた。ローレンスはこちらを一瞥もしない。
ユリウスは一度深く瞼を閉じ長い呼吸をしてから、再び視界に世界を映しローレンスの後ろから出てくる。そして胸に手を当て、ゆっくりと上半身を傾けた。
「――誉れ高き王家の剣に謝罪申し上げる。………………悪かった」
少しばかり言い辛そうに、しかし謝罪は確かな音を持って言葉にされる。不本意だが、先のローレンスの言葉はユリウスにしかと刺さっていた。




