第11話「元執行人たちと騎士三人衆」③
空間を渡った瞬間、活気溢れる声と賑やかな熱気、そして、相反する涼やかさに出迎えられる。
一瞬面食らったブリジットだが、すぐに正気に戻り周囲を見渡した。
人々が行き交う様は、生命の魔女の空間に似ている。けれど、明確に空気が違った。
グレースの空間はまさに生活空間という意味での「町」であったが、ここはただの町ではなく、これまでの説明で何度も耳にした「職人街」というのが相応しい様相だ。
その理由。
ひとつは、見るからに「職人」という出で立ちの者が多いこと。
ひとつは、視界に入る店々の軒先に、その店で作られただろう様々なものが並べられていること。
最後のひとつは、それらの店に訪れたらしい買い物客が多いことだ。
「……おっきい像」
背後に視線をやり、ブリジットは熱気と同時に感じた物理的な涼やかさの理由を理解する。
その視線の先にあるのは、巨大な彫像。近くにいすぎて顔が見えないが、恐らく女性だろう。背後にはさらに大きな別の彫像があるようだが、そちらは背を向けているので、性別どころか人なのかも分からない。
それらの彫像は、像に負けぬほど大きな噴水の中央に立っており、涼やかさの理由は噴水からの水しぶきのおかげだった。
「水の女神マリーロスタですね。この後ろには、火の男神バーナルーノの彫像があります。基本的に魔女の空間では『教会からの迫害を受けた』という理由から、神様の像があることは少ないのですが、ここは火も水も取り扱いますし、主にいるのが直接被害に遭ったわけではない男性というのもあり、安全と繁栄を願って何代か前の魔女様の時に建てられたそうです。以来、この空間のシンボルであり、他空間から来る際の目印として使用されています。ちなみに各所には、商売の神や鍛冶の神を始めとした各神々の彫像があります。これは、職人たちが作りたいまま作っていたらこうなった、と言われてるですよ」
ブリジットの漏らした声に気付いたファーラが像の説明をすると、説明された当人よりも先にユリウスが反応を示した。
斜め上を見ながら歩き出す彼を見守ること十数秒。顔が見える位置まで辿り着いたのか、その姿は少し遠い位置で止まり真剣な顔を女神の彫像に向け始める。
特に問題は起こさなかったので、ファーラは再度ブリジットに視線を向けた。
その瞬間、語り出そうとした声を思わず飲んでしまう。
ブリジットの視線は上に向き、ファーラからは斜め後ろになっていて顔が見えない。
なのに、何故か異様な重圧感 を感じた。その雰囲気は、ユリウスを前にブリジットが時折見せるそれとひどく酷似しているように思え、ファーラの中で何かが閃きかける。
だがそれが明確に形になる前に、ファーラの視線に気付いたらしいブリジットがいつもの優しい笑顔で「うん?」と振り向いた。
彼女がいつもの様子を取り戻すなら、はっきり結論が出ていない状態で指摘する必要はない。そう判断して、ファーラは笑顔を返し説明を続ける。
「この空間は、この噴水を中心に東西南北で区画分けされています。ここから見て正面、南側にはヘルミニア様のご自宅兼工房と、この空間の古参な職人さんたちの工房があります。西側は服飾や雑貨やアクセサリーなどが売られていて、女性人気が高い区画ですね。北は家具や調理器具や金物類。今日の僕たちの目的地のひとつです。そして東側には武具防具関係、工具や工芸品なんかもあってー、あ、それと自警団や青年団の本部等があります。こちらは男性の方が多いエリアですね」
魔女の空間に来ることになった経緯上、男性が苦手な女性が多い。そのため、男性が多いエリアと女性が多いエリアはなるべく真逆になるようにしてそうなったのだ、と説明が追加される。
それは必要な配慮だな、と思いつつ、ブリジットは周囲を見回した。
「……ん?」
何ともなしに動かされていた視線は、すぐに明確に何かを探すものに変わる。
訝しげにきょろきょろと動くブリジットの視線に気付き、ファーラが何事かを問うた。ブリジットは言いたくなさそうに、眉をしかめながら口を開く。
「………………あの男、いなくない?」
あの男。表す相手はひとりだろう。ファーラは慌てて視線を巡らせた。そしてブリジットの言葉通り、ユリウスの姿がないことに気付く。
「子供ですかあいつは!! この短時間に迷子になるんじゃねぇですよ!」
きぃーと怒りを爆発させると、ファーラはポシェット――魔道具・無限空間袋を漁りだした。出て来た小さな手には、細長く小さい――犬笛のようなものが握られている。
「それは?」
「呼び出し笛という魔道具です。自分が契約している魔法人形を呼び出すためのものですよ。普通魔法人形は小動物などなので、万が一いなくなった場合に備えて呼び出せるように作られたものです。距離は関係なくて、魔法人形の心臓と笛の音が空間と通信の魔法を経由して響き合います。全く、人間相手に使うことになるとは思わなかったですよ」
言下大きく息を吸い込むファーラ。しかし、それが笛に吹き込まれることはなかった。
「ああ、いたいた。ファーラちゃん、ブリジットちゃん」
かけられた声は男性のもの。この空間での知り合いは今のところ女性ばかりだが、この声にはちゃんと覚えがある。
黒みがかった緑の髪を後頭部で緩くひとつに括り、同色の双眸は今日も以前あった時同様優しげだ。魔道具の魔女マヤの従者、ローレンス・エイムズである。
左腕には、首に回されたそれから抜け出そうともがいているユリウスが捕まっていた 。
「ローレンスさん! ありがとうございますですよ、うちの駄犬がご迷惑をおかけしました」
目の前にまで来たローレンスに丁寧に頭を下げると、彼は「いやいや」と軽く空いている手を振る。
そこでようやくユリウスがローレンスの腕から抜け出した。恐らく目的地に着いたので力を緩めたのだろう。
「てめぇ万操! 何しやがんだ!」
「もう俺も執行人じゃないんだし、名前で呼んでくれないか?」
ローレンスは、本来は神器が使用者を「選ぶ」中、全ての神器に「受け入れられる」という特殊な性質故に「万操」と呼ばれていた。
だがそれが栄誉であるのは執行人故。一般の人間となった今となっては、過去の栄光だ。しかも、魔女の空間ではだいぶ汚名に近い。
しかし、ユリウスも尊敬からそう呼んでいるわけではない。名前で呼びたくない からそう呼んでいるに過ぎないのだ。
そのため、ローレンスの申し出を受け入れる気はなかった。頼みの返事は睨みつけるという行動で表される。
「冷たいな。同じ魔女に助けられた者同士だろ。今日だって、お前が来るから青年団の奴らに顔合わせさせてやってくれ、って頼まれて来たんだぞ」
「俺は頼んでねぇよ」
「あ、やっぱり紹介してくれるローレンスさんなんですね。さっきそうだと思いました!」
出かける前にニーロが言った通り、確かにローレンスならユリウスを彼らに紹介出来る。元執行人で、すでに互いの顔合わせも済んでいるし、誓約の時にも同じ場所にいた。紹介にも説明にも十分すぎる人材だ。
「じゃあ、すみませんがユリウスのことお願いしますですよ。僕たちはフライパン買ってからヘルミニア様の所に行きますので、何かあればそちらに連絡を」
丁寧に頭を下げるファーラに、ローレンスも胸に掌を当て丁寧に頭を下げ返す。執行人を含めた教会側の人間が行う礼節の仕草だ。これで胸に当てるのが拳になると、また別の者たちの仕草になる。
「ああ、承った。マヤが丁度ヘルミニア様の所にいるから、多分顔を合わせることになるよ。ブリジットちゃんにあげたいものがあるそうだ」
見守るような優しい笑みと共に視線を投げられ、ブリジットは「私にですか?」と自分を指差し驚いた顔をした。
なんだろう、とファーラに視線を投げるが、ファーラも思いつかないようで視線が合うと同時に首を傾げる。
「はは、行けば分かるよ。じゃあ、俺たちも行くか」
「了承してねぇよ俺は! つーかまだ像見てる途中だったんだっつの」
「まあ後で神像がある所順番に案内してやるから。それに、今から行くところにも武芸の男神アレルヴァヌスの像あるぞ」
ぴくりと反応が示されると、ローレンスは説得は終わったとばかりにユリウスの背中を叩いて歩き出した。
「よし行くか。じゃあファーラちゃん、ブリジットちゃん、また後で。ユリウスはちゃんと連れて帰るから安心してくれ」
「ガキじゃねぇよ」
憎まれ口を叩くユリウスをローレンスが上手にいなしながら、二人の姿は人ごみの向こうに消えていく。
それを見送ってから、改めてブリジットとファーラは顔を見合わせた。
「それじゃあ僕達も行きましょうか。ヘルミニア様から買い物が終わってからでいいと言われていますが、お待たせしすぎるのも申し訳ないので、さくっと買って来ましょう」
うん、とブリジットが返事を返すと、どちらともなく歩き出し、二人は調理器具の売っている北側のエリアへと向かう。
その姿を見つめる昏い視線 に、気付くことなく。




