第11話「元執行人たちと騎士三人衆」②
これだ。この反応が、ファーラとニーロが憂慮しているブリジットの〝異常〟。
二人を取り巻く状況を鑑みるに、ブリジットがユリウスを毛嫌いするのは頷けた。実際、ユリウスがこの家に来てからこの二人が会話をしているところを、ニーロもファーラも見たことがない。
けれどおかしいことに、ブリジットはいつもこの調子ではないのだ。
普段はただ「話さない」だけ。お互いに「相手にしない」だけ。他人同士の距離感ではあるが、剣呑な雰囲気にはならない。
それなのに、何故か時折こうしてひどく冷たく攻撃的な反応を示すことがある。様子を探ってはいるのだが、原因が何なのか、未だにファーラには分からない。
「そ、そうですね。今はフライパンの方が大事ですね」
戸惑いながらも努めて明るく笑うファーラ。
その背後では、ユリウスが冷めた目をブリジットに向け、次いで脇へと逸らした。まるで、くだらない、と切り捨てるように。
「ええと、こういう金物系は鍛造の魔女であるヘルミニア様の空間に買いに行きます。ヘルミニア様の空間は以前の魔女様の頃から職人さんたちが集まる空間でして、各空間の魔女たちも生活に必要な物は基本的にそこで買っています。アクセサリーなんかも作られていますので、弟子の皆さんも結構いらしてるんですよ」
曰はく、現在鍛造の魔女ヘルミニアが主となっている空間は、二代前から職人を積極的に受け入れており、いつしか「職人街」と呼ばれるようになったという。
二代前は家具職人の娘だったらしく、各空間で元職人という男性たちが折角の能力を使えずにいることを憂慮していた。
そこで、自分が魔女になった折「各空間にいる職人は私の空間に来れば仕事が出来る環境を提供する」と宣伝。すると、くすぶっていた職人達が続々と集まり、彼らに弟子入りしたい男女問わない面々が同じように集まった。
その結果、彼女の空間は一大職業地帯となったのだ。
「空間の性質的に男性が集まりやすく、男性に仕事を頼みたい、という場合はここにお願いすることが多いんですよ。何でも屋と言いますか、色々なお手伝いを仕事にしている方もたくさんいます。代表的なのは青年団の皆さんですかね。専任で何でも屋してる人も兼業で参加してる人もいますので、誰に頼むか迷うとか当てがない、っていう時は彼らに相談するといいですね」
何か用事があれば気軽に声をかけて大丈夫ですよ、とヘルミニアの空間とそれに類する説明が締めくくられる。分かった、と笑顔で頷く姿からは先程までの威圧感はなくなっていた。
こっそりと安堵し、ファーラは説明途中で来ていることに気付いた父に視線を向ける。
「ということで、今日はヘルミニア様の空間にお邪魔したいんですが、お父さん用事ありますか?」
新しい魔女の空間に訪れる、ということは、ようはブリジットの紹介も含まれるということだ。となればもちろん師匠から紹介するのが筋というものだろう。
それを分かっているからこそ、ニーロは難しい顔をした。
「……すまない、今日は人と会う約束がある。ヘルミニアには先に連絡を入れておくから、お前たちで行きなさい。ユリウスは」
「俺は別に用事ねぇからチャールズ神父の所行くわ」
話を振られた途端に同行を拒否するユリウスの耳を間髪入れずにつねり、「お前が焦がしたの忘れてるです?」とファーラは笑顔に怒りを滲ませる。
とはいえ、先程のブリジットの反応もあるので、一緒に来い、とまでは言わない。その代わり
「出かけたいなら家の掃除終わらせてから行くですよ。あとお野菜買い足し」
しっかりと家事を振った。そうなる結果が分かっていたのか、ユリウスは「へいへい」と適当に返事をしつつファーラの手を軽く押して離させる。
弟妹が多いからなのか、こんなことをされても彼は全く乱暴な引き剥がし方をしてこない 。意外だが悪いことではないので、ファーラもいちいち指摘はせず、離せと意思表示をされたらなるべく離すようにしてやっている。
こうして、本日はニーロ、ブリジットとファーラ、ユリウスの三手に別れて出かけることが決まった。
――はずだった。
「は?」
ユリウスが不満を隠さない声を漏らしたのは、朝食の片付けも済み、皆がそれぞれ次の行動に移るための準備をしている最中のことだ。
先にリビングを離れ通信の小部屋に向かったはずのニーロが短めの時間で戻り、言い辛そうにこう告げた。
「今日はユリウスもファーラたちに同行しなさい」
疑問と非難の視線を集めながら、ニーロは通信でやり取りした内容を伝える。
まずニーロは今日自分が行けない旨を謝罪と共に伝え、ブリジットとファーラが向かうことを先触れした。それに対するヘルミニアの返事は
『ファーラも新しい弟子――ブリジットでしたね、も、歓迎しますけど、例の坊やも連れて来ちゃくれませんかね? 青年団に顔合わせさせましょう』
というもの。名指しで来るように言われたユリウスは怪訝な顔も隠さない。
「何で俺がそいつらと顔合わせる必要があんだよ」
「ヘルミニア様のお気遣いですよ。さっき青年団の話は軽くしましたね? 青年団は、お前より少し若い人からお父さんの方が年が近いくらいの人まで、たくさん男の人が集まってます。職業を持つための集団という面が主ですが、もうひとつは男性たちの相互扶助の面があります」
「相互扶助?」
オウム返ししたブリジットに、ファーラはこくりと頷いた。
「はい。というのも、魔女の空間、という性質上、ここでは女性の方が自然と立場的に強くなりがちなんです。実際、外の世界での憂さ晴らしとばかりに、男性に嫌がらせや攻撃的なことをしかける人もいるんです。そういう人たちは基本的に穏健派な魔女様たちが叱ってくれるんですけどね。……まあともかく、ヘルミニア様はお前の拠り所のひとつとして、青年団を紹介しようとしてくれてるんですよ」
今のところ、ユリウスが心を開いているのはチャールズくらいだ。本人としてはそれで十分だと思っている節があるが、拠り所は多ければ多い方がいい。
まして彼は普通の男ではなく「元執行人」。魔女の空間で周りから寄せられる怒りや憎しみ、恨みといった暗い感情は他より遥かに多いだろう。何かあった時に頼れる先は、あるに越したことはない。
「……相互扶助……それは……神の教えに従ってるな……」
結論として「ヘルミニアの気遣いに感謝しろ」と言いたかったはずなのに、ユリウスが食いついたのは相互扶助――ようは助け合いという部分のようだ。
それでも不満が解消されたのならば今はいいかと、ファーラは文句を言いたい気持ちをぐっと飲み込む。
「お父さんは行けないから、紹介は僕ですかね。知っている人がいる日だといいんですが……」
「ああ、それなら問題ない」
口元に手を当て候補を脳内で展開し始めたファーラの思考を、ニーロが止めた。
「ちょうど今日、ユリウスの面を通せる者も来ているそうだ」




