第11話「元執行人たちと騎士三人衆」①
窓辺に一羽の鳥 が飛んでくる。美しい羽と長い尾を持つ鳥は、ニーロの部屋の窓辺に降り立つと、優雅にも見える所作で朝日を弾く翼を畳んだ。
鳥が空間に入った瞬間にその存在を感知していたニーロはすでに窓辺に立っており、鳥が窓辺に身を落ち着けるのに少し遅れて、片側の窓を開け放つ。
鳥はそれを待っていたかのようにぴょんぴょんと窓枠を跳ねて、ニーロと向き合った。野生というには人慣れし、籠の鳥というには堂々としたそれに、ニーロは静かに手を伸ばす。
頭に触れて数秒 。手が離れると、鳥は嘴を広げた。応じて、ニーロは空間から白い花 を一本取り出す。それを渡してやると、鳥は器用に花の茎を加え、再び翼を広げてどこへともなく飛び去った。
窓際でそれを見送っていると、階下から娘の非難めいた大声が聞こえてくる。同時に聞こえてきた名前に、また彼が娘の逆鱗に触れたのか、とニーロは部屋を出て一階へと向かった。
廊下を進むたびに、鼻につく焦げた臭いが強くなっていく。何が起こったのか理解したニーロがリビングの入り口に差し掛かると、同時にファーラが何事かにしびれを切らした。
「あああああもうっ! どうしても理由を喋らないなら僕が喋らせてやるですよ。『命じる! 朝から気もそぞろな理由を喋れ』!」
焦げて底に穴が開いているフライパンを突き付け、ファーラは魔法人形を動かすための命令を口にする。視線を逸らして床に胡坐をかいていたユリウスは自身の口が動きそうになるのを必死に留めようとした。
だが、魔法人形の強制力は、意思でどうにか出来るものではない。
「~~~~~っ! チャールズ……神父に……っ…………ああくそっ! 昨日教会で話してた時に来月の拝霊祭の手伝いやらねぇかって言われたんだよ!」
観念して自棄になったユリウスの口から出て来たのは、三日前に豊穣の魔女の空間で会った神父・チャールズの名。
本人の発言通り、ユリウスのみは昨日も顔を合わせている。その理由は、燦礼という教会行事に参加するためだ。
燦礼とは太陽神以外を祀っている教会が行う太陽神への礼拝で、太陽神を信仰する彼としてはどうしても参加したかったらしい。珍しく正直にニーロにジェシカの空間に行きたい旨を伝えていた。
そして拝霊祭、というのは、確か祀っている神に信者たちが感謝と信心を捧げる大きめの祭事だったと記憶しているが――。
「? 普通に手伝ってきたらいいじゃないですか。別に怒んないですよ?」
何を遠慮しているのか、とばかりに怪訝な顔をするファーラ。そんな彼女を、ユリウスは信じられないものを見る目で見た。
「駄目だって言われたって行くわ。どんだけ不信心者なんだお前……。いいか? 拝霊祭の準備だの開催ってのは本来、主催する教会に仕える者だけが関わるんだ。神父やブラザーやシスターたちがそれだ。それ以外に関わることが許されるのは、敬虔な信者と教会に認められた者だけ。要するに、信者にとって拝霊祭の準備に関われるのは凄ぇ名誉ってことなんだよ」
それなのにあの場所じゃ手が空いてる奴が手伝うこともあるとか……とユリウスは非常に腹立たしそうにぶつぶつと文句を言い始める。信心の薄いファーラには数か月に一度の教会イベント、程度の認識なのだが、彼のように神に愛を捧げる者たちにとってはそうでもないようだ。
「分かった分かった。つまり、名誉なイベントの手伝いに誘われて浮足立ってた、ってことですね」
それでフライパンの上のものどころかフライパンまで焦がしたと。
「浮足立ってなんて…………少しはある、けど、よ」
流石に自覚はあるらしい。尻切れ蜻蛉ではあるが珍しく素直に肯定するユリウスに、ファーラは呆れたように短い溜息を吐き出す。
ユリウスがもちろん悪いのだが、彼が浮足立っていると分かっていながら注意もなく一人にしたのはファーラだ。ブリジットが洗濯の準備のために外に出ていたのは分かっていたのだから、もう少し後にするべきだったかもしれない。
「今後は教会のイベントがある日程を先にチャールズさんに教えてもらうべきですかねぇ」
そうすればユリウスが浮足立つ日が分かるだろう。そんな嫌味を込めたはずなのに、ユリウスは真面目にそれはいいかもしれないという顔をし出した。違うそうじゃない。
「ファーラちゃん、消火終わったよ」
キッチンからブリジットが顔を出す。その両手にはスイカ大の透明なガラス玉が抱えられていた。上側には菱形の虫眼鏡のような物が付いており、球体の中では半分ほどの水がブリジットの動きに合わせて踊っている。
「ありがとうございますですよブリジットさん」
「どういたしまして。それにしても、凄い魔道具だね、これ。すぐに火消えちゃった」
ブリジットは抱えているガラス球を顔の高さまで上げ、感心の視線をそれに注いだ。
彼女が年下の姉弟子にこれを託されたのはつい先ほど。ハーブを摘みに外に出てきたファーラと連れ立って中に戻ると、漂ってきたのは焦げた臭い。聞こえてきたのは「うわっ」という短い悲鳴。
焼いていたベーコンを焦がしたのだろう、とファーラが予測し、すぐさまそちらに向かった。そしてキッチンに辿り着いたところ、立ち上る火を前に水を探すユリウスを発見したのである。
そこからのファーラは早かった。キッチンの隅に置いてある箱から消火に使用した魔道具――『ガラスの雨』を取り出し、即座にブリジットに渡してきた。
『すみませんブリジットさん、これ魔力なくても使えますが魔力ある人の方が出力あがるのでお願いします。目標を頭の枠で定めて、出力を選んでください』
言われるまま元凶であるフライパンを菱形の枠内に収め、続いて出てきた文字列から「消火」を選ぶ。直後、ガラスの雨からは勢いよく水が出てきた。
そうしてブリジットが消火に当たっている間、ユリウスはリビングに引きずり出され、そちらでファーラに叱られることになったのだ。
本当はもっと早くにブリジットは消火を終わらせていたのだが、聞きたくもない話をしていたので、話が終わるのを待って、今に至る。
「凄いですよね。これは元々は水撒き用にジェシカ様のお師匠様が作成した物に、魔道具の魔女様が指向性を持たせる機能を追加した物なんです。消火用の魔道具として家で保持するのが推奨されているんですよ」
マヤは自分でも作成するが既存の魔道具の改造も得意なのだ、とファーラは説明を締めくくった。
「ところで聞いてくださいよブリジットさん。このおバカ、教会の祭事の手伝い頼まれたからって子供みたいにはしゃいで」
「うん、そうなんだ。そんなことより、フライパンどうしようね?」
共感を求めようと思ったファーラの言葉を途中で遮り、ブリジットはキッチンに視線を向ける。その語調は柔らかかったが、それ以上を聞く気がないという強い意志が間違いなく含まれていた。
しくじった、とファーラは顔を引きつらせ言葉を飲む。




