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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
92/113

幕間「幼き執行人と悪魔の腕」③


「ああああああっ、あぎゃ、ぎゃあああああああああああ」


 悲鳴を上げているのは、一人の男性。斜めになっている椅子に座らされ、胴体や手足は硬くベルトで拘束されている。唯一動くことが許される指先は椅子をひっかき続け血まみれになっていた。


 しかし、きっと指先の痛みなどどうということはないだろう。何せ彼は今、頂点を取るように開かれた頭に、何かを刺されている最中だ。


「な、え、あ、こ、これは……?」


 後ずさりながら、叫ぶ男性から目を逸らそうとすると、室内に他にも人がいることに気が付く。


 部屋のあちこちには白い大きなエプロンに上下のつなぎ、マスクに頭巾姿の人物たち。奥には痙攣する少女と、ぴくりとも動かない少年。その少し手前には、叫び続ける男性と同じように、頭を開かれ何かを刺されたまま放心状態になっている老年の男女。床には縛り上げられ白目を剥いている女性が転がっていた。


「これはって? ホバソの町から攫ってきた人たちだよ。老若男女の六パターン。第一執行部隊のペール君の神器で一昨日……うーん、昨日かな、深夜だし。に、連れて来てもらったんだ。ほら、彼らは魔女の魔法を浴びた真新しい参考人たち だからね。血だけの研究だと、そろそろ色々足らないんだよ」


 おぞましいその光景から目を逸らさないどころか、見入るように見つめ、カレルヴォは唇を引き延ばし怪し気に笑う。その薄ら寒さに、リーヌスは全身を凍らせた。


「あー、反応見るのに薬弱くしたけど、やっぱり足らないか。もっと増やして」


 カレルヴォが指示すると、白づくめの研究員の一人が返事をして叫ぶ男性に何かを注射する。すると、男性の叫びは次第に小さくなり、老人たちと同じような状態になった。


「脳については知っているかい? とても簡単に言うと、僕たちが考えたり感じたり動いたりするのを司る器官だ。魔女の魔法や神器の奇跡自体は、とてもじゃないが今の神聖工学や神聖科学、まして通常の科学でも全ては解明しきれない。――もっとも、聖職者が神の力を下ろす道具を作るだけのことや、その奇跡を検証するだけのことを工学・科学というのはおこがましい気もするが……まあそれはいいか」


 光を反射する眼鏡をカチャリと上げながら呟いた声はやけに低かったが、それはすぐに明るい声に戻される。正面の光景とはあまりに不釣り合いな笑顔がカレルヴォの顔に浮かんだ。


「とにかく、解明しきれずとも反応を検証することは出来るんだよ。彼らは精神作用の魔法を使われただろう? 脳は記録する場所。それを思い出させどのように作用したのかを調べるのが僕たちの目的で、彼らはそのための尊い犠牲だ」


 楽しげに、楽しげに、カレルヴォは語る。目の前の状況と目の前の男の表情や声音があまりにも不釣り合いで、リーヌスの頭はどんどんと混乱していった。


「そ、んな……。こんな、非人道的な、こと、神はお許しには」


「なるさ」


 否定は、一瞬でさらに強い否定に飲み込まれる。カレルヴォは体を屈めて、丸眼鏡の奥にある理性と狂気を同居させた目でリーヌスを映し出した。


「かつて神は確かにいたのかもしれない。今も神の奇跡は顕現しているかもしれない。だが、神代は終わった。今、神は人の都合がいいように作り変えられる、消耗品に成り下がった。それは最早、ただの道具に過ぎない」


 不遜に過ぎる発言に、リーヌスは言葉を失う。開発局は執行局同様、教会に所属する組織。その組織の一員が、このように神を軽んじる発言をするとは。


 リーヌスの一層青くなった顔を見下ろしながら体を起こすと、カレルヴォは熱に浮かされたような目で微笑んだ。


「僕はねリーヌス。科学や医療を進歩させたいんだ。かつて神の如き才と技術を持った科学者は首を()ねられた。かつて先進的な医療を取り入れた医者は国外に追放された。この国は、あまりに神の奇跡に寄りすぎている。だからっ」


 ひときわ大きな声を上げると、カレルヴォは鉄扉を拳の横側で叩く。響く鈍い音が、ぞっと背筋を凍らせた。


「僕はこの研究を続け、魔法も神の奇跡も、全てを人外のものではなくするんだ。人ならざる者の力がなくなれば、今度こそ人は人の力だけで進歩する!」


 言葉が区切れると、一瞬室内が異様に静かに感じる。だがそれも一瞬。カレルヴォは堪えきれないような笑い声を零した。その笑みが、ここに来てからずっと感じ続けている恐怖を、最も強くリーヌスに引き出させる。


「大丈夫だよリーヌス。君はああはならないさ。彼らの検証をあのような形で行っているのは、彼らの他にもサンプルが大量にあるからだ。けれど君は違う。魔女の魔法が、忘却の魔法が、今なおかけられ続けている貴重なサンプルだ。安心したまえよ、外側から脳を刺激する方法だってちゃんとある」


 にっこりと穏やかそうに笑われ、リーヌスは咄嗟に身を翻して駆け出した。早く誰かにこのことを知らせなければ。こんな禍々しいこと、許してはいけない。許されてはいけない。


 最初は気を遣って避けていた紙類や本類などを乱暴に踏みつけ、リーヌスは廊下に続く出入り口に辿り着き、その手をドアノブにかける。


 しかし、その手がノブを回すことはなかった。


「この部屋を見せれば、なんて思わないことだよ。この部屋は、心底忌々しいが、神の奇跡で隠されている。ここに来るまで時間がかかっただろう? あの手順を踏んでこの部屋に来ない限り、この鉄扉はもちろん、その奥も見ることは出来ない」


 あの、無駄にも思える遠回りはそういう――。自身の隊長の行動の意味に、そして、彼がこの事態に少なからず関わっているという事実に、リーヌスの心臓は早鐘を打ち始める。


「……だ、いに、の、アンデルス、執行人の、神器を使えば、事実は、明らかに、なります」


 振り向けぬままのリーヌスが思い浮かべたのは、つい先程まで一緒にいた、実直な執行人。彼の神器は真実を暴く神器。例えばこの場が見えなかったとしても、()の神器に映されれば、カレルヴォやエルナンドはこの場のことを説明せざるを得なくなる。そこに持ち込めればいい。ゲオルクにさえ会えれば――。


「ああ、アンデルス執行人か。なるほど、確かに彼の神器は非常に厄介だ。僕は彼にだけは絶対に会わないようにしているよ。その点、カナル隊長の心臓は強いね。彼は実に堂々としている」


 認めた。これなら、とリーヌスの心は湧きたつ。だが、その希望はひと呼吸の間もなく打ち破られた。


「でも本当にいいのかい? 例えば君がこの部屋から抜け出したとしても、君は決してすぐにはこの建物から出られない。そういう風に仕掛けされているからだ。一方の僕は、当然すぐにこの建物から出られる。さて、どっちが早いかな? 君が王都に戻るアンデルス執行人を見つけだして僕たちを告発するのと、僕が疑り深い上層部に、君が魔女の魔法を明らかにさせようとして逃げ出した、と報告するの。さあ、そうなったら、君の育った孤児院はどうなるのかな? ああ、いやいや、だけどどうだろうね? もしかしたら、上層部は追いついた君の言葉を信じるかもしれない。どうだいリーヌス、僕と勝負してみるかい? お互いに報告をして、君と僕、どちらがより価値がないか」


 滔々(とうとう)と流れるような言葉の奔流は、その中にあからさまに込められた悪意は、リーヌスの体を硬直させるのに十分な威力を持つ。


 脳裏に焼き付いている教会の使い捨て主義の実態、孤児院取り潰しの可能性。カレルヴォの表向きの功績は知らないが、少なくとも、エルナンドは彼に味方し、エルナンドへの信頼から彼に味方する者も必ず現れることだろう。


 では、リーヌスは?


 先程までの流暢(りゅうちょう)な言葉が嘘のように、カレルヴォは沈黙を貫いた。震えるリーヌスの手はしばらくの間ノブを掴み続けたが、ゆっくりゆっくりと、そこから離れていく。それを確認し、開け放たれた鉄扉の向こう側に渡ったカレルヴォは振り向き笑った。


「さあ、おいで」


 それはまるで地獄からの誘い。滑稽(こっけい)なほど震え、リーヌスは振り向く。視界に写る相手をもう人とは思えなかった。あれは最早、悪魔だ。悪魔とは魔女のことではない、神の名の陰で、このような恐ろしい所業を行う者のことだ。


「――は、い」


 引きつった顔に恐怖故に浮かんだ笑顔を携え、リーヌスは承諾を口にする。双眸にたまる涙が頬に流れても、拭う気力ももう起こらない。


 助けて神様


 助けて神父様


 助けてシスター


 助けて兄さん


 助けて姉さん


 助けてゲオルクさん


(――助けて、ユリウスさん――)



 悪魔の腕の中、言葉に出来ない助けを聴く者は誰もいない。


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