幕間「幼き執行人と悪魔の腕」②
先導するエルナンドに従い街中を歩き続けるうちに、リーヌスは自分が今いる場所がどこだか分からなくなってしまう。普段からこの副都内にはいるが、広大な土地は、路地を一本入りこめば全く知らない顔を見せてくる。
まして今は、まるでずっとぐるぐると同じ場所を歩いているような気がして、余計に訳が分からなくなってしまっていた。
少年の歩幅に歩調を合わせる気がない、いつも通りの隊長に必死についていきながら、リーヌスはちらりちらりと視線をあちこちに走らせる。少しでも場所のヒントがあれば、と視線で探っているうちに、リーヌスは決定的なものを見つけた。空に向かって手を伸ばす太陽神を模した石像。その後ろ姿。
(太陽神の像の裏手で、この距離……そうか、ここ、開発局の近くだ)
開発局とは、名前の通り開発を行う組織だ。主な開発対象は神器、あるいは魔力を感知する道具など、魔女に対抗する手段である。
中には執行人が集めた魔法のサンプル――各所で魔法が使われたとされる場所から取って来た自然物や人の血、あるいは『状態』そのものなど――を研究する者たちもおり、王都や副都に張られている魔力を察知する網も、それを元に作られたと聞く。
確信に近い予測は、すぐに確かな答えとなった。
石壁の家々の間を通り抜けた先、開けた場所に出ると、目の前には開発局の建物が現れる。
正面ではなく裏手へと更に歩を進める隊長を追いながら、どうしてこんなに遠回りをしたのだろう、とリーヌスは素直に疑問を抱いた。
たとえばユリウスのように親しい相手なら、「迷ったんですか?」なんて冗談も言えただろう。だが、この堅物の隊長相手にそんな軽口を叩ける度胸はリーヌスにはない。まして失敗して帰ってきた後だ。これ以上の不興を買わぬようにと心に決め、リーヌスは大人しくしたまま裏口の扉をくぐる大きな背中に続く。
中に入ると、エルナンドは通路脇の壁の無い小部屋に立つ見張りの人間に軽く手を挙げるだけで奥へと進んでいった。流石に隊長位ともなると顔を見るだけで通してくれるのか、とリーヌスは感心を抱く。
彼ももちろん開発局には来たことがあるが、それは作り出された物を受け取りに来るくらいで、しかもそれだって、せいぜい正面から入ってすぐにある受付の大部屋までだ。裏手なんて初めて来た。
何故ここに来たのか。考えるが、理由は一つしか浮かばない。神器を壊してしまった謝罪でもするのだろう。そう確信すると、リーヌスは上手な謝罪を頭の中で組み立て始めた。
それから更に歩き進め、開発局の奥の奥、外の木々が陰になって薄暗くなっている通路の先で、エルナンドはようやく足を止める。
間髪入れずに、節くれだち始めた手が目の前の扉をノックした。少し遅れて扉の前に着いたリーヌスは、跳ねる息を整えるために深呼吸を繰り返す。もう少し心の準備をする時間をくれないだろうか、という不満は喉の奥に飲み落とした。
ややあって、何かにぶつかるような音が、間を開けて数回する。音は段々近付いてきているようだった。人が近付いてきていると察してリーヌスが姿勢を正すと、応じるように扉が内側に開く。
「はぁぁぁい、どちらさぁん?」
ぼさぼさの髪を掻きながら、大きな丸眼鏡をかけた男が眠たげに出てきた。無精髭のせいで老けて見えるが、恐らくまだ若いだろう。
「私だ。夕べ言っていた者を連れてきた」
顎をしゃくりエルナンドがリーヌスを示すと、開発局の男は「ああ君が」とぱっと笑った。
「はじめましてリーヌス。僕の名前はカレルヴォ・タイナだ。ここで魔女の魔法について研究している者だよ。さあ入って入って」
無理やり握手をされたかと思うと、背後に回ったカレルヴォはリーヌスの背中をぐいぐいと押す。
「え? あの? た、隊長?」
どうしたらいいのか、と足に力を入れて抵抗していると、見上げた先のエルナンドはようやくリーヌスに視線を向けた。
「お前の状態は彼の研究に役立つ。協力するように」
「ほらほら、隊長のご命令だよ。行こう」
上司からの命令とあれば逆らうわけにはいかない。長い物には巻かれる主義のリーヌスは、少々面食らいながらも素直に室内へと入っていく。
背後で、感慨もなく扉が閉まる音がした。
反射的に振り向くが、そこに上司はおらず、ただ口を固く閉じた扉だけが視界に入る。来た時と同じ速度で去っていくエルナンドの靴音は、やけにリーヌスの不安を煽って来た。
「はい、じゃあ早速で悪いけどこっち来てね」
所狭しと紙の束や本、道具などが散乱する室内を、カレルヴォは時々物にぶつかりながら奥へと歩いていく。リーヌスもそれに続こうとするが、床にも紙が散らばっており、滑りかけてからはいつもの速度では歩けなくなった。
足元や周囲を見ながらゆっくり歩くリーヌスに視線をよこしながら、室内の奥、部屋に不似合いな鉄扉の前に行き着いたカレルヴォは世間話を始める。
「ホバソの町に行ってきたんだって? あそこの領主の娘が何年か前に魔女になってるのは知ってるかい? 本当なら肉親に魔女を出した時点で爵位を剥奪されてもおかしくないんだけど、あのおじさんしたたかなんだよなぁ。お偉いさん何人か買収して、未だに領主の地位に納まってる。今回の件もそうだ。子供たちが数人魔女の逃亡を手助けして、町中が魔法にかけられて大混乱。悪魔が隠れ住む町ってことで取り潰されてもおかしくないくらいなのに、もう早速動き出して『被害者』ってことで扱われてる」
「そう、なん、です、ね」
歩行に苦労しながら、最後の山場を一歩ずつ超えて、リーヌスはようやくカレルヴォの隣までたどり着いた。その彼に一度笑いかけてから、カレルヴォはやけに厚い鉄の扉を開く。
「だから、苦労したよ」
何が、と訊き返そうとリーヌスが顔を上げた瞬間
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!」
断末魔の如き悲鳴が、耳に飛び込んできた。
反射的にそちらに向けたリーヌスは、自分の目が捉えた情報が理解出来ずに目を見開く。自然と開いた口からはただ「え」という声だけが漏れた。




