表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
腐食の魔女編
90/113

幕間「幼き執行人と悪魔の腕」①


 執行人たちが所属する組織・執行局は、主要な都市に拠点を持つが、その中でも特に重要な拠点が二つある。


 ひとつは王都のテルガ拠点で、もうひとつは副都のマレトイ拠点だ。それぞれ王都の原典教会・ルクソムニア大聖堂、副都の新典教会・ノームルクス大聖堂麾下(きか)の拠点だ。


 テルガ拠点には主に第二、第三、第六がおり、マレトイ拠点には第一、第五、第九が詰めている。


 形式上はテルガ拠点の方が上の扱いではあるが、王族ではなく神に仕える執行人たちにとっては、最初の教会が建った土地である副都の方こそ価値が高く、マレトイこそ主拠点と考える者も少なくない。


 それゆえ、執行人たちの頂点である第一執行部隊は副都にいることを選んでいた。


 そしてそんなマレトイ拠点の巨大な建物の一角で、重鎮たちは難しい顔をしながらとある報告に耳を傾けていた。


「――以上の結果、ユリウス・キルコリーネンが生存した状態で魔女にかどわかされたこと、コンラッド・ロル・コールダーが虚偽の申告を命じたこと、リーヌス・バーリがその命令に従い虚偽の報告をしたことが確定いたしました。そして」


 熊のように大柄で無骨な男は淡々と続けていた報告を一度区切り、視線が斜め下に投げかける。そこにいるのは、引きつった顔で直立するリーヌスだ。


「リーヌス・バーリの魔女に関する記憶が、全て消されていることも、確定しました」


 はっきりと告げられた言葉に、重鎮たちはざわめきだした。


「そんな馬鹿なことが。魔女に操られて嘘を言っているだけではないのか」


 しわがれた指でリーヌスを()しながら、長い白髭を蓄えた老人が疑わしい目を向ける。突きつけられた指先に、リーヌスは一層身を固くした。


 リーヌスが記憶を失っているのは、紛れもない事実だ。


 処刑を前に逃げ出した魔女を探すため、ユリウスたちとホバソの町へ向かったことは覚えている。その後町で出会った幇助(ほうじょ)人たちの顔も、その町で起こった不始末や不可解なことも、覚えている。


 しかし、会ったはずの魔女たちの顔も声も、出会い方すらリーヌスは覚えていない。ただ頭に「会った」という事実が残っているだけだ。


 リーヌスが目を覚ました時、その身は朝日の差し込むホバソの町の教会にあった。神父に曰はく、リーヌスだけが教会の扉の前に倒れていたのだという。


 何があったのだったか、と混乱する彼に、神父はコンラッドについて伝えてきた。あの陰湿な同僚の最期を思い出したリーヌスは、しかし伝えられた内容が理解出来ず、すぐさま昨晩その身があった場所に向かった。


 その場に近付いただけで漂ってきた吐き気を催す臭いが、今でも鼻の奥に残っているような気がする。


 ユリウスの反撃に遭いナイフで殺されたはずのコンラッド。彼を示すプレートが近くに転がっていなければ、そこでぐちゃぐちゃに腐ったモノが彼だと認識することは出来なかっただろう。


 いったい何が、と思った時、リーヌスはようやく魔女に関することを覚えていないことに気が付いた。


 見つけたはずの景色も、会ったはずの人も、ユリウスがどうなったかも。いや、ユリウスに関しては、非常に不思議な覚え方をしている。


 彼の姿は思い出せる。けれど、腕をコンラッドによって切り落とされたはずの彼が、何故五体満足でリーヌスに別れを告げられたのかが思い出せない。この消えている記憶が、魔女の魔法によるものだ、ということだけは、その時のリーヌスでも理解出来た。


 青ざめたリーヌスが次に見つけたのは、半分に折られたリーヌスの神器。追跡の奇跡を備えた、灯らないランプがついた杖のような棒。特殊な金属で作られているはずのそれの断面は、コンラッドのように腐って潰されていた。


 その時の恐怖は言い表しようがない。


 仲間を失った。一人は魔女に関わり消息不明。一人は記憶とは違う状態で死亡。


 神器を失った。再作成が比較的容易と言われている亜神器デミ・アーティファクトとはいえ、時間と技術と金のかかる代物を。


 今までならここまでの恐怖を抱くことはなかっただろう。だが、リーヌスは執行人の使い捨て主義を目の前で見てしまった。リーヌスが切り捨てられることがないとは決して言えない。神器の使い手とはいえ、どうせ替えが効く存在だ。


 逃げ出したくて仕方なかったが、逃げたところで助かる場所なんて思いつかない。ましてここでリーヌスが逃げたら、彼が育った孤児院がどうなるか分からない。リーヌスには、逃げ出すという選択肢など用意されてはいないのだ。


 覚悟を決めて帰還したリーヌスは、まず顔見知りの者たちに(ねぎら)わられたが、すぐさま取り調べを受けることになった。


 しかし、何も覚えていないリーヌスに(らち)が明かないとなり、この中年の男が呼ばれた。普段は王都にいる第二執行部隊の隊員、ゲオルク・アンデルスだ。


 調査を受けていた二日間、疑われている上にだいぶ年下であるにもかかわらず、ゲオルクはリーヌスにも礼儀を失さなかった。その姿に、リーヌスは彼を実直な人物だと認識している。


「偽りなど述べられようはずがありません」


 断固とした口調で言い切ると、ゲオルクは動かない表情のまま白髭の老人をじっと見据える。


「我が神器は真実を司る神代神器ヴレ・アーティファクト。どのような偽りをも晴らし、真実を明らかにする。お疑いなら、皆様も鏡の前に立たれたらいかがです」


 言下、ゲオルグの背後には彼の巨体すら覆う巨大な鏡が現れる。


 これこそが彼の神器。写された者は真実しか口に出せなくなり、言葉を閉ざせど鏡は隠された事実を明確に映して暴き出す。取り調べ、あるいは裁判において非常に優秀な神器だ。


 本来は持ち運びに労を要する大きさだが、近年開発された神器に非ざる、しかし神器の如き効果を示す「宝具」と呼ばれる道具により、このように持ち運びが可能になっていた。


 神に背く真似をしていないと自負する者であったならば、ここで名乗りを上げたことだろう。しかし集まる重鎮たちは皆(すね)に傷持つ者ばかり。さりげなく身を逸らし、それ以上の言及は避け、「君の言う通りだ」とまで言い出す始末だ。


 重鎮の内、中年の男がわざとらしく咳をした。


「では、記憶がない以上問いただしても無駄。ということで、リーヌス・バーリは無罪、ということで、皆様よろしいですかな?」


 最終確認に、異論は出ない。遅れて許されたと理解し、リーヌスはすぐさま頭を下げる。


「あっ、ありがとうございます! 今後も誠心誠意神に仕え意思を全うすべく努めます」


「うむ、よく励むように。新しい神器については追って沙汰する。では、第二執行部隊 第四位 ゲオルク・アンデルス、第五執行部隊 第十八位 リーヌス・バーリ。退出を許可する」


 失礼します、と二つの声が揃い、ゲオルクとリーヌスは揃って部屋から出た。それから少し歩いた所で、ゲオルクは前を向いたままリーヌスに声をかけた。


「リーヌス。これから色々な者が、憶測やただ面白がって君にあれこれと疑いを向けるだろう。だが負けないように。君は素質も能力も立ち回りも非常に優秀だ。第五が辛ければ第二で受け入れよう。いつでも相談しなさい」


 励ましと、唐突な勧誘に驚き顔を上げるリーヌスだが、ゲオルクの視線はやはり前を向いたままだ。けれど、込められているのが優しさだということはしっかりと理解出来る。


 自然と笑みを浮かべ、リーヌスは彼に礼を述べた。固く結ばれた唇に僅かに笑みが浮かんだように見えたのは、気のせいだっただろうか。


 その後は特に何かを話すこともなく、出入口へと向かった二人。


 目的の場所に辿り着くと、その場にいた人物たちを見て、「おや?」という顔と、あからさまな嫌悪を浮かべる。


「隊長、来てたんですか?」


 小走りに近付くと、隣の男と何事か話していた第五執行部隊の隊長――エルナンド・カナルは、「ああ」と答えてリーヌスに視線を向けた。


「お前に用事があって来た。ついて来い」


 言うが早いか、エルナンドはすぐさま身を翻し歩き出す。慌ててそれを追いかけようとしたリーヌスは、一度足を止めて振り返った。ゲオルクに深々と頭を下げて、小さな体は振り返りもしない上司の背中を追いかけて去っていく。


 残されたゲオルクはそのまま出ていこうとするが、エルナンドと会話していた青年――第一執行部隊のエバーハルトが声をかけてきた。舌打ちしそうな顔をするゲオルクに、エバーハルトはわざとらしく肩を竦める。


「つれないですねアンデルス執行人。ああ、私がよく調査もせず執行人を見捨てたとお怒りですか? ですがそれは見当違いでしょう。私は上司の指示に従ったまで。味方を見捨てなければいけないことは、私だって辛いのですよ」


 親し気に腕を叩こうとエバーハルトの手が伸びた。だが、それは触れるよりも先に叩き落とされる。


()れるな」


 先にリーヌスや重鎮たちと話していた時とは比べ物にならないほど硬質で攻撃的な声は、隠す気のない殺気に満ちていた。


「何が仲間だ。貴様が口にしてこれほど薄ら寒い言葉はないな」


 今度こそエバーハルトに背を向け、ゲオルクは怒りが抑えきれない様子で歩き出す。


「調子に乗るなよ。私はお前を信用していない」


 最後に投げ捨てられた厳しい言葉に、エバーハルトは「それはそれは」と薄く笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ